表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/22

焚き火と偽りの名前

その後は、特に他の追放者と遭遇することもなかった。

確か、この辺りにもいたはずだが……誰かに先に倒されたのだろうか。


色々と腑に落ちない点はあったが、

どうせ夢だ。深く考えずに進むことにした。


採取をしながら、川の流れに沿って歩く。

やがて夜になり、適当な窪地を見つけて野宿を決めた。


夜の冷え込みは、想像以上だった。


昼間の灼熱が嘘のように、砂漠の空気は一気に温度を失う。

布切れ同然の衣服では、風が皮膚を直接削っていく。


「……このままだと、体力を削られるな。焚き火をしよう」


俺がそう言うと、向かいにいたニアは即座に首を振った。


「火は危険だ。他の追放者に見つかる」


正論だった。

焚き火は、“ここに人がいる”という宣言に等しい。


「大丈夫だ。気づかれない」


そう言って、俺は乾いた枝を集め、石を打ち合わせる。

うまくいくかは分からなかったが、手は迷わなかった。


ぱち、と小さな音。

やがて、弱々しい炎が揺らめく。


赤い光が闇を押し退け、二人分の影を地面に落とした。


ニアは落ち着かない様子で周囲を見回していたが、

やがて小さく息を吐く。


「……本当に、大丈夫なのか?」


「少なくとも、見つかったことはない」


“今まで”は。

そう付け加えるのを、俺は飲み込んだ。


火の温もりが、ようやく指先に戻ってくる。



しばらく、無言の時間が流れた。


炎が枝を噛み、ぱちぱちと音を立てる。

その音だけが、やけに大きく聞こえた。


先に口を開いたのは、ニアだった。


「……名前、まだ聞いていなかったな」


「ああ」


一瞬、言葉に詰まる。


本名を名乗る気には、どうしてもなれなかった。

ここは、俺の知っている世界じゃない。

――いや、そうであってほしかった世界だ。


「……ゼロだ」


咄嗟に、口から出た名前。


「ゼロ?」


「ああ。転生者らしい」


自分でも馬鹿げていると思う設定を、軽く口にする。

案の定、ニアは眉をひそめた。


「意味が分からない」


「この世界のことを、少しだけ知ってるって意味だ」


俺は肩をすくめる。


「君のことを知ってる、って意味じゃない」


その言葉に、ニアはわずかに笑った。


「私はニアという」


焚き火を見つめたまま、ニアは続けた。


「私は、没落貴族の娘だった」


淡々とした声だった。


「縁談を断った。それだけで、反逆の罪を着せられた。

 両親は幽閉されている」


指にはめられた指輪を、親指でなぞる。


「これを付けられた瞬間、全て終わった」


怒りも、悲しみも、どこか遠いもののようだった。


「だから、私は生き残る。

 それだけだ」


その目は、揺れていなかった。


俺は、静かに頷いた。



夜明け前、簡単な粥を作った。


立ち上る匂いに、ニアが目を覚ます。


「……いい匂いだな」


「食えるうちに食っておこう」


二人で黙って口に運ぶ。

温かさが、腹の底に落ちていった。


「この先だが……」


食事を終え、俺は切り出す。


「カヒムに向かう」


「街か?」


「ああ。罪人の地で一番栄えている。

 金があれば、情報も物資も手に入る」


ニアは少し考え、俺を見る。


「なぜ、そんなことを知っている?」


「俺の知っている世界なら、な」


正直に答えた。


「……だが、確信はない」


しばらくの沈黙の後、ニアは短く答えた。


「……分かった。行こう」


川沿いで採取を始めた、その時だった。


藪の奥で、淡く青白い光が、一瞬だけ瞬いた。

こちらへ向かってくる。


「……今の、見たか?」


ニアが低く呟く。


「ああ」


俺は即答した。


「大丈夫だ。

 特殊個体だ。倒し方を知っていれば、危険じゃない」


――そう言ったはずなのに。


発光の間隔が、違う。

最初から、あんな風に点滅はしない。


胸の奥に、理由の分からない違和感が残る。


川の音が、急に遠くなる。


――次の瞬間を、

俺は、まだ知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