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白刃の騎士

――赤い扉の向こう。




俺たちは息を切らしながら、赤暗いダンジョンフロアを駆け抜けていた。




背後からは、もう武装サイの足音は聞こえない。




だが、安心できるはずもなかった。




あの男が、簡単に諦めるとは思えない。




「ゼロ、背中の傷、早く手当てしなきゃ!」




ニアの声が背中から聞こえる。




「大丈夫だ。とりあえず、安心できるところまで逃げるのが先だ。」




俺は痛みを堪えて平静を装う。




とにかく最深部に辿り着いてからだ。




「ゼロ、すまない。わたしが‥‥‥」




ジーナの消え入りそうな声が聞こえた。




「ジーナ、気にするな。俺の読みが甘かっただけだ。ただ、今度からはチームワークで行こう。全員が生き残るために」




背中の傷は耐え難い痛みになってきているが、とにかくあいつから逃れるのが先だ。







一方――




審判の間。




赤い鎧の男は、大剣を肩に担ぎ、四人が逃げて行った赤く光る扉を眺めていた。




「……転送罠を使うに違いないな」




低く、つまらなそうに呟く。




転送罠。




不用意に踏むと、赤いフロア最奥のボスの前に一気に飛ぶ恐ろしい罠だ。ただ、このダンジョンをよく知る古参なら誰でも知っているショートカットのための必須の移動手段、それが転送罠だ。




「あの罠は一度起動すると十五分のクールタイムですぐには使えない。歩いて最奥まで追いかけるのは面倒だな」




武装サイの首を軽く撫でる。




「どうせ城塞ダンジョンの出口は一つだ。最奥まで追いかける必要もない。」




赤い鎧の男は、ニヤリと笑った。




「ダンジョンの出口でゆっくり待つとするか。審判の間に俺がいないことで脱出に希望を持つであろうあいつらに、ダンジョン出口で絶望を味わわせてやろう」







その頃、俺たちは赤い鎧の男の予想通り、転送罠を使って、赤いフロア最奥のボスの前にワープしようとしていた。




赤い光。




視界が一瞬、真っ赤に弾けた。




次の瞬間――




俺たちは、灼熱の空間に立っていた。




「……成功だ」




転送罠の先は、赤いフロア最奥層、フロアのボスの部屋だ。




溶岩が流れる巨大な円形闘技場。




その中央に、巨大な影が立ち上がる。




炎を纏った巨大な体躯。




灼熱の戦斧。




赤いフロアのステージボス――ファイアージャイアント。




「転送罠の再起動まで十五分かかります。あいつがまっすぐここに向かっても十分はかかるでしょう。まずは、ゼロさんの手当てをしましょう。プレイヤーから受けた傷は、アロエ薬では全回復しません。魔法治療が必要です」




ミユが即座に告げた。




「やはりな。さっきアロエ薬は飲んだんだ。でも、まずは、できるだけ急いでファイアージャイアントを倒そう。手当はその後だ。そしてあいつに勝つ作戦をみんなで相談しよう」




