表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

【夏のホラー2026】 作品まとめ 【野井琅世】 

追いかける音

作者: 野井琅世
掲載日:2026/07/04



「助けてくれ」


 もう、(わら)にも(すが)る思いだった。

 日に日に自分が追い詰められて行くのが分かる。

 誰でも良いから、助けてほしかった。

 だが、俺の言葉に対し、学生時代からの友人の山岸は、酷く面倒臭そうな表情を浮かべている。


「くだらねぇ……」


 山岸がつまらなさそうに言う。

 此方を見ようともせず、煙草を吹かしていた。

 学生時代、山岸は煙草をやっていなかったはずだ。

 それが、酷く荒んだ表情で紫煙を燻らせている。

 その事が、酷く時間の流れを感じさせた。


「足音が、少しずつ近づいてくるんだ」


 会社の同僚と心霊スポットに行った翌日から、夜になると足音が聞こえるようになった。

 最初は聞き間違いかとも思ったが、毎日、その足音は聞こえた。

 そして、その足音は少しずつ近づいて来る。

 しかも、それは、俺だけではなかった。

 一緒に行った同僚も足音を聞いていた。

 同僚は、日に日にやつれていき、ついに『男が追いかけてくる』と言い残して失踪してしまった。

 生きているのか、死んでいるのかすら分からない。

 何一つ分からない失踪だった

 それが、酷く恐ろしい。


「良い歳して、心霊スポットかよ。学生じゃねぇんだぞ」

「ちょっとした勢いだったんだよ……」


 言い返すが、山岸は興味がなさそうだった。

 煙草の火を揉み消して、グラスに注がれたウィスキーを呷っている。


「……それで? 俺にどうしろってんだ?」


 山岸に言われ、言葉に詰まる。

 どうしてほしいのか、自分でも分からなかった。


「俺は、霊媒師でもなんでもねぇぞ」


 さらに言われ、言葉を探す。

 助けてほしい。

 だが、具体的にどうしてほしいのか分からない。

 解決策など、何も無かった。


「………………」


 無言でいると、山岸が鋭く舌打ちするのが聞こえた。

 忌々し気に煙草に火をつけ、面倒臭そうな視線を此方に向けている。


「……場所は?」


 煙を吐き出した山岸が問いかけてくる。

 何の事か分からなかった。

 照明に照らされ、煙草の煙が揺らめいているのをボンヤリと見つめる。


「心霊スポットの場所だよ」


 少し、苛立たし気に山岸が言葉を続けてきた。

 それで、何を聞かれたか分かった。


「……ああ。町を北に抜けた所にある山だ」


 その言葉を聞いて、山岸が考え込む様に天井を見つめる。

 天井付近では、相変わらず、煙草の煙が揺らめいていた。


「酒は?」

「……飲む気になれない」

「飲んでないんだな?」

「ん? ああ……」


 俺の返事を聞いて、山岸が煙草を消して立ち上がる。


「行くぞ。車を出せ」


 何を言われているのか分からなかった。

 だが、すぐに意味を理解する。


「……冗談だろ?」

「行かなきゃ、どうしようもねぇだろ」


 身体が震える。

 今、思い返せば、あの足音は、あの場所でも聞こえていたのだ。

 あの時は、風で草が揺れている音だと思っていた。

 だが、今となっては、あの足音が追いかけてきたのだと分かる。

 あの足音から逃げ出したいのに、自分から向かって行くなど考えたくもなかった。


「とっととしろ」

「勘弁してくれよ……」

「お前は、俺を降ろしたら帰ればいいだろ。嫌なら、自分でどうにかしろ」


 言われて言葉に詰まる。

 他に助けを求められる相手などいない。

 どうにかなるとも思えなかったが、見捨てられるのは途方もなく恐ろしかった。


「………………」

「どうする?」

「……分かった」


 そう返事をするしかなかった。

 泣きそうになりながらも車のキーを手に取る。

 手が震えているのが分かった。


「本当に、どうにかなるのか?」

「知らん」


 その言葉に、また、泣きそうになる。

 だが、山岸は迷いなく部屋から出ていく。

 慌てて後を追う。

 一人になりたくなかった。

 足が震える。

 血の気はとっくに引いている。

 それでも、行くしかない。

 行くしかないのだろう……


 今も、足音は聞こえているのだから……。








 くだらねぇ。

 そうとしか思えなかった。


 三十が見えてきた良い歳の大人が、心霊スポットなんぞに行って、ヤバいのを連れて帰ってきました。


 馬鹿な話だ。

 それでも、話を疑ってはいない。

 志島の奴は馬鹿だが、こんな嘘を言うような奴じゃない。

 まあ、勘違いじゃないなら、本当の事なんだろう。

 それでも、呆れはする。

 ただのリーマンでしかない俺に助けを求めるあたりが、本当に馬鹿だと思う。


「さっさとしろよ……」


 誰に言うでもなく呟く。

 志島は、とっくに逃げ帰った。

 俺は、一人で山の中に居る。

 もう、煙草を何本吸ったか覚えていない。

 持ち込んだ酒も半分になった。

 なくなる前に出てきてほしいもんだ。

 足音は聞こえている。

 だったら、さっさと姿を見せろよ。

 そう、思いながら、煙草に火をつける。


