キロ城塞跡
キロ城塞跡は、静まり返っていた。
崩れ落ちた石壁。
半壊した見張り塔。
はるか昔に滅びた痕跡だけが、風化したまま残っている。
ゲームの設定では、キロ城塞は古代宗教戦争の際、守備隊はもちろん、避難していた女子供もろとも、全員が玉砕したことになっている。
「ゼロ……ここ、嫌な感じがする」
ニアが、剣の柄を強く握った。
「気配が、重いの」
「地縛霊みたいなもんさ。それがたくさんいるからな」
俺は前を見据えたまま答える。
「スケルトンとワイトは経験値が美味しい。嬉しい限りだけどね」
「でも鉄装備だと、少し手間取るかな。まぁ、戦闘特化だから大丈夫か。
攻撃は俺が先、ニアはトドメを刺す。その連携プレイで行こう」
「連携だね。分かった、ゼロ」
俺たちが城塞の中庭に足を踏み入れた瞬間――
空気が、変わった。
骨が鳴る音。
かちゃ、かちゃ、と乾いた金属音のようなものが、四方から響く。
「来るぞ」
スケルトンが現れた。
錆びた剣。
欠けた盾。
何かの映画で見たような雰囲気だ。
「数は……三体!」
ニアが叫ぶ。
「俺が前を押さえて囮になる。ある程度ダメージを与えるから、ニアは後ろから、確実に一体ずつ仕留めろ!」
「わ、分かった!」
最初の一体が、ゆっくりと近づいてくる。
俺は腰の刀を抜き、中段に構え、半歩前に出て斬りかかる。
骨の腕が、衝撃で砕け散る。
続けて連撃を加えていく。
やはり鉄装備だと、すぐには倒せない。
致命傷を与えるまでには、時間がかかった。
「今だ!」
ニアの剣が、一直線に振り下ろされた。
――ガンッ!
確かな手応え。
スケルトンの頭蓋が割れ、身体が崩れ落ちる。
「やった、倒した……!」
「気を抜くな、ニア!」
二体目、三体目。
俺が致命傷を与え、ニアがとどめを刺す。
ニアの動きは、確実に良くなっていた。
無駄な力が抜け、「当てる」剣から、「斬る」剣に変わっている。
ニアの剣の威力も、若干上がっているように感じた。
それは、レベルが順調に上がっていることを示していた。
その後も俺たちは地道に、二人のコンビネーションでスケルトンを一体ずつ倒していく。
俺が致命傷を与え、ニアがとどめを刺す。
城塞の隅々まで赴き、スケルトンやワイトを駆逐していった。
中庭、城壁、塔、兵舎……。
かなりの時間が過ぎ、最後の一体が崩れ落ちた時、城塞に再び静寂が戻った。
五十体までは数えたが、正確に何体倒したのかは分からない。
しかし鉄装備では、本当に骨が折れた。骨だけに……。
ジーナがいたら、またからかわれるな。
自然に出てくるオヤジギャグを、心の中で笑う。
「はぁ……はぁ……」
ニアは肩で息をしながら、疲れ果てて座り込んでいる。
「ゼロ……私、レベル上がってるかな?」
「ああ」
俺は刀の刃こぼれを気にしながら、即答した。
「かなり上がったと思う。たぶん、もう少しでレベル20になるはずだよ」
その瞬間――
冷たい風が、吹き抜けた。
「……グレーターワイトか」
俺の言葉と同時に、
半壊した建物の奥から、お馴染みの白い影が、ゆっくりと近づいてくる。
グレーターワイト。
ワイトの上位種、中ボスクラスだ。
ぼろ切れのようなものを頭から被った人型で、目の部分に開いた穴の奥から、青白い光が漏れている。
鉄装備じゃ、こいつはやり過ごしたかったな。
まぁ、いいか。攻略法は分かっている。
「ニア、触れられると大ダメージを喰らう。間合いを考えて戦うぞ」
ニアは、初めて見る異形の存在に思わず怯み、立ち尽くしている。
ワイトの体からは、禍々しい青白い瘴気が溢れ出ていた。
「倒せるの?」
恐怖で足が震えているのが分かる。
「円を描くように動いて、背後から攻撃だ。そうすれば追って来られないし、背中が弱点だ」
短く告げる。
「俺が囮になる。さっきの連携だ」
俺は円を描くように動きながら、徐々に距離を詰める。
もう少しで、こちらの間合いに入る。
やつは追えないはずだ……。
なっ!?
グレーターワイトが、予想外にもこちらの動きに合わせて向きを変え、近づいてきた。
まさか……こいつもブラスターグールみたいに……ゲームと違うのか。
グレーターワイトが、腕を振り上げる。
空気が凍り、青白い瘴気が腕に渦巻く。
まずい、このままだと……。
その時、グレーターワイトの背後から、ニアの気合の入った声と、斬撃の音が響いた。
ゆっくりと、ニアの方へ向きを変えるグレーターワイト。
「ニア、横に跳べ!」
俺はワイトの背後に乱撃を叩き込みながら、叫ぶ。
ニアは左に飛び込みながら回転した。
その刹那、ワイトの瘴気を纏った腕が、ニアがいた場所の空を切った。
それからは、二人とも一心不乱だった。
囮を交代しながら、グレーターワイトを翻弄し、ダメージを与えていく。
目の光が、点滅し始めた。
今だ。
「ニア、とどめだ!」
ニアは歯を食いしばり、大きく剣を振り抜いた。
――砕け散る瘴気。
――霧散する怨嗟。
グレーターワイトは、声にならない悲鳴を上げ、消えた。
沈黙。
そして――
「……あ」
ニアの腰の透明な簡易レベル測定器が、赤色に変わる。
「レベル20……!」
ニアは、信じられないように自分の手を見る。
震える声で、笑った。
「……強く、なってる」
俺は、肩の力を抜いた。
「おめでとう、ニア」
城塞跡に、風が吹き抜ける。
死の場所だったはずの遺跡で、
確かに、前に進む一歩が刻まれた。
だが――
俺は、まだ気を抜いていなかった。
この城塞の奥。
地下へと続く、封鎖された通路。
そこから――
“もっと危険な気配”が、漏れているのを知っているからだ。
(よし、ここが……次の舞台だな)
俺は、剣を握り直した。
俺はこの時、まさかあんな事が起こるなんて、本当に想像だにしていなかった。