「でも‥‥‥」




ミユは何か言いたげだ。




「ゼロ、無理しないで。かなりひどい傷だよ。まずは治療しなきゃ」




ニアが心配で押しつぶされそうな顔をして叫んだ。




俺はおもむろに刀を抜き、両手で上段に構えると、無言でファイアージャイアントに向かって勢いよく駆け出す。




とにかくあいつが追いかけてこない間にフロアボスを倒してしまわないと。




あいつと戦う前に、必殺の居合い抜き四連コンボの練習もしておきたい。




本来はミユかニアに止めを刺させてレベルを稼ぎたいところだが、悠長にしている余裕は今の俺にはない。




ファイアージャイアントが俺に気づいて雄叫びをあげる。




身に纏う炎が一段と燃え盛り、大きな炎に包まれて真っ赤に焼けた戦斧を、俺に向かって勢いよく振り下ろす。




俺はファイアージャイアントの一撃を横っ飛びでかわすと、上段の構えから刀を斜めに振り下ろして袈裟懸けにする。




一撃、二撃、三撃。




刀を一度鞘に戻し、全身の力を丹田に集める。




そして、思い切り大きく踏み込む。


勢いよく刀を抜き、斜め上方に切り上げ、手首を返して逆側を斜めに切り下げる




一、ニ、




さらに十文字じゅうもんじに切り裂く。




三、四、




決まったな。




ファイアージャイアントのみぞおちを中心に、大きな亀裂が八方位に走り、まるで溶岩が火口から一気に噴火したように、炎と化した血が勢いよく噴き出る。




よし、腕は鈍っていない。  




しかし、倒れていくはずのファイアージャイアントの体は未だ仁王立ちのまま、頭がこちらを向き、目が黒く暗転する。




なに、まさか、こいつもゲームと違うのか‥‥‥。




だが、その瞬間、ジーナが大きく跳躍し、ファイアージャイアントの背後から延髄を抉る。




ニアとミユも背後から両足のアキレス腱を切り裂く。




溶岩のような血が再び派手に飛び散り、熱で視界が歪む。




咆哮と共に、ファイアージャイアントが崩れ落ちる。




床が揺れ、倒れた死体には、未だ火が燻っている。




「……討伐完了ってか。だが、ゼロ、抜け駆けはやめろよ。さっきのあたしと同じだろ!」




ジーナが短剣を鞘にしまいながら、俺を鋭い目つきで睨む。




「あんたに怪我を負わせたあたしが言えた義理じゃないが、チームワークで戦うんだろ。四人が生き残るためなんだろ」




「すまない、早く倒そうと焦ってしまった。気をつける。ジーナの言う通り、チームワークで行こう」




俺は息を整えながら、皆に集まって座るように言う。




だが、急に目の前が真っ暗になり、そのまま意識が遠のいていく。




「ゼロ‥‥‥」




意識の向こう側で誰かの叫び声がうっすら聞こえる。




失血死か?かなり血は出ていたからな。




俺は死ぬのか。




そのまま俺は意識を失う。








どれくらい経ったのだろう。俺は真っ暗な世界から覚醒した。




ヤバい、どれくらい経ったんだ?早く起きないと、奴が来る。




目を開けると、仰向けに寝かされている俺を間近で覗き込んでいる、ニアとジーナの心配そうな顔が一斉に安堵の色を浮かべた。




「ゼロ、よかった」




「心配したぜ」




体が暖かく、背中の痛みがない。




周りに目をやると、隣でミユが寝かされていた。




「ミユが魔法で治療したんです。まだ昇魂していないので魔法量に余裕がないのに、ゼロのために限界まで使っちゃったみたいで、疲れて倒れちゃったの」




ニアが目に涙をうっすら溜めながら答える。




そうか、ミユは魔法も使えるのか、さすがはPvEプレイヤーだ。




しかし、俺のために無茶するなんて。




ミユのためにも絶対にあいつに負けられない。




「俺が倒れてからどれくらい経った?」




俺は起き上がると、一番気になっていることを二人に問う。




「ほとんど時間は経ってないと思う。すぐにミユが魔法で治療して、治療が終わって、ミユが倒れたと思ったら、すぐにゼロが起き上がったんだ」




ジーナもそう答えながら、目にうっすら涙を溜めている。




「気がつかれたんですね。よかったです」




ミユの弱々しい声がする。




ミユがゆっくりと起き上がる。




「ミユ、ありがとう。なんとお礼を言っていいか。でも無理はしないでほしい。まずは自分第一に考えてくれ」




俺がそう伝えると、ミユはニコリと笑う。




「ミユ、立ち上がって大丈夫なの?まだ寝てなきゃ」




ニアが声をかける。




「大丈夫です。ちょっと疲れちゃっただけですから。これを飲めば全回復です」




ミユは取り出した高級アロエ薬を口にする。




さて、ここからが本題だ。




「赤い鎧のあいつを倒す方法……あるの?」




ニアが不安そうに言う。




俺は一度、全員の顔を見渡した。




「ある。ただし――勝率は五分五分か、それ以下だ」




静かに、作戦を話す。




「俺が囮になり、真正面から行く。ミユとニアが背後から攻撃する。おそらく奴はさっきの一件で、俺をまず倒そうとするだろう。だがそのうちイライラして、背後に意識が転換するはずだ。その瞬間、奴の死角からジーナが飛び出し、意表を突き、あいつに深手を負わせる。その後は、誰でもいい、とにかくとどめを刺す」




「そんなのだめ!ゼロ!」




ニアが即座に反対した。




「相打ち覚悟だ。あいつは対人戦のプロだ。さっきの続きがやりたいだろう、確実に一番に俺を狙ってくる。とにかく俺に意識を集中させる」




「……あたしが、キモだね」




ジーナが静かに言った。




「必ず、やる、あたしがやる」




ミユは俯いて沈黙している。




「危険すぎるよ‥‥‥」




ニアの声が震える。




「ニア、それしか勝ち筋がないんだ」




俺ははっきり言った。




「俺が耐えられる時間は、ほんの一瞬かもしれない。だから、迷うな。四人全員で生きて帰ろう」




全員が、覚悟を決めた表情になる。




俺たちは赤いフロアを審判の間に向かって戻る。




みんな無言で一言も喋らない。




道中、歩きながら命が尽きてしまった時のことを考える。




キルされたら、想像を絶する痛みと共に、現実世界に戻れるのだろうか?




