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喧騒の街

サークルピラーを出て三日後。

背景の赤い砂漠が緑の大地へと変わり、まるで砂漠のオアシスのような風景になった頃――見間違えるはずもない、カヒムの街がそこに鎮座していた。


俺は見慣れた景色に、思わず安堵の息をつく。


「あぁ、やっと着いたねぇ。早く帰って、一風呂浴びるとしよう」


ジーナの言葉に、俺は軽く会釈し、笑みを返した。


この数日で、ジーナと俺たちは名前で呼び合うくらいの仲にはなっていた。


道中で彼女から聞かされる「罪人の地」の現状は、聞けば聞くほど、ここが俺の知っているゲームと完全に同一ではないことを思い知らされる内容だった。


画面越しでは割り切れていた残酷さ、理不尽さ、そして生々しい痛み。


それらすべてが、ここでは「現実」の重みを持って存在している。


何が最適解なのか、ゲーム知識をもとに一つずつ再検証しなきゃな。


死んだらものすごく痛いだろうし、本当に「終わり」かもしれないんだから。


俺は自嘲気味に、心の中で呟いた。



そうこう考えているうちに、俺たちはカヒムの街へと足を踏み入れた。


「お二人さん。ようこそ、騒がしくて危険な街へ」


ジーナが意味ありげな笑みを浮かべる。


カヒムは、ゲームでは「喧騒の街」と呼ばれていた場所だ。 


目に飛び込んできたのは、通勤時の駅を思い出させるほどの人混み。


だが、そこにある空気の密度が違った。獣の排泄物の臭いと、どこからか漂う焼きたての肉の香ばしさが混じり合い、熱気に煽られて鼻を突く。


露店の呼び声、金属が打ち合わされる硬質な音、獣の咆哮。


無数の音と匂いが入り混じり、耳の奥がちりちりと痺れるような感覚。


静寂に包まれていたサークルピラーとのあまりの落差に、街そのものが巨大な生き物のように脈打っているのを感じた。


かつての世界を想起させるその光景に、俺の脳裏には押し殺してきた問いが蘇る。


――現実世界の俺は、今どうなっている?


