コロンブスの卵を立てられる?
クリストファ・コロンブス。アメリカを発見した歴史的有名人。
西インド諸島に到達して帰還した彼の功績を祝う晩餐会で一人の貴族に向けられた言葉。
「貴方がやらなくても、誰かが成し遂げただろう」
その悪意ある一言に卵をテーブルに立てられる者はいるかと聞き返すコロンブス。
誰も名乗り出る者が居ないと卵の底を割ってテーブルの上に卵を置く。
立った卵を前にコロンブスが言った。
「誰かがやって見せた後ならば、誰でも出来る」、と。
誰もが一度は耳にしたことがあるだろう逸話である。実際にコロンブスは卵を立てて無いのに、その事実すらも消えそうなほど有名な話。
それだけインパクトがある作り話だってこと。
でも、本当に誰かがやって見せたことなら、誰でも出来るのか。それが私の問題だ。
高い所から私を見下ろしている時計の針は、焦る私を嘲笑うかのように、長針と短針が真っ直ぐに。
後一時間半で塾が始まり、私の塾での無欠席記録は終わってしまう。お母さんに怒る顔が段々と現実に迫ってくる。
今の現実は、目の前にある長机に置かれた紙の束。教師人気投票のプリントされた嫌と言うほど見せられた文字に、千二百枚。
そして、私の手元の紙に書き込まれた正の文字。五百枚ぐらいは眼を通しただろうか。
この高校から塾まで三十分。
後一時間で終わるだろうか。終わる訳が無い。泣きたくなってくる。何でこんなことを押し付けられてるだろう。
私が学級会で強制的に任命された校内新聞委員会。他の委員会も忙しさは変わらないと思って入った委員会。
だけど、実際は他の委員達は部活が忙しく、私に一人に膨大なアンケートの集計を任せる酷い人達ばっかりだった。部活なんて何の役にも立たない面倒臭いものだと考えていたけど、こんな面倒事を押し付けられるなら入っておくべきだった。
外から聞こえる部活終わりに帰って行く人達の楽しそうな会話に理不尽と罵るを感じる。私は別に部活は入って無い。でもそんなのこの仕事を私に押し付ける理由にならない。私が強く断れないのを知って皆寄って集って私に押し付けやがって!出来れば、こんなこと断りたかった!でも、集団相手に出来る訳無いじゃない!
途中で投げ出してやろうか。何度も考えた。でも、明日先輩達になんて言われるかが怖い。私はきっと、貴方達が私だけに任せるから!と、言えないんだろうな。
昔からそうだった。いつも厄介事を押し付けられる。我慢して素直に頷く良い子だから私は。
何故か目に涙が滲んで来た。何で私はいつも人に強く言えないんだろ。
その涙の目撃者は引き戸を開けて威勢良く現れた。咄嗟に誤魔化す私。見られて無いことを祈ろう。
「あれ、え~と、後輩ちゃん。まだ居たの?」
入って来た私に仕事を押し付けた一人。そいつはどうやら私の名前を覚えて無いようだ。私もその先輩の名前を覚えてないから良いけど。
「ところで俺の携帯知らない」
私の隠す気の無い不機嫌が気まずいのか、当初の目的を思い出したのか、言葉を濁しながら聞く先輩。
私は無言で向かい側の長机に置いてある携帯に指を指す。手伝いに帰ってきてくれた訳では無いらしい。
「お前、ずっと一人でやってたの?」
「はい、そうです」
携帯の中身を確認中の先輩に、悪意を込めた強め返事をする。私一人に誰が押し付けた?
返事をした後に私の持たれているイメージを自ら崩した事に一抹の後悔は出るも、今の自暴自棄気味な私にはどうだって良いんだ、そんな事と思い直す。
「手伝おうか?」
「別に良いです!」
やってしまった。人に怒鳴るなんて久し振りで、相手よりも自分の方が怖い。でも、凄く悔しい。ここまで押し付けられて、さも簡単に言わないでほしい。ここまで一人でやったんだ。最後まで一人でやってやる。手伝ってもらたい気持ちを私の汚い意地で抹殺する。
「良いから、手伝ってやるよ。俺が手伝えば三十分で終わらせるられるって」
私の怒声に驚いたも直ぐに立ち直る先輩。私の気を逆撫でしたいらしい。
二人でやれば三十分?私が一時間半かけてやっと半分を終わらせたのに?貴方がそんなハイスペックな人間には見えませんよ。
だから、私は無視して手を動かし続ける事にした。
そんないじける私を無視して先輩は、すでに太陽の消えた窓を開く。部活帰りの声がより一層良く聞こえる。
そして、コロンブスの卵を立てた。誰でも見た後ならば誰でも出来るだろう事を…。
ただ、窓から友人を呼べば良いだけ。
僅かに三十分とはいかなかった。でも、明らかに先輩によって早く終わった。
今日は塾に行く気には慣れない。凄く悔しいから。この隣を歩く家路が近いだけの先輩に負けた事が。私の一時間半は何だったんだ。悔しい。先輩の友人たちが消えた今、知らない人が居る気まずい中では、流せなかった悔し涙が出てくる。
「おっ、おい。何泣いてんだよ」
私のそれを見て動揺し出す先輩。ざまぁ見ろ、これが私のせめてもの復讐です。もっと、罪悪感に苛まれなさい。
「お、お前がもっと早く誰かに助けを呼べば良かったんだろ」
私が呼んだって、来てくれる訳無いよ。先輩の友人のように笑いながら厄介事を手伝ってくれる良い友人なんていない。私が付き合ってる友と呼ぶ存在はそんな事は私に押し付けるだけだから。
だから、悔しいんです。
「お前、友達少ないのか?」
その図星の報復に、子供みたいに大声で泣いてあげようか?先輩、困り果てて下さいね。
「まだ、入学したばかりだから、あまり話の出来る人が居ないんです!」
私の口から出たしょうもない言い訳。続いて、愚痴が出る。
「どうせ、私には入学して半年が過ぎようとしても、挨拶程度を交わすクラスメートぐらいしかいませんよ。成績だけが生き甲斐な根暗人間ですよ!」
「まぁまぁ、後輩ちゃん。そんな悲観的になるなよ。うん、あれだ。友達作りやってみろよ。案外簡単だから。あっ、俺、此方だから」
簡単に言ってくれる。そして、走って逃げたな。
そんな言うほど簡単な事じゃない。人に話し掛けるなんて、見るのは簡単だ。でも、自分から人に話し掛けられない私がやるのは難しい。やりたいけどやる勇気はつかない。
簡単にと言ってのける先輩が凄く羨ましいんだ。
今日、コロンブスの卵は私の目の前で立てられた。それを見た私は本当に簡単にコロンブスの卵を立てる事は出来るようになるのだろうか?
立てられ無いかも知れない。
だから、コロンブスな先輩が卵を立てるところを良く見ていることにしよう。
次は私がコロンブスの卵を先輩の前で立てる。目下の目標が出来た。
まずは、明日は何とかして先輩の名前を聞こう。
なんとも言えない作品何ですよね、これ。
少しでも面白いと思って下さる方が居たら幸いです。




