恐れていたこと
「その高レベル装備……まさかとは思うが、あんた昇魂者かい?」
ジーナが、興味津々の顔で聞いた。
少女は、首を横に振る。
「いえ……まだ、レベル70です」
「……70?」
ジーナが、まさか、という驚愕の表情で思わず目を見開く。
「このカンスト、いや、昇魂者用装備は、仲間に……もらったんです」
なるほど、この世界ではカンストのことを昇魂というのか‥‥‥。
レベル70‥‥‥上限が100だから、スキルやステータスはまだまだか。
俺はゲーム知識でレベル70を冷静に分析しながら、核心の質問をする。
「……眼鏡をかけてるってことは‥‥‥」
俺は静かに言った。
「転生者だね?」
少女は、はっとしたように俺を見る。
「……はい。三ヶ月ほど前に」
一瞬、期待の混じった視線がこちらに向けられる。
「もしかして……あなたも?」
「……あぁ、つい最近さ」
俺はすぐに問いを重ねる。
「でも転生者ってことは、このゲームのプレイヤーだよね?……三ヶ月も経って、なんで、まだカンストしてないの?」
少女の肩が、小さく跳ねた。
次の瞬間――
唇を噛みしめ、俯く。
眼鏡の奥で、目が潤む。
両手が膝の上で、ぎゅっと握り締められ、細かく震え始めた。
「……っ」
声を押し殺そうとしても、喉が鳴る。
「……ごめんなさい……」
ぽろりと、涙が落ちた。
「……私、人が死ぬのを見るのが嫌なんです」
嗚咽混じりに、言葉を絞り出す。
「もともとPVE専門で……」
「初心者で……」
「この世界の戦闘はリアル過ぎて……本当に人を殺してるみたいで……無理なんです」
「それにこのところ、仲間に命じられて、ずっと拠点で雑用役をさせられてたんです……」
少女は、堰を切ったように泣いた。
ニアが、そっと立ち上がり、少女を抱きしめる。
「……大丈夫」
少し震える声でそう言い、優しく背中を撫でた。
ジーナは、腕を組んだまま、低く唸る。
「……レベル70か」
少し間を置いて、ジーナは言った。
「昇魂者は確かに別格さ。伝説と言っていい」
「だが、レベル70を超える猛者は、このカヒムの街にも数えるほどしかいない。罪人の地じゃ、それくらいの強ささ」
少女が、顔を上げる。
「あんたは、立派に強いさ」
ミユは、戸惑ったように瞬きをした。
「……ありがとうございます」
「名前は?」
ジーナが短く聞く。
「ミユです。転生前は学生でした。プレイ歴は半年です」
「……他にも、転生者がいます」
その言葉に、俺の背筋が冷えた。
「……何人?」
「今は、三人です。同じ日に転生したのは十人でしたが……」
一瞬、言葉が途切れる。
「……全員、カンストしています」
「カンストって、昇魂者のことかい?」
ミユはこくりと頷く。
ジーナが、深いため息をついた。
「そりゃ、たまげた。……世界は広いねぇ」
ミユは、続けた。
「……あの人たち、私を追ってきます」
「逆らったら……殺されます」
「三人とも、発売当初からプレイしているPvPサーバーの古参プレイヤーだそうです」
「戦いも相手に無差別で怖いし痛いし、強いし、裏技も、たくさん知っていて……」
「私も、石像で一気にレベルを上げました」
俺は、完全に焦っていた。
一番効率のよいレベル上げの裏技、石像レベル上げができないという現実。
さらに、く古参PvP勢がどんなに恐ろしいか、ゲームで身をもって知っているからだ。
古参の連中と出会ったら終わりだ。
なんの言い訳も通用しない。
あいつらにあるのは、ただプレイヤーキルをしたいという欲望、本能のようなものだ。
たとえ無抵抗でも確実に瞬殺される。
慈悲はない。
このリアルな世界で出会ったら‥‥‥
俺はこれまでのゲームの中での体験を思い出し、心底怖気がした。
俺はニアに、小さく、だが鋭く言った。
「……これは、俺たちも装備を整えないと。ニアは一気にレベルを上げないと、本当にまずい」
ニアが、困惑したように眉を寄せる。
「……一気に、って……?」
「そんな方法、あるの……」
「普通のレベル上げじゃない。とっておきの裏技を使おう」
俺は、声を落とす。あの裏技が、この世界で使えればいいが。
「説明は後だ」
そのとき――
「……石像のやつなら、気をつけたほうがいいです」
控えめなミユの声が、割り込んだ。
「その方法でカンストした人は、カンストした瞬間に死にました」
「……何人も、見ました」
「それに、この世界ではゲームみたいに、死に戻りはできません」
「試した人もいましたけど……そのまま、死にました」
ミユは、悲しそうに視線を落とす。
「私は、その失敗を見て……」
「石像レベル上げを、レベル70でやめたんです」
俺は、言葉を失った。
「……だから」
ミユは、かすかに笑い、俺が最も恐れていた事実を口にする。
「この世界は、ゲームみたいだけど……現実なんです」
「死んだら、終わりです」
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
そんな……。薄々は感じていたが……。
でも、これは夢で、死んだら夢から覚める設定とかではないのか?
