悪魔の丘へ
夜明けの荒野を、四頭の馬が静かに駆ける。
背後に広がるカヒムの街は、すでに霞の向こうだ。
振り返っても、あの喧騒はもう見えない。
代わりに、胸の奥に重くのしかかる感覚がある。
空気が――違う。
街道を外れ、周囲の緑が徐々に失われていく。
柔らかかった土は乾き、赤茶けた岩肌が露出し始めた。
馬の蹄が蹴立てる砂埃が、等間隔に後方へ流れていく。
「……この辺りから、魔力の濃度が変わってきます」
先頭を行くミユが、周囲を警戒しながら言った。
「同時に、危険地帯です。地面の亀裂から毒素が噴き出す場所があります。長居は禁物です」
彼女の視線は――
微かに見える赤黒い山脈へと向けられていた。
「あそこが……悪魔の丘なの?」
ニアが、ごくりと喉を鳴らす。
周りの山々と明らかに色が違う。
遠目にも分かる異様さだった。
「どうやら、名前通りの場所みたいだねぇ」
ジーナが肩をすくめる。
「スケルトン、ワイト、ガーゴイル、死霊とアンデッドの巣窟だ。しかもNPCもかなり強い。レベル40未満のソロなら、まず生きて帰れない」
その言葉に、ニアの背筋がぴんと伸びた。
「……ゼロ、私……、足手まといになる……」
「なるわけないだろ」
俺は即座に返す。
「あそこに行く理由は、ニアとミユのレベルアップも兼ねている。大丈夫だ、俺が――ニアをきちんとフォローする。絶対にレベル50まで到達させてみせるよ。約束する」
ニアは一瞬驚いた顔をし、それから小さく、だが力強く頷いた。
そのとき――
「みなさん、来ます!」
ミユの声と同時に、頭上から灰色の影が急降下した。
巨大なハゲワシの頭に大きな羽、胴体はハイエナのような四本足の醜悪な魔物。
スカベンジャーだ!
数は四体。
「まずいぞ、麻痺攻撃に気をつけろ!」
俺はそう叫びながら騎乗のまま刀を抜刀した。
ニアは馬から飛び降り、即座に剣を抜く。
以前よりも、明らかに動きが速い。
俺は馬を走らせたまま、すれ違いざまに、向かってきたスカベンジャーに刀を斬り下ろす。
首が宙を舞う。
「ジーナさん、後ろ!」
「任せな、ミユ!」
ジーナは馬の上で立ち上がると、ミユの後ろに急接近するスカベンジャーに対して、空中を駆けるように華麗に接近する。
ジーナの二本の短剣が空中で唸りを上げ、ミユの背後に迫っていた影を引き裂く。
「右、岩壁が崩れます! みんな、距離を取って!」
ミユが叫ぶ。
指示通りに動いた直後、岩塊が地面に激突する。
一体のスカベンジャーが俺たちを狙い、岩を蹴り壊したのだった。
ミユが何かの魔法の詠唱を始める。
ミユの周りに光が集まり、眩しく弾ける。
コンフュージングの魔法か。
二体のスカベンジャーは混乱し、地面に勢よく落ちる。
それを馬から降りた俺とニアで一気に片付けた。
戦闘が終わり、再び静寂が戻る。
「……ここはあのモンスターの行動範囲内なので、空に注意して見ていました。発見できてよかったです。」
馬から降りたミユが、少し照れたように微笑む。
「助かったよ、ミユ!あの魔法もすごいね!」
ジーナが感心したように笑顔でミユに抱きつく。
俺たちは馬に乗り、再び悪魔の丘に向けて歩みを進める。
夜の帳が下りる中、遠くで吠える獣の声が風に乗って響く。
俺たちは、赤黒い山の麓近くまで来ていた。
今夜はここで野営することにした。
手早く寝具を敷き、焚き火の用意をする。
目を向けたその先には、悪魔の丘へと続く道が続いている。
そこは、毒の噴き出る山肌、落石が多数ある細い山道、モンスターが跋扈する危険地帯のはずだ――ゲームでは。
山の方から聞こえる止むことのない獣の遠吠えが、俺たち四人を歓迎しているかのようだった。
――明日は、悪魔の丘に進出だな。




