欲望の終焉
俺とジーナは勢いのままに中央塔へと肉薄する。
塔の外側には、重厚な鎧に身を固めた屈強な男たちが待ち構えていた。
明らかにこれまでの雑魚とは格が違う。
「お決まりの親衛隊ってわけか」
俺は腰の刀の柄を握り直し、一気に踏み込む。
鋭い呼気と共に刀を抜き放ち、一人を大きく斬り上げた。
返す刀で、隣の男を袈裟懸けに斬り下げて葬る。
ジーナもまた、空中を舞うような身のこなしで飛び込み、二本の短剣を閃かせ、引き裂いた。
あっという間に塔の外周の敵を片付け、俺たちは内部へと侵入する。
腰の皮袋には、爆発球、高級回復薬、毒消し薬をそれぞれ忍ばせている。
準備に抜かりはない。
「いたぞ! 侵入者だ!」
奥から三人の剣を構えた男が向かってくる。
その後ろで二人の男が弓を構えるのが見えた。
俺とジーナは迷わず駆け出す。
放たれた矢を、ジーナはひらりと横に回避し、俺は刀の腹で叩き落とす。
そのまま、すれ違い様に三人を切り伏せ、弓手に迫る。
二人が二の矢を継ぐ時間はなかった。
俺たちの刃が、瞬時にその命を刈り取る。
目の前には、上と下へ続く階段があった。
ミユの情報によれば、最上階の八階が「黄色」の部屋、七階が「青」の部屋、その下が手下たちの詰所。
そして地下には囚われた女たちがいるはずだ。
「計画通り、俺が上、ジーナは下に向かうぞ」
俺の言葉に、ジーナが首を振った。
「いや、待って、ゼロ。先に二人で黄色を叩こう。ミユの話じゃかなりやるって話だし、元凶を潰せば、女たちの救出も確実になるはずだよ」
ジーナの提案を受け入れ、俺たちは上階を目指した。
背後を突かれないよう、一階ずつ、一部屋ずつ、確実に制圧していく。
待ち構える敵は確かに手強かったが、今の俺たちの敵ではない。
次々と敵をなぎ倒し、俺たちはあっという間に六階に到達した。
だが、ここまでで俺たちは凄惨な光景を目にしていた。
各階に連れ込まれていた女たちは、一人残らず殺されていたのだ。
逃走を阻むためか、あるいは足手まといと判断されたのか。
「ここも。……嘘だろ」
胸に冷たい不安がよぎる。
解放されるくらいなら、いっそ皆殺しにしようとしているのか?
「ジーナ、やっぱり地下が先だ! このままだと……」
俺が言い終えるより早く、ジーナが強く、はっきりと叫んだ。
「血迷うんじゃないよ! まずは敵の首を獲るのが先だよ! 元を断たなきゃ、同じことが繰り返されるだけなんだから!」
ジーナの声に引き戻され、俺は意を決して七階に続く階段へ向かう。
その時だった。
「いやあああぁぁぁぁっ!!」
七階の奥から女の悲鳴が響き渡る。
俺は我を忘れ、声のする方へと走り出した。
「ゼロ! 取り乱すな! 手前から一つずつ確実に行くんだよ!」
背後でジーナが叫んでいるが、あの悲鳴を無視することはできなかった。
声は一番奥の部屋から聞こえる。
俺は勢いよくドアを蹴破り、中へと飛び込む。
入った瞬間、三本の槍が俺の喉元に迫る。
のけぞりながら身をかわし、辛うじて避けると、即座に壁を背にして状況を確認した。
三人の女が泣き崩れ、それを剣を持った四人の男と、リーダーらしい身なりのよい男が囲んでいる。
先ほどの槍使い三人が、再び呼吸を合わせて間合いを詰めてくる。
リーダーらしき男が、女の一人の胸に勢いよく剣を突き立てながら叫んだ。
「抵抗するな! 逆らうなら女たちは皆殺しだぞ!」
鮮血が舞い、男は嘲笑いながら続けた。
「おい、お前がさっき槍を避けたせいで、この女は死ぬんだぞ。今度避けたら、次は隣の女だ」
一人の女が泣きながら男たちに慈悲を乞う。
もう一人の女が俺に叫ぶ。
「こいつらを殺して!どうせ私たちを殺すつもりよ!」
再び三本の槍が迫る。
俺がここで殺されたらどうなる?