ミユの話が本当なら、リアルな死になる。




もしそうなら、仮に俺があいつをキルしたら、俺は人殺しになるのか。




いや、今はミユやニア、ジーナのために、何より自分のために、生き残ることだけ考えろ。




運命の赤い扉が目の前に現れる。




「みんな、落ち着いて。力を合わせれば必ず勝てる。それぞれがベストを尽くそう」




三人を見渡す。




扉が重い音を立ててゆっくりと開く。




……だが。




「……いない?」




赤い鎧の男の姿がない。




転送罠で入れ違いになったのか?




それとも、諦めて帰ったのか?




もしかして、助かったのか。




「いまのうちに出口だ!」




俺は叫び、全員で駆け出した。  




だが‥‥‥。




出口が見えてくると、そこに奴はいた。




深紅の鎧。




巨大な大剣。




武装サイ。




赤い鎧の男は、まるで待ちくたびれたように、こちらを見て下衆な笑いを浮かべる。




「遅かったな。一瞬逃げられると思っただろ?残念だったな」




大剣を大きく振りかぶる。




「さあ、来いよ」




赤い鎧の男は片手を剣から離し、手招きで挑発する。




俺は刀を抜き、中段で構える。




「行くぞ、みんな」




覚悟を決めた、その瞬間。




眩い光が転移装置から漏れ出す。




ダンジョン入口の転移装置が突然輝いた。




空間が歪み――




一人の男が、現れた。




全身白で統一された伝説級の最高級鎧。




白銀に輝く伝説武器の片手剣。




一言も発せず、異様なまでの静けさだ。




剣は抜いているが、剣先は地面を向いている。




俺の脇腹が痛みの記憶を呼び寄せる。




赤い鎧の男が、鼻で笑う。




「おい、おい、なんだ?お前もプレイヤーか?最高級装備だな?白無垢のキザな格好しやがって。武器集めか、素材集めか知らんが、今この瞬間にダンジョンに転移してくるとは、運がなかったな」




「お前、装備からして強そうだな。悪いが、その装備も武器も頂くぜ。もちろんお前の命もな」




「俺は強い奴と戦うのがとにかく好きなんだ。まずはお前だ。剣を構えろ。」




赤い鎧の男はそう言い終わると、俺たちから意識を外し、白い鎧の男に向かって、既に振りかぶっていた大剣を目にも止まらぬ速さで振り下ろしていた。




まさに古参PvPプレイヤーの実戦経験に裏打ちされた熟練の技、必殺の鋭い斬撃だ。




大剣が白い鎧の男に迫り、直撃すると誰もがそう思った刹那、白い鎧の男が視界から消えた。




消えた?




まさか‥‥‥。




見えないスピードで赤い鎧の男の攻撃を避けると同時に、白い鎧の男の剣が一閃する。




まさに一瞬の出来事だった。




次の瞬間には、赤い鎧の男の胴体が、腰を境目に上下真っ二つになり、崩れ落ちた。




「……?」




俺たちは、誰も、声を出せなかった。




白い鎧の男は、崩れ落ちた赤い鎧の男の上半身から何事もないかのように首を切り離すと、それを拾い上げ、片手でぶら下げて持った。




武装サイは、主を失い、泣き叫んで崩れ落ちた。




白い鎧の男は、こちらを一度も見ない。




ただ、出口の転移装置に歩き出す。




そして――




転移光に包まれ、静かに消えていった。




「……何が、起こったんだ?」




ジーナが呟いた。




俺たち四人の背中には、冷たい汗が流れていた。





あの赤い鎧の男を一撃で屠った。




次元が、違う。




助けてくれたのか?それとも単に赤いやつの敵だったのか?




プレイヤーなのか?NPCなのか?誰なんだ?




脇腹に覚えのある鋭い痛みが甦る。




あの日の夢とあまりにも似過ぎている。




あまりにも急展開な出来事に、俺の思考が追いついてこない。




ただ一つだけ、確かなことがある。




赤い鎧の男は死んだ。




いや、白い鎧の男に殺された。




そして、俺たちは助かった。




俺たちはただ、立ち尽くすしかなかった。




だが、この時、



血の匂いを追う別の二人の人影が、ダンジョンに迫っていることに、俺たちは全く気づいていなかった。


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