白刃の躍動
アリカラの街を目指し、街道を急ぐ馬の蹄の音が響く。
「おい、あれを見な!」
先頭を走るジーナが、手綱を引いて前方を指差した。
はるか前方、のどかな田園風景の中に、場違いな黒煙が立ち上っていた。
煙の根元では火柱が揺れ、逃げ惑う人影が小さく見える。畑の脇には倒れた影がいくつも転がっていた。
「……火の手? まさか、火事か?」
「いや、この煙の上がり方は異常だよ。誰かが意図的に火を放ってる。……助けに行くよ!」
ジーナの提案に、ミユとニアが力強く頷く。
「もちろん! 見捨ててなんていけない!」
「急ぎましょう。まだ間に合うはずです!」
四人で馬を走らせる。
だが、村までの距離はまだある。
視界に見える惨状が、刻一刻と悪化していくのが分かった。
その頃、村は、文字通りの阿鼻叫喚に包まれていた。
襲撃者は『欲望同盟』の第一偵察隊。
アリカラへミユ探索に向かう途上、幹部である「青い鎧の男」から、黄色い鎧の男への「献上品」捜索の密命を直々に託された連中だ。
「おいおい、期待してたより上玉が多いじゃねえか」
紫鎧の隊長が、下卑た笑みを浮かべて村を見渡す。
彼は欲望同盟において、赤、青、黄の三幹部以外に「色」を名乗ることを許された数少ない古参プレイヤーだった。
短剣の名手であり、PvPの世界で長年生き抜いてきた自負がある。
彼が率いる三十人の精鋭は、機動力を重視した短剣、槍、片手剣の混成部隊。
全員が紫鎧の隊長に倣い、薄紫色の鎧に身を包んでいる。
「戦国時代の井伊の赤備えならぬ、俺の『紫備え』だ。この世界で、その名を轟かせてやる……」
紫鎧の隊長は、野心に目を細めた。
紫鎧の隊長は、本来は赤い鎧の男に取って代わってもおかしくないほどの実力の持ち主だ。
ただ、同盟に加わったのが最近だったために、偵察隊の隊長に甘んじている。
だが、赤い鎧の男が死んだ今、ミユを捕獲するか、黄色い鎧の男のお眼鏡に叶う女達を準備すれば、空席となったNo.3の座は間違いなく自分のものになるだろうと、紫鎧の隊長はニヤリと微笑む。
第一偵察隊のメンバーは全員が元PvPプレイヤーであるため、欲望同盟一の戦力を誇っている。
彼らは、欲望同盟に加入する前は、紫鎧の隊長と盗賊団を結成し、現地人に無法の限りを尽くしてきた人外の輩だったのだ。
一般の村人など、彼らにとっては経験値にもならない「動く肉」に過ぎなかった。
「野郎ども、聞け! 見栄えのいい若い女には手を出すな。黄色の大将への献上品だ。それ以外は好きにして構わん。だが、最後には必ず始末しろ。証拠は残すなよ!」
紫鎧の隊長の号令とともに、村はさらに深い地獄へと突き落とされた。
あちこちから上がる女達の悲鳴、下卑た男達の笑い声。
紫色の略奪者たちは、抵抗する術のない女達に歪んだ欲望の眼差しを向け、笑いながら蹂躙していく。
村の片隅で、二人の隊員が卑猥な笑い声をあげている。
その前で、破れた服を抱えながら、若い婦人が目も虚に座り込んでいる。
「へへ、いい悲鳴だったぜ。この世界は最高だよなぁ。なあ、兄弟?」
一人が相棒に同意を求めた。だが、返事はない。
「おい、どうした、兄弟?」
不審に思って振り返った男の視界に、静かに佇む「白」が映った。
血飛沫に汚れぬ、純白の鎧の男が立っていた。
無機質なフルフェイスの兜の奥の表情は窺い知ることができない。
いつからそこにいたのか、男は全く気付かなかった。
「……あ?」
言葉を紡ぐ暇もなかった。
白い鎧の男の剣が一閃する。