ミユも、ニアもジーナもどうなる?
この先もこの世界はずっとこいつらに蹂躙される。
どうすればいいんだ。
その時、さっきの女が自ら首を刃に向けて突き出す。
「お願い、こいつらを終わらせて!」
鮮血が噴き出し、辺りを赤く染める。
「このアマ、何しやがる!」
俺は一斉に突き出された槍の軌道を回避し、そのまま流れるような動作で槍使い三人を斬り伏せる。
「この野郎、逆らいやがったな!」
俺は感情を殺し、無造作に、一歩ずつ男たちへ近づいていく。
男たちは慌てて最後の女を盾にした。
「おい、いいのか! こいつも殺すぞ!」
「やってみろ。その女を殺せば、もう人質はいなくなる。その時がお前たちの死ぬ時だ」
俺の冷徹な声に、男たちは目に見えて狼狽し始めた。
「お、落ち着け! 金ならある! 金貨だ! この奥に青い隊長の金庫があるんだ。千枚は下らねぇ。見逃してくれたら、金庫を開けてやる! 悪い話じゃないだろ?」
俺は男が言い終わるのを待たず、その首を撥ね飛ばした。
残りの四人にも容赦はしない。
一瞬のうちに、部屋には静寂が訪れた。
残されたのは、泣き崩れる一人の女。
そして、首を突かれた死体と、胸を刺され虫の息の女だった。
「大丈夫か……?」
俺は泣いている女に声をかけ、瀕死の女の止血を試みる。
さらに、腰の皮袋から回復薬を取り出し飲ませようとする。
「……それは、あなたが、使って。……私は、これで、いいの……主人に……合わせる、顔が、ないもの……」
女は血を吐きながら、弱々しく俺にそう告げると、隣の友人に別れの言葉を告げ始めた。
彼女はこの地獄からの生還を望んでいない。
だが、彼女が事切れるまで、手当てをせずにはいられなかった。
せめてもの、罪滅ぼしのために。
女が息を引き取り、俺はふと我に返った。
「ジーナは……?」
まだここに来ていない。
しまった!!
俺は刀を握りしめ、階段まで引き返しながら彼女の名を大声で呼ぶ。
返事はない。
七階をくまなく探したが、どこにも彼女の姿はなかった。
ふと八階へ続く階段に目を向けると、そこには見慣れたジーナの短剣と、切り裂かれた彼女の青い服が落ちていた。
?!!
血痕はない、連れ去られたのか?
「まさか……!」
最悪の予想が脳裏を駆け巡る。
俺は八階に向かって、脱兎の如く駆け上がる。
俺が女の悲鳴に釣られて駆け出した直後。
ジーナの前には、階段をゆっくりと降りてくる「黄色い鎧」の男が立ちはだかっていた。
黄金色に光る鎧には、吐き気を催すような淫猥な絵や模様が施されている。
手には、恐ろしく鋭く長い穂先を持つ槍が握られている。
「いつぞやのポニーテールか。ちょうどいい、俺のモノになってもらおう」
ジーナは二本の短剣「炎神の息吹」を構え、男を睨みつけた。
「あんたかい、女の敵の元締めは。その悪趣味な鎧は何だい?残念だけど、あたしはあんたみたいなゴミが一番嫌いなんだよ。このジーナ姐さんがあの世へ送ってあげるから、ありがたく思いな!」
「ははは! 威勢がいいな。強い女は大好物だ!俺が存分に泣かせてやるぜ」
余裕の態度を見せる黄色鎧に、ジーナの怒りの一撃が襲いかかる。
「ほう、炎神の息吹か。レアアイテムだな、それも頂こう」
男は槍で軽々と攻撃を捌きながら、嘲笑を浮かべる。
「お前が来たってことは、ミユも、もう一人の女も来ているな? 三人まとめて俺の玩具にしてやるよ」
だが、言葉とは裏腹に、男の心には段々と焦りが生じていた。
こいつ、なかなかやりやがる……赤や青以上か?
