追われる者たち
朝日を浴びて赤く染まる街道を、俺たちは四頭の馬を並べて進む。
目指すは北方に位置する危険な高レベル地帯――「悪魔の丘」。
「……本当に出てきちゃったんですね、カヒムから」
馬上でぽつりと呟いたミユの声には、不安と、それを上回る決意が滲んでいた。
賑やかなバザールの喧騒。
昨日まで拠点にしていたジーナの家。
それらが遠ざかるにつれ、この世界が「日常」ではなく、一歩間違えれば死が待つ「戦場」であることを、否応なく実感させられる。
俺は隣を進む彼女の横顔を見る。
二十歳の、どこにでもいる女子大生だったはずの少女。
そんな彼女が、この狂った世界では赤い鎧の男たちに狙われている。
「ああ。カヒムに居続けても、あの白い鎧の化け物や、赤い鎧の仲間を呼び寄せるだけだからな」
俺は周りの景色に目をやり、異変がないか確認し、腰に下げた漆黒の刀の感触を確かめる。
ゲームなら、死んでもセーブポイントからやり直せた。
だが、この世界で受けた一撃は、肉を裂き、骨を砕く激痛を伴う。
しかも、プレイヤーから受けた傷は回復薬では癒せない。
あの一撃の感触を思い出すたび、胃の奥が冷たくなる。
「ゼロ、あんまり暗い顔すんじゃないよ。あんたがそんなんじゃ、二人が不安になるだろ?」
ジーナが馬を寄せ、俺の肩を軽く突き飛ばす。
露出の多い青い薄手の衣装に、あけすけな笑み。
だが、その瞳の奥には、かつて修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つ、鋭利な光が宿っている。
「わかっている。……ただ、これからの道は今まで以上に険しくなるはずだ。そうだろ?」
「そりゃそうだけどさ。わたしたち四人なら上手くやれるさ」
ムードメーカーでもあるジーナの楽観主義は、ありがたいし、頼もしい限りではあるが……。
「……私、もっと強くならなきゃ。」
一本の三つ編みを揺らし、ニアが凛とした表情で頷いた。
サバンナ地帯に入り、俺たちは小休止を取ることにした。
乾いた風が吹き抜ける中、俺は手際よく焚き火を起こし、干し肉と現地の野菜を煮込んだスープを作る。
「わぁ……いい匂い。ゼロさんって、お料理できるんですね」
鍋を覗き込むミユの顔は、満面の笑みを浮かべている。
立ち上る湯気の向こうに、ふと、元の世界の食卓が重なった。
――家族は、どうしているだろうか。
妻の穏やかな笑顔。
娘の屈託のない声。
あの日、この世界に誘われてから、どれほどの時間が経ったのか。
これが現実なのか、夢なのかもいまだに分からずいる俺だ。
ただ一つ、これだけは言える。
早く帰らなければならない。
そのためには、何としても生き延び、この世界のどこかにあるかもしれない「理」を解き明かす必要がある。
俺は四つの器にスープを盛りながら考える。
ダンジョンで出会った、白い鎧の男……。
あいつの夢を見てこっちの世界に来たようなもんだ……。
とすると……、あいつがカギかもしれない。
「……みんな、白い鎧の男について、知っていることはないか? どんな些細なことでもいい。知ってたら教えて欲しいんだ」
スープを三人に手渡しながら俺は言う。
「……分からないです。ただ、赤い鎧の人を一撃で倒すなんて、そんなPvPプレイヤーは、ほとんどいないはずです。それくらい赤い鎧の人も強かったんです。なので、もしプレイヤーだとしたら、ゲームでも有名プレイヤーだったんじゃないかなって」
「……わたしもこの辺にしばらく住んでるけど、見たことも聞いたこともなかったよ。あいつ、わたしが今まで見た奴の中で一番強いよ。それだけは断言する」
「私たち四人がかりだと……あいつに勝てるかな?」
ニアは、絶望の笑いを浮かべながら呟く。
ニアの膝が小刻みに揺れている。
俺は久々に、そして静かに、ステータス画面を呼び出す。
名前:ゼロ
状態:正常
レベル:100
スキル:対人特化
視界に浮かぶステータス画面と数字。
俺は頭の中でボタンを押し、画面を次々と切り替えてみる。
ここまで、じっくりステータス画面と向き合うことはなかった。
初期画面だけ確認して、確かめもせず放置していた。
なぜなら、これまでのあまりに現実がゲームとかけ離れすぎていたからだ。
武器の装備も回復薬の使用も、ステータス画面より実際の行動が全てだった。
俺は、この時、初めてステータス画面の異常に気づく。
マップ画面がない……。
何故だ? やはりゲームとは違うということか。
だが、俺だけが見えるこの半透明の画面こそが、俺だけに許された唯一の“攻略の鍵”のはずだ。
「まずは悪魔の丘でレベルを上げる。ニアを50まで引き上げる。ミユもカンストをめざそう。ジーナと俺は二人のレベル上げのフォロー、これでいいか?」
俺は三人の顔を順に見据えた。
「俺の最終目的は、この世界を攻略することだ。だが、そのためには……みんなでカンストし、武器や装備を集め、レシピを覚え、攻略に必要なアイテムを手に入れないといけない」
焚き火の爆ぜる音が、静寂の中に響く。
この先に待つのは、欲望に塗れた転生者たちとの殺し合いか、
あるいは、さらに深い深淵か。
俺は夜空に輝く星空を見ながら想いを馳せる。
次の日の朝、俺たちは軽く軽食を食べ、準備を急ぐ。
「行こう。まずは悪魔の丘だ」
俺たちは再び馬に跨り、朝靄に染まる荒野へと足を踏み出した。
遠く背後の砂煙が、
微かに、だが確実に近づいていることにも気づかぬまま――。