 部下にパワハラをして会社をクビなり、この山で自殺した男の霊が出る。


 そんな話のある心霊スポット。

 どうやら、この辺りで首を吊ったらしい。


「面倒臭ぇ……」


 酒瓶を呷る。

 大分酔っているのが分かる。

 それでも、酒は止められそうにない。

 健康に悪いだろうが、もう、どうでも良かった。


 聞こえていた足音が大きくなる。


 やっと来やがった。

 そう思って、足音の方向に視線を向ける。

 木々の狭間。

 そこから、青白い顔をした中年の男が此方を見ていた。

 視線が合う。

 男が、ニタリと笑うのが分かった。


 怖気(おぞけ)が走る。


 歯の根が合わなくなりそうなのを、歯を食いしばって耐える。

 視線は逸らさない。

 男の顔を見る。

 此方の怯えを見透かしたように愉快そうに笑っていた。


 いかにも。って、感じだな。


 そう、思った。

 顔が似ている訳じゃない。

 それでも、会社の上司の顔とダブった。


 散々仕事を妨害して、上手く仕事が進んでいない事を(なじ)る。

 気に食わない事があれば、それを自分の部下の責任だと喚き散らして嫌味を言う。

 無能だと侮辱し、人格を否定し、存在すら否定した。

 とにかく部下を甚振(いたぶ)って憂さ晴らしをする人間。


 そんな上司によく似ていると思った。

 だから、こんな真似をするのだろう。

 自分が死んだ場所に無遠慮に踏み込まれた事を怒っているのなら、さっさと殺せばいい。

 だが、徐々に追い詰め、嬲る様に殺す。

 その事を楽しんでいる顔だった。


「何か用か?」


 精一杯の虚勢を張って言う。

 男が、もう一度笑った。

 男が近づいて来る。

 首が折れているのだろう。

 男が一歩歩く度に、男の首があり得ない方向に揺れていた。


「………………」


 男が、目の前に立つ。

 首には、首を吊った痕が生々しく残っていた。

 男が、意地悪そうに笑う。

 此方の怖気を見透かした様に。

 楽しくて仕方ないという様に。


 また、男の顔が上司とダブる。

 恐怖が消えていく。

 恐怖より、怒りが勝った。

 俺も笑う。

 笑うに決まっていた。


 俺は、とうに壊れている。

 酒に逃げた。

 煙草を吸ってみた。

 他にも、色々とやってみた。

 全て無駄だった。

 そして、俺は、完全に壊れた。

 壊れてしまった。

 もう、治りはしない。

 分かっていた。


 今の俺は、上司に執着している。

 考える事は上司の事ばかりだ。

 夢の中にまで上司は現れる。

 寝ても覚めても、上司の事しか考えられない。

 人間として、極めて根本的な欲求を上司に抱いている。

 おかしいのは分かっている。

 それでも、もう、自分では押さえられないところまで来てしまっている。

 だから、この男を代わりにしてしまおう。

 どうせ、此奴もクズだ。

 死んでまで、碌でもない事をやっている。

 別に構わないだろう。


「なあ、お前……」


 男に声を掛ける。

 俺から怖気が消えた事に困惑した様な笑みを浮かべている。

 勝手に困惑していればいい。

 どうせ、すぐに分かる。

 俺の欲求をぶつけられた時、お前は、どんな顔をするんだろうな?

 そう、俺の欲求……


「お前……、美味そうだな?」


 食欲を。








 山岸が失踪した。

 聞いた話によると、山岸の部屋で遺書が発見されたらしい。

 その内容は……


 上司のパワハラが原因である事。

 会社は、真面に対応しなかった事。

 証拠は、同封したフラッシュメモリに保存されている事。


 そんな内容だったとの事だ。

 最後に会った人間として、俺も事情聴取を受けた。

 そして、あの山の捜索が行われたが、煙草の吸殻と酒瓶だけが見つかり、山岸は見つからないままだった。


 あの日から、もう足音は聞こえていない。

 単なる幻聴だったのかもしれないと思った。

 そして、何時しか恐怖も和らぎ、思い立って、あの山に行ってみる事にした。

 山岸が見つかると思った訳じゃない。

 それでも、一度、見に行った方が良いと思ってしまった。

 山の中に入る。

 しばらく歩くと、足音が聞こえてきた。

 散々聞かされた、あの足音だった。

 足が竦んだ。後悔もした。

 額に汗が滲む。

 呼吸は荒くなり、喉がカラカラに乾いた。

 だが、足音は近付いて来なかった。

 むしろ、何かから逃げる様に動き回っている。

 俺の事など気づいていないかの様だった。

 その事に安堵して耳を澄ましてみる。

 聞き慣れてしまった足音。

 そして、その足音を追いかける様に、ガチガチという、歯を打ち鳴らすかの様な音が響いていた。


「食べないでくれ」


 聞いた事のない男の声で、小さく聞こえた気がした。

 怯え切った声。

 直感的に、俺を追い詰めた足音の主だと思った。


 何があったのかは分からない。

 それでも、あの足音を追いかけているのが山岸だと分かった。

 分かってしまった。

 分かりたくなかった。

 それでも、間違いなかった。

 だって……



 歯をガチガチと打ち鳴らすのは、山岸の癖なのだから……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