男の体は、頭から唐竹割りのように左右真っ二つに分断され、断末魔の悲鳴すら上げられずに地面へ転がった。
「て、敵襲だぁーーーッ!」
異変に気付いた紫色の集団が、慌ただしく集まってくる。
紫鎧の隊長もまた、その白い鎧の男を見て息を呑んだ。
「まさか、白刃の騎士か? 本当に実在したのか?」
噂には聞いていた。
最近、欲望同盟の仲間が次々と血祭りに上げられているという怪物の存在。
先日もヤハカの街付近で、第五偵察隊が現地雇用の下級兵士二名を残して全滅した。
その二名の報告では、白い鎧の男が恐ろしい強さで無双し、隊長の首を持っていったらしい。
「……おい、あんた。噂の『白刃の騎士』だろ?」
紫鎧の隊長は、短剣を構えつつも、どこか引き攣った笑みを浮かべて交渉を持ちかけた。
「何か勘違いしてるのかもしれないが、俺たちはあんたの敵じゃない。俺たちは、欲望同盟だ。あんたもPvPプレイヤーだろ?この村の女も物資も、全部譲ってやる。なんなら俺らの仲間にならねえか?俺から直々に大将に頼んでやる。あんたほどの腕があれば、No.4……いや、No.3の座だって……」
白刃の騎士は、何も答えない。
ただ、一歩、前へ進んだように見えた。
それだけで、紫鎧の隊長の視界から白い影が消失した。
「消えた?奴はどこだ?」
警戒した紫鎧の隊長が短剣を構える前に、彼の胴体は真横に両断されていた。
先程まで村を思うがままに蹂躙していた彼らが、今度は蹂躙される番だった。
三十人の精鋭。
元PvPプレイヤーの集団。
それが、ただの「作業」のように、瞬く間に処理されていく。
逃げようとする者の背を裂き、槍を突き出す者の喉を貫く。
その動きには一切の無駄がなく、流麗で、そして冷酷だった。
ものの数分で、村を埋め尽くしていた紫色の略奪者たちは物言わぬ肉塊へと変わった。
白い騎士は、転がっていた紫鎧の隊長の首を無造作に切り落とすと、それを片手に持ち、霧が晴れるようにその場から姿を消した。
――それからしばらくして。
ようやく村に辿り着いた俺たちは、惨状を前に絶句した。
「……これは、ひどすぎます!」
ミユが顔を背ける。
ジーナが続ける。
「ひどい有り様だね。若い女以外、老若男女、みんな殺されてるよ。それにしても、何で襲った奴らがみんな死んでるんだ?」
村は壊滅していたが、それ以上に異様だったのは、敵であるはずの「紫色の鎧」を纏った男たちの死体の山だ。
そのどれもが一撃で仕留められている。
ジーナが、放心状態で座り込んでいる女性を見つけ、駆け寄った。
「おい、あんた、大丈夫かい!? しっかりしな!」
女性は、虚ろな目で宙を指差した。
ガタガタと震えながら、絞り出すように声を漏らす。
「……しろ、い……白い鎧……。首を、持っていった……」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせる。
背筋に寒いものが走る。
「また‥‥‥あいつなのか?……」
俺は苦々しく呟く。
「どういうことなんだい?赤い鎧に続いて、この連中も倒してくれるなんて。もしかして、欲望同盟の連中を倒してくれているなら、味方なんじゃないのかい?」
ジーナの問いに、誰も答えられなかった。
村の中央には、首を失った紫鎧の隊長の亡骸が転がっている。
その断面から流れた血が石畳の溝を伝い、まだ乾ききらずに黒く光っていた。
遠くでは、燃え残った家屋から細い煙が立ちのぼっている。
風が吹き、灰が静かに舞い上がった。
白い鎧の男が通り過ぎた後に残ったのは、救いではなく、ただ冷たい静寂だけだった。




