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欲望の崩壊

「欲望の砦」最上階。


そこは、支配者である黄色い鎧の男の思想を煮詰めたような空間だった。


甘ったるい香の匂いが辺りを漂い、くぐもった音が継続的に聞こえる。退廃的な彫刻が施された派手な玉座に黄色い鎧の男はありのままの姿で座っている。


その周りには、現地人の女たちが侍り、操り人形のように男の言いなりになっている。


黄色い鎧の男は愉悦の表情で青い鎧の男の報告を聞き流している。


「――むらさきが死んだ。付近の捜索と罠の設置のため、俺とピンクで出る」


青い鎧の男の言葉に、黄色は目の前に侍る女の髪を乱暴に掴み、快楽に歪んだ顔で短く切り捨てた。


「だめだ」


「……何故だ?」


珍しく問い返した青に、黄色はねっとりとした視線を向ける。


「お前ら、逃げるつもりだろ?」


青の身体が、一瞬で硬直した。


見透かされている。


その驚愕を、黄色はあざ笑うように続けた。


「俺に逆らうのか? 俺に勝てるのか? お前をここまでのプレイヤーに育て上げたのは、誰のおかげだと思っている。……お前は俺に従っていればいい。安心しろ、お前の女には今後手を出さないと約束してやるよ」


青は俯き、唇を噛み締めた。


ぐうの音も出ない。


この男にはすべてが見透かされている。


今の自分では、到底太刀打ちできない怪物。


その事実が、青の心を絶望で塗りつぶした。


その時だった。


凄まじい爆発音と共に、砦全体が大きく鳴動した。


天井の豪華なシャンデリアが火花を散らして落下し、壁に飾られた享楽的な絵画や、退廃的な彫像が次々と倒れ、砕けていく。


「何事だ! 敵襲か!?」


女たちの悲鳴が響く中、黄色い鎧の男は存外に落ち着き払った態度で言う。


北側から断続的に轟音が迫り来る。


「……爆発球だな」


黄色い鎧の男はバスローブを羽織りながら、即座に状況を察して呟く。


「敵襲だな。青、俺が準備を整えるまでお前が指揮を執れ。地下の猛獣どももすべて解き放て。……とにかく任せたぞ」 


「わかった」


青い鎧の男は短く応じると、踵を返して走り出した。


「敵の正体は誰だ? 白刃の騎士か? ……だとしたら、俺に勝ち目はない。黄色のために死ぬのはごめんだ」


青い鎧の男は小さな声で吐き捨てるように呟く。


中央塔を出ると、ピンクの鎧の女が魔法兵たちを引き連れて状況を見守っていた。


「ぐずぐずしてるからこんなことになっちゃったじゃない! どうするの? 戦うの、逃げるの!?」


詰め寄るピンクの鎧の女に対し、青い鎧の男は一瞬の逡巡の後、冷徹に決断を下した。


彼はピンク鎧の女の耳元に顔を寄せ、密やかに囁く。


「とりあえず体一つで逃げるぞ。厩へ急げ。北から敵襲だ、南門から脱出する」


直後、青い鎧の男は周囲の兵士たちに向かって、これ見よがしに大声を張り上げた。


「敵は北から侵攻中だ! 全員、迎撃準備! 親衛隊は中央塔を死守せよ。死んでも黄色い大将の元へは行かせるな! 残りは砦内で敵を食い止めろ。地下の猛獣もすべて解き放て!」


