打倒の決意
一方――。
悪魔の丘を離れた俺たちは、夜になっても馬を走らせていた。
冷たい夜風が頬を打つ。
背後に広がる丘は、すでに闇に溶けて見えなくなっていた。
草原を抜け、やがて深い森へ入る。
枝葉が風に揺れ、ざわざわと不穏な音を立てていた。
俺たちは速度を緩め、小川のほとりでようやく馬を止める。
「ここで少し休もう」
馬たちも疲労の色を見せている。
長距離を無理に走らせれば、いざという時に動けなくなる。
焚き火を起こすと、小さな火が暗闇を押し返した。
パチ、と乾いた音が響く。
その前で、ミユは膝を抱えて座っていた。
揺れる炎が、その横顔を赤く染めている。
「……欲望同盟が、私を捕まえに……」
小さな声だった。
だが、その中にある恐怖は隠しきれていない。
ジーナが腕を組みながら問いかける。
「欲望同盟?そいつら、相当ヤバい連中なんだね?」
ミユはゆっくりと頷いた。
「前にもお話しした通り、赤、青、黄色……三人は古参PvPプレイヤーです」
「私は、彼らと同時に転生しました。磔から救ってくれたのも彼らです。最初はとっても優しかった。でも……」
「この世界で生きていくうちに、あの人たちは変わっていってしまった……」
焚き火を見つめたまま、続ける。
「あの人たちから直接聞いたんですが、PvPでは有名なガチクラン――
“G•A•L•D【グリード・アンド・ラスト・ドミネーション】(強欲と色欲の支配領域)”の幹部だったそうです」
その名を聞いた瞬間、俺の中で、嫌な記憶が蘇った。
……GALDだって?!
悪魔の丘で見たあの旗、どこかで見たと思ったんだ。
あいつらだったのか!
どんな汚い手を使っても、「勝てば官軍」と言わんばかりの勝利至上主義。
煽り行為、無差別キル、オフレイド、資源湧き潰し、粘着行為、奴らの行った行為はどれも倫理皆無だ。
敵対したかどうかなど関係なく、煽りメッセージの送りつけ、キル画像をSNSで晒すなど、プレイヤーの神経を逆撫でする行為を平気で行い、それで炎上してもむしろ炎上を楽しむ炎上上等のプレイスタイル。
俺も過去に一度だけ、こいつらと同じサーバーでプレイし、粘着され、煽られ、精神をすり減らした嫌な思い出がある。
ソロの俺に対して、十人でよってたかっていたぶり殺した。
キルされれば、リスポーン地点で、何度も何度も待ち受け、俺を殺し続けた。
ログインしないと、執拗に煽りメッセージが来た。
SNSにも煽り画像や動画を投稿し、罵詈雑言を並べ立てた。
その投稿の存在を知り合いに教えられ、見つけた日には、しばらくイライラして、仕事が手につかなかった。
「あのクランは、ゲームでも有名でした。PvEプレイヤーの私も知っているくらいです。ゲームのイン時間もヤバい廃ゲーマーばかりのクランと聞きました。」
ミユの声がわずかに震える。
「あの人たち、本当に常軌を逸してるんです……」
俺も知っている。
忘れるはずがない。
どんな汚い手を使っても勝つ。
それが奴らの信条だった。
気に入らない相手を徹底的に追い詰め、壊す。
そして、それを楽しむ。
「黄色い鎧の男は……クランのリーダーです」
ミユが呟く。
「あいつは、この世界の人間をNPCだと……ゴミだと明言しています」
胸の奥で、何かが軋んだ。
「何をしてもいい、と……」
ミユの拳が震える。
「だから……現地の女の人たちを……たくさん捕まえて……あんなやらしいことを……無理やり……」
言葉が途切れる。
「女の子を……欲望の捌け口としか思ってないんです!」
「私、女の子たちの悲鳴や嗚咽を聞くのが耐えられなかった」
唇を強く噛みしめている。
「私にも……いやらしいことをしようと……」
それ以上、言葉は続かなかった。
沈黙が落ちる。
焚き火の音だけが響く。
俺は拳を握りしめた。
NPCだと?
ゴミだと?
ふざけるな。
ここで出会った人間は、笑い、泣き、恐れ、生きている。
データなんかじゃない。
確かに存在している。
「ミユ」
俺は静かに呼ぶ。
ミユが顔を上げた。
涙が滲んでいる。
だが、その瞳は逃げていない。
「お前はどうしたい?」
問いかける。
これは、俺が決めることじゃない。
ミユ自身の戦いだ。
ミユは、しばらく黙っていた。
焚き火を見つめる。
やがて――。
「みんなを……助けたいです」
小さな声だった。
だが、はっきりしていた。
「私みたいな人を……もう、増やしたくないです」
その瞳には、恐怖だけではない。
意志があった。
ジーナが口元を歪める。
「いいねぇ」
楽しそうに笑う。
「女の敵はまとめてぶっ飛ばす。あたしも喜んで協力させてもらうよ」
ニアもルーンブレードを握りしめる。
「たくさんの女の人を、自分の欲望のために……私、許せません」
瞳には、強い怒りが宿っていた。
俺は、ミユを見た。
ジーナを見た。
ニアを見た。
――そして、立ち上がった。
焚き火の火が、揺れる。
「欲望同盟の本拠地は?」
ミユも立ち上がった。
「罪人の地の南東外れです。堕落の女神を崇拝する一団の拠点――
『悦楽の宮殿』の近くに……」
そして、ミユは続ける。
「本拠地は、『本能の砦』です」
……やはり。
俺は小さく息を吐いた。
「場所も名前も、ゲームと同じか」
偶然とは思えない。
奴らは、この世界を理解している。
理解した上で――利用している。
支配するために。
「決まりだ」
三人を見る。
炎が、俺たちの影を揺らす。
「本能の砦へ行き、奴らを叩き潰す」
俺の声は、自分でも驚くほど静かだった。
誰も反対しなかった。
風が森を抜ける。
夜が、わずかに薄れていく。
やがて。
東の空が、白み始めた。
鳥の囀りが響く。
新しい一日が始まる。
だが、それは平穏ではない。
戦いへ向かう日だ。
そのためには、奴らを知る必要がある。
力だけでは足りない。
情報が必要だ。
「まずはアリカラに行こう」
あの街なら、情報が集まる。
欲望同盟の動きも掴めるはずだ。
俺たちは馬に跨る。
朝露に濡れた草原が光っていた。
冷たい空気が肺を満たす。
「行こう」
馬を進める。
アリカラへ。
そして――。
欲望同盟との戦いへ。
必ず。
この世界から、奴らを消すために。




