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それぞれの距離

翌朝。




まだ日が完全に昇りきる前、俺は一人、目を覚ました。


この世界では、朝食一つ作るにも手間がかかる。


薪を割り、水を汲み、火を起こし、湯を沸かす。


文明のありがたみを、毎朝のように思い知らされる。




スープの仕込みを終え、白湯を注いだコップを手に外へ出た。


鳥の囀り。


冷たい朝の空気。


森の匂い。




胸の奥が、少しだけ痛んだ。




――家族で行ったキャンプを思い出す。


妻は、娘は、元気だろうか。


俺は、必ず帰れるのだろうか。




この世界から抜け出す方法は、まだ分からない。


だが、まずはゲームをクリアする、それが唯一の指針だ。


それでも戻れなかったら、その時は……その時考えよう。




そんなことを考えながら、丸太に腰掛け、白湯を啜っていると――




「おはよう、ゼロ。昨日は……すまなかったね」




不意に、横から声がした。




振り向くと、ジーナが少し気まずそうな顔で立っていた。


やがて、俺の隣に腰を下ろす。




「柄にもなく取り乱しちゃったよ。恥ずかしいねぇ」




「信頼できる相手にしか、想いって吐き出せないもんだよ。ジーナに信頼してもらってるってことが、俺は嬉しいよ」




そう言うと、彼女は耳まで真っ赤になった。




「……そ、そういう意味じゃ……っ」




「俺は光栄だよ。ジーナに信頼されてるってことだから」




「お、おぅ……」




消え入りそうな声で答え、彼女はもじもじと視線を逸らした。




そこへ、




「ゼロさん、ジーナさん、おはようございます!」




明るい声が響く。




ミユだった。




その後ろでは、ニアが髪を三つ編みに結びながら、眠たそうに目を擦っている。




朝食は、堅パンとスープ、そしてハーブティー。


簡素だが、今の俺たちには十分だった。




食後、自然と今後の行動を話し合う流れになる。




「俺としては、このまま悪魔の丘でレベル上げを続けたい。少なくとも、ニアがレベル60を超えるまでは、この家を拠点にしてレベル上げをしたい」




そう主張すると、




「それも悪くないけどさ」




ジーナが、珍しく目を輝かせて口を挟んだ。




「サークルピラーで転移して、食人族の村近くにある古代遺跡の、前に発光棒のレシピを取った場所の、もっと奥を調べてみたいんだ」




ミユも頷く。




「私もジーナさんに賛成です。あの遺跡の最深部には、伝説武器ルーンブレードがあります。あの片手剣はニアさんにぴったりだと思います」




確かに、そろそろニアにも相応の装備が必要だ。




話し合いの結果、ジーナ案が採用され、古代遺跡攻略を目指すことになった。




ただし、そのためには準備が必要だ。




長い丈夫なロープ、発光棒、呼吸薬、解毒薬、爆発球――。




一瞬、近くの山賊や盗賊の根城を襲う案が頭をよぎったが、すぐに思い直す。




――NPCは、死んだら生き返らない。




それは、リアルな殺人だ。




俺は喉まで出かかった言葉を飲み込み、別案を提示した。




「悪魔の丘の隣に、ヒヨマ湖がある。


 ゲームでは、湖畔に村があって交易ができたはずだ。魔女も住んでる。魔法系の物資も揃う」




不要なレアアイテムを売れば、資金は足りる。


馬なら一日で往復できる距離だ。




全員が納得し、売る品を選別する。




宝石類、キロ城塞ダンジョンで手に入れた伝説武器のハンマー。




発光棒も、悪魔の丘にもヒカリゴケは生えているので作成して商売が可能だ。




こうして俺たちは、二日後、ヒヨマの村へ向かった。




蒼い湖のほとりに広がる、大きな村。




堀と柵、見張り台――まさに環濠集落だ。




「歴史で習ったな……」




思わず呟くと、




「弥生時代ですよね?」




ミユが微笑む。




そのやり取りを見て、




ニアの表情が一瞬だけ曇ったことに、俺は気づかなかった。




村の市場は活気に満ちていた。



一番人気は発光棒――やはり生活に直結した便利グッズは人気が高い。




なんと、カヒムより高値で売れた。




伝説武器のハンマーは売れ残ったが、仕方ない。




場末の村じゃ、そんな高級品に需要はない。




ニアは市場の隅で子供たちと戯れ、笑顔を浮かべている。




ジーナは酒場に直行し、酒を片手に情報を集め始めた。




ミユは湖畔の魔女の家で、何やら熱心に話を交わしている。




俺は一人、湖のほとりに立ち、吸い込まれそうな蒼い水面を眺めていた。




風が水を揺らし、さざ波が優しく寄せてくる。現実世界の海を思い出す。




家族とビーチで過ごした夏の日々……。




感傷に浸っていると、突然、警鐘の音が響く。




――カァァァン! カァァァン!