絶望的な状況に怯えていた兵士たちが、青い鎧の男の力強い言葉に弾かれたように動き出す。


「俺と第四偵察隊、魔法部隊は騎乗し、南門から迂回して敵の背後を突く。……欲望同盟の底力を見せてやれ!」


「おおおおお!」


鼓舞された兵士たちが散っていくのを見届け、青い鎧の男はピンクの鎧の女に目配せを送った。


二人は怒号の渦を背に、厩舎へと走り出した。




その頃、俺たちはミユの大規模破壊魔法で北の城壁を粉砕し、さらなる攻勢をかけていた。


投入したのは、木製の筒を改造した簡易迫撃砲二門。


「ジーナ、ニア、頼む!」


二人が爆発球の点火栓を叩き、筒へと滑り込ませる。


そこへ俺とミユが『ウインドホーク』の魔法を流し込み、爆発球を遥か高みへと撃ち上げた。


当初使っていた陶器製の筒は衝撃に弱く、すぐに割れてしまったが、意外にも弾力のある木製の筒の方が耐久性は高かった。


「中央塔には女たちが囚われている。塔を避けて狙え!」 


ミユの情報を頼りに、精密な砲撃を繰り返す。


砦の内部で次々と火柱が上がり、建物が粉砕され、人や動物が、ゴミのように宙を舞う。


欲望同盟に慈悲は必要ない。


一人残らずこの世から消し去らねば、これからも罪もない人々の犠牲が増える。


「ゼロ、弾切れだよ! 」


ジーナが立ち上がりながら叫ぶ。


「よし、全員、突入するぞ!」


爆発球を撃ち尽くした俺たちは、馬に跨り、崩落した北門へと一気に丘を駆け降りて突っ込んで行く。


作戦はこうだ。


俺とジーナが中央塔へ突入して制圧。


ミユとニアは塔の前で待機し、馬の確保と残敵掃討、そして囚われている女性たちの保護に当たる。


北門に近づくと、城壁の影から二十騎ほどの騎馬隊が躍り出てきた。


「みんな、私が魔法で攻撃します!」


ミユが雷撃魔法を放つが、敵の目前で青白い光に弾かれた。


「守護魔法です! 敵に魔法使いがいます!」


「ニア、ミユを守れ! 先に城壁へ向かえ!」


俺はニアに指示を飛ばすと、ジーナと共に敵騎馬隊へ肉薄する。


すれ違いざまの一閃。ジーナの短剣が二人を斬り伏せ、俺の刃がさらに二人を馬から引きずり下ろす。


ふと見ると、四騎の敵がニアとミユの背後に迫っていた。


だが、案ずることはなかった。


ニアが鮮やかな剣捌きで二人をまたたく間に斬り捨て、残りの二人と馬上での激しい打ち合いを演じている。


「強くなったな、ニア……!」


俺はニヤリと呟くと、ジーナと共に残りの敵を瞬く間に片付けた。


敵の魔法使いは、魔法を唱える間もなく、俺とジーナに倒される。


崩れた城壁を越え、合流した俺たちは、砦内を中央塔へと進む。


そこは、文字通りの地獄絵図だった。


至る所に爆散した死体が転がり、建物は激しく燃え盛っている。


熱風で目が霞む。


炎の中から聞こえるのは、この世のものとは思えない断末魔の叫び。


全身に火を纏った男が、狂ったように踊り狂いながら倒れ、動かなくなる。


焦げた肉の匂いが鼻をつく。



突如、横の瓦礫から巨大な影が飛び出した。


「このっ!」


ジーナの短剣が空中でその影を切り裂く。


斃れたのは巨大な虎だった。


辺りを見れば、豹、ライオン、象、さらにはハイエナ……。


飢えた猛獣たちが解き放たれ、倒れた敵兵の死肉を貪り食っている。


「急げ、猛獣が食事に夢中になっているうちに行くぞ!」


俺たちは中央塔の目前まで迫り、敵の気配を感じて馬を降りた。


塔自体はまだ無傷だ。


内部には相応の守備隊が待ち構えているはずだ。


「ここからは俺とジーナで行く。……みんな、準備はいいか?」


ミユとニアが力強く頷くのを確認し、俺はジーナと共に、欲望の権化が待つ塔に向かい走り出す。




その頃、青い鎧の男とピンクの鎧の女は、二人だけで馬を走らせていた。


背後では、自分たちが捨てた砦が断続的に爆ぜる音が響いている。


南門から出撃した直後、彼らは部下たちに「砦に戻る」と嘘をつき、そのまま戦線を離脱したのだ。


「ねえ、青。これからどこへ行くの?」


ピンクの鎧の女の問いに、青は一度も振り返ることなく答えた。


「まずは南海のサークルピラーだ。あそこから火山のサークルピラーに転移し、ピラトへ向かう」


欲望の砦を飲み込む炎が、立ち込める噴煙が、空を覆っていた。


二人は欲望同盟での地位も財産も捨て、静かに消えていった。


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