いや、あの痛みは、夢で説明するにはリアル過ぎる。
それに、万が一そうでなかったら、死んだら取り返しがつかない。
俺は、冷静に考えようと努力する。
とにかく、生きなければ。
生きながらえなければ。
まずは、装備を整えよう。
ニアもカンストさせないと。
このゲームは、カンストしてからが本当のスタートなのだから。
だが、ゲームとは完全に同じじゃない。
石像レベル上げは、リスクがあるみたいだ。
やはり、やめておいた方がいいな。
「とにかく、少しでも早くレベルを上げよう」
俺はやっとのことで、そう吐き出した。
ジーナが、肩をすくめて立ち上がる。
「死んだら終わり。そりゃそうだ」
「死んでも生き返る世界なんて、どうかしてるよ。人生は一度きり。だから面白いのさ」
「それにしても……」
「レベル40の身からすると、恐ろしい話だよ」
俺は、その言葉に驚愕して、ジーナを見た。
食人族の集落で無双していたジーナは、どう見てもカンスト級だった。
――そうか。
ジーナが言っていた、経験と度胸か。
封印の指輪でも消えないそれが、ジーナの強みなのだ。
「ミユ、ジーナ……頼みがある」
「みんなで、効率よくレベルを上げたい」
「手を貸してくれないか」
ジーナは、ふふっと鼻で笑い、ニヤついた。
「……何が始まるんだい?」
「できるだけ早く」
「できるだけ効率よく」
「可能なら、俺たち全員をカンストまで持っていきたい」
数秒の沈黙。
やがて、ジーナが口角を上げた。
「――望むところさ」
「面白くなってきたじゃないか」
高レベル帯《悪魔の丘》
かつて悪魔王が支配していたとされる土地で、毒気を帯びた沼や瘴気の溜まり場が数多くあり、今も低級悪魔、スケルトン、死霊が蠢く魔境だ。
並のレベルでは、生き残ることすら難しいだろう。
そのためゲームでは、名だたる山賊や盗賊が根城を構える、極めて治安の悪い地域であり、攻略難易度の高い地域であった。
とある有名な山賊団の砦。
二十人ほどの屈強な男たちが、一人の赤い鎧の男を囲んでいた。
全員、レベル60はあるだろう。
自信に満ちた顔つきで、まるで獲物をいたぶろうとするかのように対峙している。
斧、メイス、剣――
奇声を上げ、一斉に、赤い鎧の男へと殺到する。
――次の瞬間。
一人の首が宙を舞い、
また一人が袈裟懸けに裂かれ、
まるでスローモーションのように、次々と倒れていく。
赤い鎧の男は、巨大な大剣を、重さを感じさせず振るっていた。
あっという間に、残ったのはリーダー格の男だけとなった。
「どうした?」
赤い鎧の男が、嘲るように言う。
「……来ないのか?」
怒号とともに突進する山賊の剣。
次の瞬間、大剣が振り下ろされ――
剣ごと、縦に真っ二つなる。
「そんな……バカな……!」
「スターメタルの剣だぞ……!」
赤い鎧の男は、血を払うように剣を振り、背中の鞘に収めた。
「……モブの相手は、いちいち面倒だな」
吐き捨てるように呟き、死体を一瞥する。
「あの眼鏡……ここにも、いないか」
独り言のように呟く。
「悪魔の丘じゃないとしたら……」
遠くを見る。
「……次は、聖都ピラトか」
「それとも、カヒムの街かな」
赤い鎧の男は嗤い、武装サイに跨った。
――狩りは、まだ終わらない。