けたたましい鐘の音が村に響き続ける。


「山賊だ! 山賊の襲撃だぞッ!」


見張り台からの叫び声と共に、空を火矢が埋め尽くした。


平和だった村が、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変わる。


俺たちは素早く集まる。


ミユが震えていた。


モンスター相手なら迷いなく戦える彼女も、「人」を殺すことはダメだった。




「みんな、迎撃だ! ミユは馬の番を、ニアはミユの護衛! ジーナは自由に動いて奴らを蹴散らして。俺は村人を守りながら援護する!」


俺は即座に指示を飛ばした。



「ミユは戦わなくていい! 自分の身を守ることだけ考えろ!」


俺は黒い刀身の刀を抜き放ち、村に雪崩れ込んできた山賊たちを迎え撃った。


相手は人だ。


だが、村人を無差別に斬り捨てるこいつらは、もはや魔物と変わらない。



「死にたい奴から前に出な!」




ジーナの短剣が舞い、山賊たちが次々と地に伏していく。


だが、多勢に無勢。


さらに悪いことに、物陰から三人の弓兵がジーナを狙っていた。


「ジーナ、上だッ!」


俺は叫び、弓兵を倒しに向かう。


だが、間に合わない。


三本の矢がジーナに向かって放たれる。


「ジーナ、避けろ!」


無情にも放たれた二本の矢が、ジーナの腕と脇腹を貫いた。



俺は弓兵のところに辿り着くと、すぐさま三人を袈裟懸けにし、ジーナの元へ走る。


矢を受けてもなお、ジーナは山賊と戦っていたが、すぐにふらふらして様子がおかしくなる。


「ぐっ……!? この矢、まさか……」


ジーナの動きが止まる。


彼女の目は急速に焦点を失い、その場に膝をついた。


「ははは! 痺れ薬と腐敗毒の特製だ! 野郎ども、一気に押し包んで殺せ!」


山賊のかしらが威勢よく叫ぶと、四人の屈強な山賊が塊となって我先にジーナに襲いかかる。


間近に迫っていた俺は、無言で山賊たちを背後から袈裟懸けにする。


何が起こったかわからないまま、二人の山賊が倒れる。


残りの二人は俺の存在に気づくと、刃の矛先を俺に向ける。


「ジーナ! しっかりしろ!」


俺はそう呼びかけながら、山賊を次々と斬り倒していく。


近くに手下がいなくなり、山賊の頭は怖気付いたのか、慌てて一人で逃げ出す。


本当なら追撃したいところだが、それどころではない。


膝をついたジーナのところに駆け寄る。


「ジーナ、大丈夫か?」


「……ぁ……ゼ、ロ……? 目が……見え……」


ジーナが白目を剥いて倒れ込む。


毒の回りが異常に早いようだ。



「ニア!ミユ!来てくれ!大変だ!」


俺の叫び声で危機を察知し、駆けつけたニアとミユが悲鳴を上げる。


「ニア、解毒薬と回復薬を! ミユ、魔法で止血と回復を頼む!」


ミユが必死に詠唱を始める。


ニアが震える手で腰の小袋からピンクと緑の小瓶を取り出して飲ませる。


だが、ジーナは意識を失い、歯を食いしばっていて、薬を飲み込もうとしない。


「ゼロ、どうしよう!ジーナが飲んでくれない! どうすれば?」


これは、一刻を争う。口移ししかない!


ニアに頼むか? いや、説明してる暇はない。


俺は薬をニアから奪い取ると、口に含み、ジーナの唇に重ねて流し込んだ。


つづけて回復薬も、同じように口移しで流し込む。


その時、背後でニアの顔が一瞬、怒りに歪むのを、ミユは目撃していた。




……数分後。



ミユの魔法と薬の相乗効果で、ジーナの呼吸がようやく安定した。


「……おいおい、アタシゃあ……天国に行ったはずじゃなかったのかい?」


薄ら目を開けたジーナが、弱々しく笑う。


「ジーナさん、よかったです!」


魔法をかけ続けていたミユが、泣きながら彼女に抱きついた。


村は手ひどい被害を受けたが、俺たちの活躍で壊滅は免れた。


村人たちは感謝の意を込め、食料の山や必要な品々を押しつけてきた。


魔女からも、呼吸薬や解毒薬、魔法で使う貴重な品々を貰った。


ロープや爆発球も揃い、遺跡潜入の準備は万端だ。


村人達に別れを告げ、四人で馬に乗り、帰路につく。




疲れていた俺は、この時の三人の様子がいつもと違うことに気づいていなかった。




ニアもジーナもミユも、誰一人、口を開かず、沈黙が場を支配している。




みんな疲れているんだな、俺はそれくらいにしか思っていなかった。




だが、そこでは三者三様の複雑な思いが交錯していた。




ニアは、何故こんなにイライラするのか、その原因が分からずに戸惑っていた。




ゼロがやったことは、間違いなく正しい。




でも、何故かあの瞬間、どうしても我慢ができなかった。




ジーナは脇腹の矢傷よりも、唇に残る感触に戸惑っていた。




俺が口移して薬を飲ませて助けたことをミユが伝えていたのだ。




ただの命を救うための行為、これまでだったら気にならなかったはずなのに。




ミユは、ニアのあの一瞬の怒りに歪んだ顔が忘れられなかった。




温和なニアさんが、なぜあんな顔を?まさか‥‥‥。




夕陽が湖を赤く染め、疲労が体を重くする中、ミユは意を決してニアに声をかけた。




「どうしましたか、ニアさん? さっきから元気がないみたいですけど……」




ニアは少し間を置いて、首を振った。




「なんでもないです……」 




「もしかして、ニアさん、ゼロさんのこと……?」




「本当になんでもないんです!」 




そう言いながらニアはミユから離れるように馬を加速させる。




俺はこの時、そんな微妙な空気に全く気づかずに、馬を走らせていた。




家路の先には、温かな光が待っている。




だが、まさかあんなことが起こるなんて、この時の疲れた頭では想像すらできない俺だった。

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