第2話
店内はそれほど広くはなかった。
店内は木目が強調されたテーブルが並んでいる。背もたれの大きなチェア。
壁にもナチュラル風味のかわいらしい雑貨が飾ってある。
オリーブオイルの匂いと相まって、雑誌で見た南欧のカフェを思い出した。
店内には他に母親と男の子の二人連れの座るテーブルが見えたが、それ以外のテーブルはすべて空いていた。
「いらっしゃいませ」若い店員に促されてカウンターの前に来た。
「店内でお召上がりですか?お持ち帰りされますか?」高くも低くもない安定した声質だった。
「店内でいただきます」由紀子は広げられたメニューの中から適当に目を引いたピザを選ぶ。店員の男は、恐らく厨房である店の奥に注文を伝えた。
はーい、もしくはやや濁った感じのうぉーい、という太い熊のような声が答えた。
由紀子は、その声に笑ってしまいそうになった。
代金を払って窓際の真四角のテーブルについた。小さな窓枠の中に平凡な住宅街が止まったように切り取られているように見えた。
由紀子には舞台のセットのように見えた。袖から何か新しいものが登場する前兆に思えた。誰もいない街角が寂しくは見えない。
由紀子は、持っていた鞄から手帳とペンを取り出した。
日に何度も開いたり閉じたりするので隅が折れ曲がっている。
あるページには、幾つかの言葉が崩れながら斜めに走り書きされていた。
別のページには、1行に何文字と字数をそろえて几帳面に散文調に書かれている。
これらは歌詞である。全て由紀子が書いたのだ。
書けそうだなと思うと、その時の状況で走り書きになったり、落ち着いて書いたりと様々だった。
自分で歌を書き、歌うようになったのはまだ小学生のころだ。
母親に無理やり習わされたピアノを弾きながら、思いつきの歌を歌ったのが始まりだった。やがて、譜面に起すようになって曲作りのルールを覚えた。
いつか自分の歌を皆が聞いてくれるようになったらどんなに良いだろう。
同じような思いを持った者達と仲間になってバンドらしきものを始めたのが2年前。子供のころの漠然とした夢は、今はオーディションやデモテープという現実にぶつかっており色の付いた現実になってしまった。
まだ将来の展望は描けていないが、それでも由紀子は今はまだ夢中でいることができた。子供の頃の事を思い出していると目の前の男の店員の事が気になった。
見覚えがある顔だったからだった。由紀子は気が付くとこの男の事を目で追っていた。観察する事が歌詞を書くようになってからてからの癖だった。
店員は、自分と対して変わらない年齢に見えた。
中くらいの身長、痩せるでもなく太っているわけでもない、目立った特徴の無い男だった。短くもなく、長くもない黒髪を持ち、表情は凛々しくもなく、頼りなさげでもなかった。男を形容する言葉の後ろに、...と言うほどでも無い、という言葉を繋げると全て丁度良い。
いつか、どこかで見た事のある人だ。そう確信して由紀子は記憶のファイルをめくった。