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越えられぬ壁

山賊の拠点跡で高級回復薬をはじめ、かなりの数の物資やアイテムを見つけた俺たちは、それらを馬に満載して、出発する。


もちろん一人生き残っていた少年分の物資を残していくことを忘れない。


俺たちは悪魔の丘の東端にある、みらすミラストの森に向かう。


あの辺りはダンジョンも貴重資源もNPCの村もボスモンスターも何もないので、わざわざ立ち寄るプレイヤーは稀なはずだ。


そこに拠点を建て、しばらく悪魔の丘でのレベルアップを行うつもりだ。


ミラストの森に着き、拠点設営の適地を探す。


「みんな、見て。家があるわ」


ニアが見つけた古い、朽ちかけた掘立て小屋。


もう何年も使われてない事が一目で分かる程、荒れ果てている。


プレイヤーが住んでいたのだろうか?


「みなさん、ここにしませんか?私がリフォームして、快適な家を作ってみせます」


そう言ったミユの目は輝き、生き生きとしている。


PvEプレイヤーの血が騒ぐのか。真底クラフトが好きなんだな。


「みんな、私の指示通り、建材を集めて来てもらえますか?」


俺たちは、木を切り、石を拾い、土を掘り、苔や落ち葉を集めた。


ミユは鼻歌を歌いながら、楽しそうに家づくりを行う。


三日後、悪魔の丘の片隅に、不釣り合いなほど温かな光を漏らす家ができた。


PvEプレイヤーであるミユが、持ち前の建築知識とスキルと情熱を注いで作り上げたこの隠れ家は、外の禍々しい気配を忘れさせるほどに穏やかだった。


その日の夕食は、俺が担当した。 


ジュウジュウと小気味よい音を立てているのは、昼間にジーナが仕留めてきた山鳥の肉と、カヒムから持ってきたジャガイモのソテーだ。


「ふむ、いい香りだねぇ。食欲をそそるじゃないか」


ジーナが鼻を鳴らし、ニアが期待に目を輝かせる。


俺は現実世界で培った「自炊」のスキルをフル活用した。


山賊の拠点で手に入れていたガーリックとブラックペッパーを多めに効かせ、野生の肉特有の臭みを消し、旨味を引き出す。


付け合わせは、同じくカヒムの保存食である堅パン。


これをお湯にハーブを浮かべた即席の茶に浸して柔らかくして食べる。


「……おいしい! こんなに味に深みがある料理、食べたことない!」


ニアが頬を緩ませ、夢中でフォークを動かす。


「全くだ。あんた、戦えるし、家事もできる。私の旦那さんにしてあげてもいいよ、本当に」


ジーナも冗談を口にしながら豪快に肉を頬張り、満足げに笑った。


「なんだか……懐かしいですね。この味の濃さと、ガーリックの感じ……日本の『ファミレス』を思い出します」


ミユが遠い目をしながら、小さく微笑んだ。


食後の穏やかな時間。


話題は自然と、これからの目標――レベルの話になった。


「ミユ、キュマイラスとの戦闘で『プロミネンス・バースト』を使ったってことは、レベル85になったんだな。魔法も最終高位魔法習得に入ったんだね。」


「はい。おかげさまで。測定器は80までしか測定できないので、今は呪文の習得でレベルが分かる感じです」


俺はミユの成長を喜び、何気なく続けた。


「この調子なら、レベル90になれば『全回復魔法フルリカバー』が覚えられるはずだ。ミユがそれを使えるようになれば、俺たちの生存率は一気に上がる」


その瞬間。


「……は?」


ジーナの声が、冷たく響いた。 


彼女の手から木製のコップが落ち、床を転がる。


「あんた、今なんて言った? 90……? バカなことを言うんじゃないよ。この世界の人間は、レベル80が限界、それが昇魂なんだ。それ以上は、どれだけ修練を積んでも、神に祈っても届かない……レベル80の昇魂者こそ絶対にして真実なんだよ」


部屋の空気が一変した。


俺は、自分が触れてはいけないタブーに触れたことを悟った。


だが、ミユはすでに85だ。


隠し通せることではない。


俺は残酷な真実を口にするしかなかった。


「……ジーナ。俺たち『転生者』は、この世界でレベル100までは上がるんだと思う。ゲームでは上限は100だし、俺は、すでにもうレベル100に到達している」


「………………」


ジーナの顔から血の気が引いていく。


「嘘だ……。嘘だろ、ゼロ? アタシが、血を吐く思いをして、何十年もかけて積み上げてきたレベル40が……。石像レベル上げで死ぬ気で無理して頑張って、やっとこさ昇魂したってのに、あんたらにとっては、昇魂者なんて通過点に過ぎないってのかい?」