殺すのは容易い、だが、こいつは五体満足で手に入れたい。
この強さ、うっかり手を抜けば、こっちがやられる。
しかもこいつは、槍の天敵である短剣使い、おまけに炎神の息吹は、掠るだけで燃え上がる伝説武器。
懐に入られたら流石に不味いな……
どうしてもジーナを生け捕りにしたい黄色鎧は、次第に劣勢へと追い込まれていく。
しかも、怒りに燃えるジーナの手数は凄まじく、さすがの黄色い鎧の男も槍では捌ききれず、たじたじと後退した。
このままだとジリ貧だな。仕方がない。癪だが……あの手を使うか
「これでとどめだよ!」
ジーナが目にも止まらぬ速さで懐へ飛び込み、必殺の一撃を放つ。
やった!
ジーナが勝利を確信した、その瞬間。
ん?指輪が光った?!‥‥‥。
チクリ、とジーナの首筋に小さな針が刺さった。
黄色い鎧の男がはめていた『虜の指輪』から放たれた、麻痺の毒針。
ジーナの短剣は男の喉元数センチのところで止まり、彼女の体はそのまま床へと崩れ落ちた。
「な……ひ、卑怯、だぞ……」
すでに呂律が回っていない。
黄色い鎧の男は安堵の息をつくと、その瞳をドロドロとした欲望で濁らせた。
「ははは! いくら強くても、俺の前ではただの女だってことを、嫌というほど分からせてやるよ」
男は槍の穂先でジーナの服を無残にも切り裂く。
そして、彼女のポニーテールを乱暴に掴み上げると、そのまま八階へと引きずっていった。
八階、黄色い鎧の男の私室。
ジーナは特大のベッドに乱暴に放り投げられた。
目の前で鎧を脱ぎ捨て、下劣な笑みを浮かべた男が仁王立ちしている。
「ははは、ざまぁねぇな! 強い女ほど壊すのは最高に楽しいぜ。さあ、これからがお楽しみだ。お前のツラがどんな風に歪むか、存分に堪能させてもらうぜ」
黄色い鎧の男がゆっくりとジーナににじり寄る。
「や……め、ろ……」
体が痺れ、指一本動かせない。
「ふふふ、喚け、叫べ」
ゼロ……助けて……!
ジーナが心の中で叫んだ、その時だった。
厚い扉が、轟音と共に開いた。
「――ゼ、ロ?!」
「なんだ、てめぇは! 青はどうした?お楽しみの邪魔をするんじゃねぇ!」
ジーナの姿を目にして、俺の怒りは沸点を超えた。
腰を落とし、居合いの構えをとり、そのまま爆発的な加速で突き進む。
俺の人生でこんなにも怒ったことはなかったと断言できる。
視野全体が黄色い鎧の男だけになっていた。
黄色い鎧の男の下卑た薄笑いを浮かべる顔を見て、俺の頭の中の何かが切れる音がした。
黄色い鎧の男はゆっくりと体を起こすと槍を手に取り、構える。
「そんなに死にたいなら、殺してやるよ」
黄色の槍が、空気を切り裂く鋭い音と共に俺を狙う。
常人なら視認すら不可能な一撃。
だが――今の俺には、止まって見えた
「なっ!?」
その穂先をかわし、さらに加速する俺を見て黄色い鎧の男は驚愕の声をあげる。
俺の怒りを乗せた一閃が、男の体を腰から真っ二つに両断していた。
何だ?目の前が真っ暗だ!何が起こった?!
黄色い鎧の男は何が起こったか分からないまま意識を暗転させた。
「大丈夫か、ジーナ!?」
「ゼ、ロ……」
上手く喋れないジーナの目から、大粒の涙が溢れ出していた。




