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城塞都市アリカラ

白刃の騎士――。


突如現れたその存在が敵か味方かはわからない。


だが、そのおかげで村を蹂躙していた『欲望同盟』の一部隊が壊滅したのは事実だった。


凄惨な光景が広がる村で、俺たちはまず、亡くなった村人たちの埋葬を手伝った。


生き残ったのは、わずか十数人の女たち。


彼女たちは心身ともに深い傷を負い、虚ろな目で震えている。


「ゼロ、悪いことは言わない。彼女たちはここに置いていくべきだよ」


ジーナが、この世界の厳しさを知る者としての冷徹な、しかし現実的な声を上げた。


ニアもそれに頷く。


「追撃が来れば、この人数を連れて逃げるのは不可能。全滅するわ。それがこの世界のことわりよ」


理屈はわかる。


だが、絶望の淵にいる彼女たちを、死を待つだけの場所に捨てていくことなんて、俺にはできなかった。


隣に立つミユも、その瞳に強い拒絶の色を浮かべている。


「……見捨てられないよ、俺は。みんなも本当は、同じ気持ちだろ?」


俺が言うと、ミユは小さく、だが力強く頷いた。


ジーナとニアは顔を見合わせ、やがて深い溜息をついた。


「……ったく。あんたのそういうお人好しなところ、嫌いじゃないよ。覚悟を決めな、ニア。護衛対象が増えたよ」


二人の瞳の奥に、安堵の光が見えた気がした。彼女たちだって、本心で見捨てたいはずがなかったのだ。


村に残っていた馬と、欲望同盟が乗り捨てた馬を合わせれば、人数分以上の数はあった。


ただ、馬に乗れる女性が少なかったため、村の駄馬に急造の荷馬車を引かせ、ゆっくりと進むことにした。


追撃を警戒しながらの五日間。


奇跡的に欲望同盟の襲撃はなく、俺たちは無事に生き残った女性たちの親類が住む近くの村へと辿り着いた。


女性たちの感謝の言葉に俺たちは、少し報われた気がした。


そのまま馬で走り出す。


それからさらに三日。


アリカラが見えてきた。


城塞都市アリカラの、カヒムの倍はあるその規模に、俺は圧倒された。


高くそびえ立つ石造りの壁、深く切り立った堀。


それはまるで、中世ヨーロッパの堅牢な城そのものだった。


入り口の跳ね橋には、四、五人の兵士が立っていた。


「止まれ。どこから来た、何の用だ?」


突きつけられた槍以上に、その声は威圧的で、ひどく刺々しい。


ジーナが進み出て、カヒムの住民票である淡い緑色のペンダントを提示した。


「カヒムからさ。見ての通り商売だよ。あたしたちは冒険者でね。今回の旅じゃあ、なかなかの『掘り出し物』を手に入れたのさ」


ジーナの適当な嘘に、兵士は鼻を鳴らした。


「ふん、カヒムのネズミか。通りたければ通行税と、領主様への貢物を置いていけ」


要求された額は法外だった。


「前は、一人金貨二枚だったよ。なんで一人十枚なんだい。ふざけるのも大概にしな!」


ジーナは兵士たちにくってかかる。


「嫌なら、帰れ!」


俺たちは顔を見合わせながらも、揉め事を避けるために金貨四十枚と宝石数個を差し出した。


兵士たちの卑しい笑い声を聞きながら、重い門をくぐる。


だが、門の先に広がっていたのは、活気とは無縁の世界だった。


ジーナからは「カヒムより賑わっている」と聞いていたが、メインストリートの店は歯が抜けたように閉店しており、人通りもまばらだ。


歩いている人々も、何かに怯えるように背を丸め、足早に去っていく。


「……様子がおかしいわ」


ニアの呟きに、俺も同意した。


情報を得るため、俺たちは通り沿いの酒場に入った。


ビールと水、そして適当な食事を注文する。