「ジーナ、それは――」


「ふざけるなッ!!」


ジーナが叫び、立ち上がると自分の座っていた椅子を蹴り飛ばした。


その瞳には、今まで見たこともないような絶望と怒りが、そして悔し涙が溢れていた。


「バカにするなよ……。アタシが苦労して、這いつくばって求めてきた『最強』を、あんたらは涼しい顔で追い抜いていくんだ……。不公平なんて言葉じゃ足りない……っ!」


彼女はそのまま、扉を乱暴に開けて夜の闇へと走り去った。


「ジーナさん……」


ニアが悲しげに俯く。


「ジーナさんの気持ち、分かります……。私たちにとって、レベル80、昇魂者は伝説の英雄の領域なんです。それを……」


ミユがそっと俺の袖を引く。


「ゼロさん、今はそっとしておいた方がいいかもしれません。彼女のプライドは、今、ボロボロなんです」


「……いや、行ってくる。夜の悪魔の丘は危険だ」


俺は刀を掴み、外へ飛び出した。


銀色の月光が、歪な形の林を照らし出している。


少し開けた場所。


切り株に顔を埋めて、肩を震わせているジーナの背中を見つけた。


「……見るな」


近づこうとした俺に、ジーナの掠れた声が飛ぶ。


「見るなと言ってるだろ!……惨めだよ。あんたらに見下されてたと思うと、死にたくなる」


「見下してなんていない」


俺は彼女の隣に立ち、その細い、けれど鍛え抜かれた腕を力強く掴んだ。


「離しな……っ!」


「ジーナ、聞いてくれ。レベルなんてただの数字だ。俺は一度もあんたを下に見たことなんてない」


俺は彼女の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめた。


「あんたは誰よりも強い。レベル100の俺や知識のあるミユだって、あんたの積み上げてきた実戦経験や直感には敵わないんだ。俺たちは、平和な国でぬくぬくと育った素人だ。あんたがいなきゃ、俺たちはとっくに死んでる。これからも頼らせてくれ……数字じゃ測れない、あんたの強さを」


ジーナの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


「……バカ野郎……、卑怯だよ、あんた……」


彼女は俺の胸に顔を埋め、子供のように大泣きした。


風に揺れる金髪が、月光に透けて輝いている。


俺は何も言わず、ただ彼女の震えが収まるまでその肩を抱き寄せた。


しばらくして、落ち着きを取り戻したジーナを促し、家路につこうとした時だった。


「……あぁ、全く。涙を拭く間も与えてくれないのかい」


ジーナが鼻をすすりながら、短剣を抜かずに身構えた。


林の奥から、人の声に誘われた三体のワイトが、青白い光を放ちながら這い出してきた。


「ジーナ、下がってろ。俺が――」


「いや、いい。これはアタシの『八つ当たり』だ。手を出すんじゃないよ」


ジーナが前に出る。


彼女は得物を構えず、素手のまま地を蹴った。


流麗な身のこなし。


ワイトの冷気を帯びた爪を紙一重でかわし、重厚な回し蹴りが死霊の頭部を砕く。


着地と同時に掌底を叩き込み、続けざまに三連撃のパンチ。


「はああぁぁぁッ!!」


最後の飛び蹴りが、ワイトの核を粉砕した。


武器を使わず、純粋な格闘技のみで死霊を圧倒するその姿。


……格闘技まで修めているのか。本当に、ジーナは強い……


俺は改めて、彼女という人間の底知れなさに感銘を受けた。


「……ふぅ。少しはスッキリしたよ。帰ろう、ゼロ。お茶、淹れ直してもらうからね」


少し照れくさそうに歩き出す彼女の後ろに、温かな光を漏らす家が見えていた。

        

一方、その頃。


罪人の地の外れにある、豪華で淫猥な装飾が施された黄色い部屋


その玉座には、黄色い鎧の男が傲慢に座っていた。


その周囲には、卑猥な服を着て、生気を失った女たちが侍り、屈辱的な奉仕を行なっている。


「……おい、あお。ミユは見つかったか?」


黄色い男は、突然身震いして快楽の声をあげると、口の端から涎を垂らしながら問いかけた。


控えていた青い鎧の男が、感情を殺した声で答える。


「まだだ。現在、五つの捜索隊を派遣しているが、足取りが掴めん」


「チッ、使えねぇな。あのアマ……俺の手から逃げ切れると思ってるのかよ」


黄色い男は尚も女たちに屈辱的な奉仕を命じる。


「お前も行け、青。何としてもミユの女狐を連れ戻せ。あの生意気なツラを絶望で染めあげてやるんだ」


「……分かった」


青い男は深く頭を下げ、部屋を後にした。


廊下に出た瞬間、彼は深い溜息を吐く。


……あいつは、この世界に来て本当に変わってしまった。


ゲーム時代、黄色い鎧の男は確かに癖があったが、リーダーとして頼りになる男だった。


だが、この世界で圧倒的な力を得た瞬間、彼は「欲望」という名の怪物に成り果てた。


ミユ……。お前が逃げ出したのも無理はない。


青い男は無言のまま、配下の兵を引き連れて夜の荒野へと馬を走らせた。


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