ジーナの決意
「石像レベル上げは危険だ。正攻法で効率よくレベル上げをしよう。」
俺は、迷いなく言った。
「石像レベル上げは、カンストしたら死ぬ。それを分かってて、みんなにやらせるわけにはいかない」
ミユが、震える声で続けた。
「私……見ました。石像から手が離れなくて……身体が、内側から壊れていく人を」
「悲鳴も、途中で……」
ニアは、それ以上聞けず、顔を背けた。
その沈黙を――
踏み潰すように、ジーナが笑った。
「はは……ものは考えようさ」
腕を組み、気楽そうに言う。
「逆に考えれば、レベル70までは石像で上げられるってことだろ?」
「……ジーナ!?」
「そのお嬢ちゃんが生きてる。それが何よりの証拠さ」
即座に、俺は首を振った。
「だが、死ぬ可能性がある。ジーナを死なせたくない」
ジーナは一瞬、目を細め――
次の瞬間、ふっと視線を逸らした。
「……命が惜しいなら、この世界じゃ生き残れないさ」
その声は、いつもより低かった。
軽口の仮面は、もうなかった。
ジーナはミユに、石像レベル上げに必要なものを聞く。
ジーナの恐ろしいほどの気迫に押され、ミユは俺の顔を見ながらも、必要なものを口走る。
「おい、お前たち。ここに書いてあるものを買ってきな。全部だよ」
二人のメイドが、凍りついたように立ち尽くす。
「早く」
低く、命じる。
女たちは慌てて頭を下げ、駆け出した。
「ジーナ、やめろ!」
俺の声にも、彼女は振り返らない。
ミユが、俺の袖を引いた。
「……止められません」
「覚悟を決めた人の目です」
胸の奥が、嫌な音を立てて軋んだ。
⸻
次の日、俺たちはカヒム郊外の草原に来ていた。
ジーナがメイド達にレベル上げをしているところを見せたくない、というのが理由だった。
メイド達はジーナのことを敬愛している。
心配させたくないんだな。
ジーナが大きな皮袋から出した石像は、想像以上に不気味だった。
太古の神の形を模した人間の等身大のそれは、目も口もないのに、見られているような錯覚を覚える。
ゲームではおよその形しか表示されていなかった。
こんなに不気味なものだったとは。
石像の横には、錬金触媒が器に満たされており、貴重な宝石類が惜しげもなく放り込まれる。
「これはレベル測定器だ」
ジーナが、金属製の小さな箱のような装置を皮袋から取り出し、掲げる。
「この世界では、ステータスが見えないんです」
ミユが説明する。
「古代遺跡の希少金属で作られたもので、含有率が高いほど、レベル測定の精度が上がります」
「安物は色だけ。赤、青、黄、紫。二十レベル刻みでしか分かりません」
「これは十レベル刻み……そこそこ高価です」
俺は測定器に触れる。
一瞬、沈黙が落ちた。
次の瞬間――
数字は表示されず、測定器は眩い光に包まれていく。
そのまま、派手に砕け散る。
「どういうことなんだい?こんなの見たことないよ。まさか、あんた昇魂者なのかい!?」
ジーナが目を丸くして驚いたように言う。
「まあね、でもそれだけさ。」
俺はジーナの経験や度胸が羨ましくてそう言ったが、ジーナはそう捉えなかった。
「レベル40は眼中にないってか。ふん、負けてられないねぇ」
ジーナは、石像の前におもむろに立った。
そして、振り返る。
「さてと……」
いつもの軽さが、消えていた。
「これでくたばったら……運がなかったってことさ」
「その時は、家も馬も、全部あんたらにやるよ」
「その代わり、メイドたちのこと……頼んだよ」
「やめろ!!」
叫んだ瞬間――
彼女は、両手で石像に触れた。
⸻
空気が、歪んだ。
石像が低く唸り、魔力が暴風のように渦を巻いた。
ジーナの身体が、軽く跳ねた。
「――っ!!」
歯を食いしばり、呻く。
血管が浮き、皮膚が赤黒く染まる。
ジーナの腰に付けたレベル測定器が、強く光り、数字が現れた。
――50。
――60。
――70。
「ジーナ、終わりだ!」
俺が声を絞り出した、その瞬間。
ジーナが、笑った。
「……まだ、いけるさ。昇魂者を目指してもう少し攻めてみるさ」
「やめろ!」
「あと少しだけ――」
その時だった。
ジーナの腕が――
異常な音を立てて、膨れ上がった。
ぶち、ぶち、と皮膚の下で何かが破裂する感触。
筋肉が限界を超えて盛り上がり、
血管が蛇のように浮き出る。
ジーナの悲鳴が響く。
「ジーナァ!!」
考えるより先に、身体が動いた。
俺は、彼女を石像から引き剥がした。
まるで彼女の腕が石像に接着されているかのように、なかなか離れない。
「がっ――!!」
俺は全力でジーナを引き離した。
二人で折り重なるように倒れた。
次の瞬間、
膨張は止まり、
腕は、何事もなかったかのように元に戻った。
ただ――
地面には大量の汗と、ジーナの腕から滴る血が落ちていた。
沈黙した空気の中、ジーナは、呆然と自分の腕を見つめ、自嘲気味に笑う。
「……痛いじゃないか」
いつもの調子でニヤリとしながら言い――
次に、俺を見た。
その目には、誤魔化しがなかった。
「……今の、危なかったねぇ」
短く、息を吐く。
「命を、救ってもらったよ」
「ありがとよ、ゼロ」
俺は、膝の震えを感じていた。
一歩間違えば――
本当に、死んでいた。
「腕の治療が必要だ。ジーナ、一度、街に戻ろう」
ジーナは、腕を軽く振った。
「大したことはない」
「でも……念のため、そうさせてもらうよ」
「ミユは? どうする?」
俺は、気持ちを切り替え、声を整えて言った。
「近くに金山がある。金を掘れば、かなり経験値が入る。実は金が大量に湧く裏技があって――」
「知ってます」
ミユは笑顔で即答した。
「……この後、行ってきますね。大丈夫、全部把握してますから」
思わず、苦笑する。
「じゃあ、私は?」
ニアが、不安そうに問う。
「キロ城塞跡に、俺と行こう」
俺は続ける。
「この近くにある古代遺跡だ。失われた街と同じさ。スケルトンとワイトが、たくさんいる」
「なかなか、骨のある場所さ」
オヤジギャグで言ったつもりだったが、誰からも反応がない。
「今のって、笑うところだったのかい?」
ジーナが腕を摩りながら呆れ顔で言う。
俺は少し恥ずかしくなった。
そして、再び石像に目を落とす。
石像レベル上げでのジーナを間近に見て、俺は確信した。
ゲームの世界と微妙に仕様が違うこの世界は、本当に、死んだら終わりなのだと。
そして、この後、またもやゲーム知識が危機を招くことも、この時の俺は理解していなかった。




