広い世界へ
一瞬の出来事だった。
俺たちは呆然と立ち尽くしていた。
目の前には赤い鎧の男の死体が、地面に横たわっている。
深紅の鎧は腰の部分で真っ二つに割れ、断面が鏡のように滑らかだ。
落ちた首は白鎧の男が持ち去った後で、胴体だけが二つに分かれて不自然に転がっている。
武装サイは主を失い、弱々しく地面に伏せていた。
主人を失い、完全に戦闘意欲をなくしている。
「一体、どういうことなんだ……?」
理解不能の強さを目の当たりにして、ジーナがポツリと呟く。
「ゼロ、何が起きたの?」
ニアは不安な気持ちを抑えられないのか、何も知るはずもない俺に問う。
「そんな……。そんなことって……。この人、ものすごく強い人なんです。本当です!それが、こんな、一瞬で……。」
赤い鎧の男の実力を知るミユが一番狼狽していた。
背筋が凍るような感覚と、脇腹のまるで蘇ったような鋭い痛みが、あの白い鎧の男が危険であること本能が告げている。
もし、また戻ってきたら……。
「……行こう」
俺は転移装置に駆け出すと、三人にも急かす。
ニアもジーナも後に続いて駆け出す。
ん?
一人呆然と立ち尽くすミユの姿があった。
俺は踵を返して、ミユの腕を強く掴み、勢いよく引っ張って走る。
その時、ミユの持っていた大斧が引っ張ったタイミングで揺れ、大斧の柄がミユの腰のお守りに触れる。
小さな音を立ててお守りが落ちたことに、俺たちは誰も気づかなかった。
俺たちは大急ぎで赤い鎧の男の死体を横目に、ダンジョンを後にした。
ダンジョン全攻略は諦めよう。
とにかくダンジョンを出よう、ここは逃げ場がない。
城塞の近くに隠して繋いでいる馬に跨り、急いで城塞跡を後にした。
その時、俺達の馬が遠ざかっていく反対側から、恐ろしい速さで城塞跡をめざす二つの土煙があった。
青色と黄色。
馬鎧も人の鎧と同じ色に統一されている。
その二人が城塞跡に到着したのは、俺たちが立ち去ってから、そう時間は経っていなかった。
「……チッ。無様だな、赤の野郎」
赤い鎧の男の変わり果てた姿を見た黄色い鎧の男の苛立ちの混じった声が響く。
髪の毛は金髪、全身金色に近い黄色い鎧を纏い、片手には伝説武器であろう槍を握っている。
もう一人は青い鎧を纏い、青黒く光っているメイスを片手で持ち、もう片方には人を小馬鹿にしたようなおかしな顔をした男の顔が大きく描かれた重そうな盾を持っている。
その目は冷たく、冷静な眼差しを隠さない。
二人の傍らには、赤い鎧の男のサイが、主を失った戸惑いを見せながら未だに佇んでいた。
「伝説武器を集めに来てみれば……まさかこの有り様とはな。赤は本当に使えねえなぁ。」
黄色が、地面に転がる赤鎧の死体を無造作に蹴り飛ばした。
首のない上半身が力なく転がると同時に、黄色鎧が見覚えのあるピンクの守護石のお守りが目に入る。
「このお守りは!?……まさか、ミユか!……だが、ミユではこいつに逆立ちしても敵わない。さては、ミユの女狐め、色仕掛けで凄腕のプレイヤーでも仲間に取り込んだか? 舐めやがって。捕まえたら、たっぷり自分の立場ってもんを分からせてやるよ」
黄色は一瞬下卑た笑みを浮かべると、赤い鎧の男の死体を睨みつけ感情を爆発させる。
「お前は、本当に使えねえな!女一人捕まえられずにおっ死ぬなんてよ!脳筋の対人厨が!俺たち同盟の恥晒しめ!」
一方、青鎧は屈み込み、赤鎧の切断面をじっと観察していた。
!?……あり得ん。鎧ごと紙切れのように切断されている。俺より弱いとはいえ、赤の奴も相当できる。並のプレイヤーやNPC相手に負けるはずはない。ましてや、赤相手にこれほどの芸当ができるプレイヤーなんて、ゲームでもそうザラにはいなかったはずだ。