ありがちな異世界転生みたいに、すでに死んでいるのか。


それとも、植物人間のように眠り続け、永遠の夢を見ているのか。


あるいは、ほんの一瞬の白昼夢の中にいるだけなのか。


考え出すと、きりがない。


俺は途中で思考を切り上げ、視線を街へ戻した。


繁盛する店。頭の上に籠を載せ、商品を売り歩く行商人。


活気に満ちた光景のその一方で――。


首枷や足枷を付けられ、引きずられるように連れて行かれる薄汚れた人々の列があった。


老若男女、一様に俯き、生気のない目。


身に着けているのは、俺たちと同じようなボロ布だ。


助けられない。


そう理解している自分に、抑えきれない苛立ちを覚えながら、俺は視線を逸らした。


ジーナが露骨に顔をしかめ、ニアは何も言わず視線を落とした。


「よく見たら、あんたたちの服、みっともないね。まるであいつらと同じじゃないか」


ジーナは吐き捨てるように言う。


「あとで、私が代わりの服を用意してあげるよ」


そう言って、彼女は大通りを闊歩し始めた。



角を曲がり、路地に入ってしばらく歩くと、ジーナの家が見えてきた。


二階建ての日干しレンガの家。


家の前には小さな馬屋があり、広くはない庭には、こじんまりとした噴水から水が絶え間なく湧き出している。


ニワトリがその周りで餌を啄む、穏やかな光景だ。


「みんな、帰ったよ。客人を連れてきた」


ジーナの声に応じ、噴水の前で洗濯をしていた女が仰々しく頭を下げる。


家の奥からも、もう一人、出迎えの女性が現れた。


ジーナは彼女たちに手際よく指示を出し、俺たちを家の中へ案内した。


腰のベルトを外し、装備を無造作にテーブルへ置くと、そのまま奥の部屋へ向かうジーナ。


そこは、装備品と武器で埋め尽くされた小さな宝物庫のような部屋だった。


ジーナは青い革鎧を手に取り、ニアへ投げるように渡す。


「ニア、この鎧はもう使ってない。よかったら使いな。着替えは隣の部屋でしな。下着も、用意してあるものでよければ、好きに使っていい」


ニアは慌てて礼を言い、隣の部屋へ消えていった。


「さて、ゼロ。あんたの装備はここにはないね。女物ばかりだからさ。鎧じゃなくて普通の服でいいなら、いくつかあるけど、それでいいかい?」


「それで十分だよ。ありがとう、ジーナ」


「じゃあ、二階から取ってくるよ。その間、欲しい武器でも探してな。いくつかくれてやるよ。もっとも、手放せないのもあるけどね」


そう言い残し、ジーナは階上へ消えた。


俺は壁一面に並ぶ武器を見渡す。


短剣が多く、ほとんどが二本一組。


どれもゲーム内で見覚えのあるものばかりだが、数点は――おそらく伝説級の武器だろう。


そんなことを考えていると、ニアが体を小さくして、前屈みになりながら出てきた。


「ゼロ……これ、ちょっと大胆すぎないかな?……私、変じゃない?」


手渡された革鎧は、機動性を重視してカスタムされているらしく、思った以上に露出が多い。


ニアは実用性を優先しようと自分に言い聞かせているようだったが、頬を赤らめ、視線を合わせようとしない姿はかえって初々しい。


「う、うん。動きやすくていいんじゃないかな」


その姿に、なぜか俺まで落ち着かなくなり、目線を逸らして答えた。


そこへ、服を抱えたジーナが戻ってくる。


「おや、似合うじゃないか。その鎧は『動く美しさ』が売りなんだ。あんたの細い体によく映えるよ」


ジーナのニヤリとした冷やかしに、ニアはいよいよ顔を真っ赤にした。


俺も服を受け取り、同じ部屋で着替える。


白い中世風のシャツに、青い半長ズボン。そして皮のサンダル。


着替え終わると、ジーナは二人に好きな武器を選ばせてくれた。


ニアは迷いなく、鉄の片手剣――シャムシールを手に取った。


湾曲した薄手の刃は取り回ししやすく、彼女の体格には最適だ。


俺も、迷わず一本の刀を手に取った。


鉄の刀。


効率と扱いやすさを考えれば、今の俺にとってこれが最適解だった。


威力こそ高くないが、この武器ならば、ゲーム内でやり込んだ俺の得意技――『居合い抜き四連コンボ』が決められる。


鞘から引き抜かれる一瞬にすべてを懸ける、あの研ぎ澄まされた動作。


脳内で完璧な軌道をトレースし、俺は静かに拳を握った。


これで、ようやく石の道具から解放された。


鉄製とはいえ、この世界では初期装備。  


食人族相手でもギリギリだろう。


それでも、石よりは遥かにマシだ。


そもそも、石装備に「刀」なんてカテゴリーは存在しないのだから。


二人でジーナに礼を言う。


「気にすることはないさ。レシピのお礼だよ」


ジーナは満足そうに笑っていた。




ジーナに案内され、武器を手にリビングへ向かうと、机の上には所狭しと料理が並んでいた。


彼女はワインを開け、三つのグラスに注ぎながら、嬉しそうに告げる。


「レシピに乾杯」


「出会いに乾杯」


「私たちの未来に乾杯」


「「乾杯」」


ジーナはニヤリと笑い、一気に煽った。


俺たちもそれに続く。空き腹に流し込むアルコールの刺激とともに、久しぶりに食べる「まともな食事」に、俺の表情は自然と緩んだ。


柔らかい肉、香ばしいパン、野菜がたっぷり入ったスープ。


ニアも夢中で、美味しそうに食べている。


その様子を見ていると、女の子らしくて可愛いなという男としての素直な気持ちと、現世での温かい家族の団欒が重なり、胸の奥がいっぱいになる。


俺は無意識に、静かに微笑んでいた。


不意に、ジーナが口を開く。


「――実はさ。二人に、お願いしたいことがあるんだよ」


その言い方は、軽い。


だが、その笑顔の奥には――一瞬だけ、断ったほうがいい類の仕事だと告げるような、冷徹な値踏みの光が宿っていた。

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