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大笑いした悪魔の秘密(ショートショート)

作者: 藻ノ かたり
掲載日:2026/02/19

今、一人の男の前に悪魔がいる。魂との引き換えを条件に、お決まりの契約交渉が進んでいた。


男は、何か違和感を覚えていた。相手が悪魔だからではない。この男、そういう方面に関しては割と信じるほうなのだ。


あぁ、そうか。


彼は、違和感の正体に気がついた。目の前の悪魔は、なるほど悪魔然とした姿なのだが、口が異常に大きいのだ。その両端は、頭頂部に届かんとするほど裂け上がっている。


さて、男から願いの内容を聞き出した口の大きい悪魔は、心の中で笑い出した。


”ホント、人間ってのは愚かな願いをするもんだよな。そんな望みを抱いたって、後悔するに決まっているのにさ”


元々、笑い上戸なのか、単に意地が悪いのか、悪魔の心に響く嘲笑の声はどんどん大きくなっていく。やがてそれは、実際の口にも伝播していった。


ククッ、クククッ。


我慢しているのに口が勝手に動き出す。もう本人にも止められないあんばいだ。


それを見ていた男は腹が立つというよりも、むしろ興味津々に悪魔の顔を見つめる。なぜなら悪魔の頭まで裂けた口は、まるでアゴが外れたが如く大きく開いていたからだ。それはまるで、顔が半分に割れたようにも見える異様な光景だった。


ハーッ、ハッ、ハッ!


自らの状況を分かっているのかいないのか、悪魔は更に大声で笑いだした。


その時である。


男は”メリッ”という、何か肉が避けるような音を耳にした。


悪魔もその音を聞きつけ”しまった”と勘づいたがもう遅い。


こわれたガマグチのように大きく開いた悪魔の口は、その勢い余って裏返しにでんぐり返った。悪魔の歯や口内は表に丸見えとなり、驚いた事にそれはどんどん体の下のほうへと広がっていく。まるで細長い袋を、くちのところから裏返していくように。


さすがの男もこれには仰天した。数分の内に、悪魔の体は完全に裏返り、体の中が”おもて”になった。


さぞや、グロテスクな姿を晒したんだろうって?


いやいや、とんでもない。


いや、本当に”とんでもない”姿を悪魔は披露したのだ。


なんと裏返った悪魔の姿は「天使」そのものだった。


「あんれ、まぁ。堕天使が悪魔になるとは聞いていたが、そうなっとるんか!」


男は、先ほどから撮影していたスマートフォンの画面を見ながら、驚嘆の声を上げる。


「お、おい。やめてくれ。映さないでくれ!!」


声のトーンが一オクターブ高くなった悪魔、じゃなかった、天使が叫んだ。


「何言ってるんだ。こんな世紀の大発見を映すなって? 」


男がニタニタと笑いながら、天使にレンズを向け続ける。今や主導権は、完全に男のほうにあった。


「こりゃ、ネットに上げたら大バズリ間違いなしだな。信用しない奴も多いだろうが、なに、再生数を稼げればいいさ」


男は目を上に向けながら、収益の皮算用を始める。


「そ、そんな事は止めてくれ。頼む、頼むよ。仲間に知れたら、僕は地獄から追い出されちまう。


もう魂を取る仕事も出来ないし、悪魔には失業保険もないんだぞ。


ここはひとつ、憐れな天使を助けると思って……」


天使は、ひざまづいて懇願した。


それを見た男の口角が、クイっとあがる


「うーん、考えてやらなくもないな」


「ほ、本当に?」


天使の顔に、ひとさしの希望の光が差し込んだ。


「さっき、俺が頼んだ願いがあるだろう。あれを叶えてくれ」


どんな要求をされるのか心配していた天使は、ほっと安堵の表情を見せる。元々、契約を取りに来たのだ。それを実行するだけなのだから、何の問題もない。


フン。人間というのは、どれだけ愚かな生き物なのだろう。こんな滅多にないチャンスをふいにするなんて……。


天使がそう思った時、男が二の句をつぐ。


「ただし、死んでも魂はやらない。それが、条件だ」


死刑宣告にも等しい言葉が、あたりに響いた。


「ええっ? そんな無茶な」


天使は、思わず叫ぶ。


「じゃぁ、この映像は早速ネットに上げるぞ。


まぁ、よく考えてみろよ。これが衆人の目に触れれば、お前は失業してしまうんだろ? それに比べれば、魂一つくらい安いもんじゃないか」


「あ、あんた、悪魔か!?」


虚しい皮肉が、天使の口をついて出た。


だが天使に選択の余地はない。彼は、しぶしぶ男の条件を受け入れた。


「はぁ……」


男が立ち去った後、深いため息をつく惨めな天使。


「悪魔36178号よ。これで何度目だ」


突然、天使の後ろから声がした。


「あっ、あんたは監察官の……」


監察官と呼ばれた長身の悪魔が、へたり込んでいる天使を見下ろす。


「あれほど、笑いグセは治せと言っただろう。こちらとしても、我慢の限界だ。


確かに人間は愚かだし、心の中で嘲笑するのは勝手だよ。しかしそれが続く内に、そんな大きな口になったのを忘れたか。


天使の姿を晒したのも、一度や二度じゃないだろう」


監察官が、手元のタブレットを操作しながら言った。


「今回だけ、今回だけ許して下さい。次は必ず!」


天使が、今度は悪魔に懇願する。


「ダメだね。


わかっているだろうが、人間の願いを叶えるのだってタダじゃできない。使える予算 の総額は決まっているんだよ。それを魂で回収し、利益を得るんじゃないか。


お前さん。どれだけ地獄界に損害を与えているのか、わかっていないようだな」


監察官の至極まっとうな物言いに、天使はうつむくしかなかった。


「僕は……、クビですか……?」


うなだれて尋ねる天使に、


「まぁ、そうだ。しかし、クビだけじゃすまんよ。悪魔となったキミが、地獄界から追い出されて生きて行けるとは思えない。かといって、ノラ悪魔になられても困る。


上とも相談していたんだが、キミには他の悪魔たちの見せしめになってもらうよ」


と、監察官が冷たく言い放つ。


「見せしめ?」


「あぁ、そうだ。


キミは天使から堕天使になり、すなわち悪魔となった。これより”堕ちる”としたら何だと思う?」


意味ありげな言い回しに、最初はポカンとしていた天使だったが、やがてその真意に気がついた。


「ま、まさか……!」


「わかったようだね。そう、君には”人間”に堕ちてもらう。


最高の見せしめだろう?」


監察官の表情は、侮蔑と嘲笑に満ちていた。


「そ、それだけは、ご勘弁を! 人間なんぞになるくらいなら、死んだ方がマシだ」


天使の哀訴も空しく、監察官は職権で天使に魔法をかけた。天使は見る見るうちに、おぞましい人間の姿になっていく。


「やぁ、お似合いだよ。君の寿命は、あと七十年くらいかなぁ。せいぜい人間ライフを楽しんでくれたまえ。


まぁ、人間界では年を取るほど悲惨な暮らしが待っているというから、今の内に人生を謳歌するんだね」


監察官の言葉に、


「七十年? そんなに長く……。冗談じゃないです。そんなの耐えられません、絶対に!」


と、愚かな人間となった天使が、涙を流し上司へと訴える。


「お願いです。僕を悪魔に戻して下さい。


魂でも何でも差し上げますから!」


その言葉を聞いた監察官の目が、最高にいやらしく光った。



【終わり】


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