青鎧の背筋に、冷たいものが走る。
まさか……、今噂になっている黒の騎士団の仕業か?それともあの伝説の白刃か? ……だとしたら、俺達は勝てるのか……? いや、いっそそいつらに取り入るべきか……。
青い鎧の男の打算的な思考が巡る。
「おい、青、帰るぞ。ダンジョンに潜るのはやめだ。ここにいても不快なだけだ。」
黄色い鎧の男は、弱々しく佇むサイの眉間に怒りに任せた一撃を加ながら言い放つ。
黄色い鎧の男の呼びかけに、青い鎧の男は無機質に答える。
「ああ、分かった。しかし、……赤も運がなかったな。ま、人生は運が全てさ」
青鎧は手際よく、赤鎧が持っていた高価な大剣や壊れていない鎧、アイテム類だけを剥ぎ取り、自分の馬へと積み込んだ。
かつての仲間への手向けは、その冷徹な回収作業だけだった。
斃れたサイの目からは、一筋の涙が溢れていた。
俺達がカヒムの街に着いたのは、日が傾きかけた頃だった。
今帰れば白い鎧の男がカヒムの街にいるかもしれないというジーナの心配から、カヒム近くのヒカリゴケの湖で様子を伺っていたのだ。
いつもの喧騒のバザールを通り抜け、ジーナの家へと向かう。
リビングのソファに腰を下ろすと、誰もが疲れ切った顔をしていた。
沈黙がリビングを支配する。
ジーナの家のメイドさんがいい匂いのハーブ茶を淹れてくれる。
ミユは眼鏡を外し、静かにテーブルを見つめていた。
「ゼロ、これからどうすんだい?」
ジーナが短剣を磨きながら切り出した。
俺は皆を見渡した。
「まずはキロ城塞跡から距離をとるため、カヒムの街から出る。そして、ミユを探している奴らや、白い鎧の男の情報を集める。ニアとミユのカンストをめざしながら、レシピなども集めたいと思う」
ミユが突然立ち上がり、語気を強くして叫ぶように言う。
「……私、もうこれ以上、みなさんに迷惑はかけられません!私、一人で行きます!」
一瞬、部屋が静まり返る。
「待て、ミユ」
俺は立ち上がり、優しく微笑んだ。
「一緒にいこう。ミユはもう、俺たちの仲間だ」
ニアも立ち上がり、ミユの手を取る。
「私も、ミユと一緒がいいわ。あなたがいないと、寂しいもの」
ミユの目が大きく見開かれ、涙が溢れた。
「……本当に? 私なんか、迷惑なのに……」
嬉しそうな笑顔がこぼれる。眼鏡の奥で、瞳が輝いていた。
「迷惑なんかじゃないさ」
ジーナが笑ってミユの肩を叩いた。
「私も付いてくよ。女の敵は許しちゃおけないからね。それにもう、家族みたいなもんだし。ゼロとニアだけじゃ危ない。このジーナ姐さんが必要だろ?」
ミユは涙を拭い、何度も頷いた。
「……ありがとう、ございます。私、本当は、みんなと、一緒に、いたいです!」
こうして、俺たちは決めた。
広い世界に向けて旅立つことを。
翌朝、俺達はカヒムの街の門をくぐり、オアシス地帯を抜け、サバンナ地帯へと歩みを進める。
キロ城塞跡からできるだけ離れ、自活できる場所を見つける。
ニアとミユのレベル上げもしたい。
ミユが落ち着いたら、あいつらのことも聞きたい。
レシピやアイテムもゲットしなければ。
やることは沢山ある。
まずは、悪魔の丘に向かうか。
左側面には赤い障壁が遠方に、前方には未知の大地が広がっていた。
この先は、あの白い鎧の男のように、俺たちを超える強者がいる世界。
それでも、仲間と共に歩むしかない。
――夢だと思っていた世界は、徐々に現実味を帯び始めていた。
(第一章 磔の夢 完)