運んできた店員の顔も、ひどくやつれていた。


ジーナがさりげなく、金貨を一枚テーブルに置く。


「ねえ、この街はどうしちまったんだい? 前はもっと景気が良かったはずだけど」


店員は周囲を伺うように目を泳がせ、重い口を開いた。


「……転生者の軍団が、こっちへ向かってるんです」


「転生者の軍団?」


「ええ。この街に降伏勧告が来ました。『街を差し出し、奴隷になれ。逆らえば皆殺しだ』って。火山のほうからここまでの街は、もうほとんど占領されたらしい。領主は戦う決意を……死にたくない連中は、みんな逃げ出しました。俺も、三日後にはここを発つ予定です」


俺の心臓がどくりと跳ねた。


「……そいつら、黄色い旗を掲げていなかったか?」


「黄色? いえ、真っ黒らしいですよ。鎧も武器も旗も、すべてが黒で統一された戦闘集団らしいです」


黒? 黄色い旗の欲望同盟とは別物なのか?


俺がミユを見ると、彼女は戸惑ったように首を振った。


「黒い鎧の人は、欲望同盟の中に確かにいました。でも……石像のレベル上げの時に、爆散して死んだはずです……」


謎が深まる。


欲望同盟の別の奴か? それとも、別の組織なのか。


ジーナが、隣のテーブルで酒を煽っていた、いかつい赤ら顔の男三人組に声をかけた。


「よう、あんたたち。黄色い旗の連中について、何か知らないかい?」


その瞬間、男たちの顔から血の気が引いた。


「……何も知らん。関わりたくないんだ」


その反応こそが、知っているという何よりの証拠だった。


ジーナは腰の皮袋から金貨を一握り掴むと、無造作に彼らのテーブルへ置いた。


「話しなよ。悪いようにはしない。あんたたちの抱えてる『重荷』を少しは軽くできるかもしれないよ?」


男たちは金貨とジーナの鋭い目を見比べ、やがて、絞り出すように語り始めた。


「……俺たちは、隣のテナルの街に雇われていた守備隊だった。下っ端だがな。ある日、突然あいつらが……黄色い旗の連中が襲ってきたんだ」


「十人もいなかった。だが、とてつもなく強かった。隊長も、分隊長も、百人以上はいたのに、ほとんどやられた。あんなの、人間じゃない……」


一人が、耐えきれず頭を抱えて泣き出した。


「街を守らなきゃならなかった。でも、怖くて……俺たちは逃げたんだ。あいつらは半端じゃない。赤、青、紫……色のついた鎧を着た奴らは、特に別格だ。特に黄色い鎧を着た男は悪魔だ。この世の強さじゃないんだよ!」


「女たちは……俺の妻も捕まった。なのに、俺は……っ!」


悔し泣きする男の言葉に、俺たちは沈黙した。


間違いなく、欲望同盟だ。


ふと、ミユを見ると、絶望した表情を浮かべ、今にも泣きそうだ。


震えるミユの肩を見て、ジーナが俺の足を小突いた。


これ以上ここにいても、彼女の恐怖を煽るだけだ。


「……行こう」


俺たちは男たちに礼を言い、逃げるように酒場を出た。


外の空気は冷たく、城塞都市の威容が今は巨大な檻のように感じられた。


「ゼロ、この街から早く出たほうがいい。嫌な予感がするよ。ミユも限界だ」


ジーナの言葉に異論はなかった。


黒い軍団の正体を確認すべきだという思いも一瞬よぎったが、俺の直感が、全身の産毛が、一刻も早くここを離れろと警鐘を鳴らしていた。


「ああ。行こう。ここにいちゃいけない」


俺たちは馬の手綱を引き、入ってきたばかりの正面の門へと引き返した。


「あの金貨、もったいなかったねぇ」


ジーナが毒づく。


背後に残るアリカラの街並みは、死を待つ者のように、ただ静まり返っていた。

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