効率
荷を積んだ馬を引き、俺たちは三人でカヒムの街へ向かって歩き続けていた。
しばらく進んだところで、景色が一変する。
灼熱の砂漠。
俺たちが最初に通った砂漠とは、明らかに違う。
砂は赤みを帯び、広さも段違いだ。視界そのものが、押し広げられたように感じられる。
片側には、果てしなく続く赤い障壁。
巨大な柱群の間を、バリアのように結んでいる。
まるで赤いオーロラでできた巨大なカーテンのようだ。
ゲームとは迫力が違うな。
柱は天に届きそうな高さまで伸び、赤い障壁は行く手を遮るかのように、無言でその間に張り巡らされている。
反対側には、万里の長城のような、途方もない巨大な城壁。
その内側には、崩れた建物が折り重なった廃墟の街並みが、はっきりと見えていた。
「柱が……地平線まで続いてるみたい……なんて大きさなの。こんなの、見たことないわ」
ニアは目を見開いたまま、呆然と呟いた。
「あの柱の間の赤いのは、何なのかしら?」
「あれに触れたら、一瞬でお陀仏さ」
ジーナが、あっさりと言い切る。
「罪人の地は、周囲を全部あれで囲まれてる。鳥かごみたいなもんさ。
私らは――カゴの中の鳥ってわけだ」
「……」
ニアは言葉を失い、封印の指輪にそっと触れたまま俯いた。
この世界に連れてこられた現実を、改めて噛み締めているようだった。
「で、こっちのでかい城壁が――失われた街」
ジーナが視線を城壁へ向ける。
「古代の大都市さ。中に入るのは禁忌とされててね。私も中がどうなってるのかは知らない。
入ると呪われるらしい。さっきのピラーとやらも同じだよ。古代の遺物は、全部タブーなのさ」
「あぁ、怖い、怖い。くわばら、くわばら」
軽口混じりだが、その声に冗談の色は薄い。
――なるほど。
俺は一瞬で理解した。
この世界では、古代遺跡そのものが忌避されている。だから、サークルピラーの存在も、転移できる事実も知られていない。
便利なのに。
本当にもったいない話だ。
横目でジーナを見る。
金髪のショートロングヘアが風に揺れ、白い肌が砂漠の光を反射している。
体格はニアよりわずかに大きいが、無駄な肉はなく引き締まっていた。
青いビキニ風の踊り子衣装はかなり際どいが、本人は気にする様子もない。
――本当に、こんな格好で戦う人がいるんだな。
内心で苦笑しつつ、改めて観察する。
歩き方、周囲への目配り、無意識に取る位置取り。
能力を封じる指輪をつけているはずなのに、隙がない。
「ジーナは相当強いね。カンストレベルだ」
思わず口にすると、ジーナは肩をすくめた。
「はは。カンストって何だい?
指輪で力は消えてもさ、長年の経験で培った感覚や度胸までは消えないもんさ」
それ以上は語らない。
だが、それで十分だった。
「で?」
ジーナが、俺をまじまじと見る。
「なんで、そんなに急いでカヒムに行くんだい?」
「効率のいいレベル上げがあるからね」
「……効率?」
その一言に、ジーナの目が、はっきりと輝いた。
俺は例え話として、すぐ近くに見える失われた街を指差す。
「例えば、あの失われた街も、効率よくレベル上げができる名所なんだ。
中には人間じゃない魔物がいる。ほとんどはワールドボスクラスで、とてつもなく強い」
「だが――」
「数が多い下っ端のスケルトンやワイトは、そこまで強くない。
それなのに、経験値は意外と多いんだ」
「ほう」
「ボス連中に気づかれないよう、そいつらだけ狩って回る。
それだけで、経験値はかなりの速度で溜まるってわけさ」
「それに、失われた街にある宝箱は当たりが多い。
貴重な資材や装備が手に入る確率が高いんだ」
ジーナの目が、完全に冒険者のそれになった。
「……最高じゃないか、ゼロ。
今から三人で、冒険旅行と洒落込まないかい?」
「無理だね」
俺は即答する。
「俺もニアも、レベルが低すぎる。武器も石製だ。
二人がかりでも、スケルトン一体すら倒せないだろう」
俺はあえて、レベルがカンストしていることは隠し、ニアのことを案じて低レベルを装った。
ジーナは不満そうに口を尖らせたが、やがて肩をすくめてニヤリとする。
「……まぁ、仕方ないねぇ。
今度のお楽しみに、取っとくとするか」
俺たちは、再びカヒムの街へと歩みを進めた。
俺はニアを見ながら考えていた。
最初の頃の、ぶっきらぼうな言い方ではなく、コソ泥の食卓辺りから、女の子らしい口調になってきている。
この世界に慣れ、緊張がほぐれたのか。
俺のことを、信じられる仲間だと認めてくれたからか。
いずれにせよ、今のニアの方が、俺は好きだ。
俺は、再びジーナを見た。
ジーナは鼻歌を歌いながら、馬を曳き、楽しそうに歩いている。
一体この女は、敵か。味方か。
また頭の中で、嫌な考えが鎌首をもたげる。
カヒムの街は、ゲームの通りなのか。
俺は、今の装備でニアを守ることができるのか。
この時の俺はまだ――
この街が、特別な意味を持つ場所になるとは、思っていなかった。




