無駄話 前編
Anotherview ――透真――
『自分の祖父が、沢山の人を殺している』
それを知った俺は、祖父さんを口汚く罵った。
いまでも、あの人たちがしていることを、俺は認めていない。
最低で、最悪な人殺しだ。
理解しようだとか、許してあげようなんて思えなかった。
祖父さんたちの仲間になったのは、証明するためだ。
あの人たちがやっていること、その存在が間違っていると。
そして――忘れもしない。
『……貴方は勘違いをしている』
あの言葉を、否定するために。
『――この世に幽霊なんて、存在しないの』
◇◆◇
異変はすぐに気がついた。
俺を呼び出した祖父さんが、店にいない。
基地の方かと、地下に降りてみると――、
「……いったいなにが」
俺はその惨状に息をのんだ。
地下の秘密基地は、すっかり荒れ果てていた。
机やいすが壊れて、破片が散乱した床。
ところどころ落ちている、赤黒いなにか。
そして何より、入口からちょうど対角線に伸びるように。
まるで巨大な爪跡のような深い溝が、まっすぐ続いていた。
ひと目見ただけで、只事じゃないと分かる痕跡の数々。
どれも、昨日来た時にはなかったものだ。
どうみても争った跡にしか見えない。
昨夜ここで、なにか恐ろしい事が起こった。
けれど、それを説明してくれる人は、ここにいない。
その不穏な気配に、胸が、ドクンと嫌な音を立てる。
――カタン。
どこかから、かすかな音がした。
部屋のコンピューターの音とは違う。
そんな機械的な音じゃなかった。
明かりのない薄暗い部屋を見渡してみる。
すると部屋の隅に扉があった。
「あんなとこに……扉?」
胸に芽生えた違和感。
この基地に、別の部屋なんかない。
だから、あんな扉に見覚えはなかった。
近づいてノブをひねると、抵抗もなく簡単に開く。
「……真っ暗だな。でも――あれは?」
そもそも明かりが設置されていないっぽい。
けれど、部屋の中で静かに光るそれは、すぐ目についた。
――深紅の宝箱。
神秘的とは程遠い印象。ただ赤く。
どちらかと言えば、不穏な空気さえ感じる。
部屋の中には机が一つだけ。
その上に箱は置かれていた。
近づいてみれば、余計に気味が悪い。
宝箱は真っ赤な金属で出来ていたからだ。
まるで……「血が固まって箱になった」ように。
箱の周りに散らばる茨も、余計に不安を煽ってくる。
いつの間にか、口の中はカラカラに乾いていた。
「なんだろう、これ」
箱に手を伸ばす。
明らかに良くないものなのは、わかっていた。
絶対に触わるべきじゃない。
頭の中で、危険を察知するなにかが、そう告げている。
でも同時に、呼ばれている気がしたんだ。
慎重に手をかける。
カチャリと軽い音がして、あっけなく箱は開いた。
中に入っていたのは分厚い一冊の本。
「……真っ黒な本? なんか、ボロボロだな。」
深紅の箱の中に、漆黒の古臭い本。
やばいイメージの掛け合わせ。不吉なツーセット。
手の平が、じっとりと汗ばむ。
やめておけばいいのに、その本を手に取った。
その瞬間――。
「うわぁっ!? 黒いのがなんかもれた!?」
箱の赤い光を切り裂いて、本が闇をまき散らした。
本はひとりでに浮かび上がり、闇と赤い光が混ざり合う。
溶けあいながら光は紅紫に。
そして室内に、ごうごうと、風が吹き荒れた。
風の勢いが凄まじい。
思わず腰を落として、両手で顔を庇う。
「ちょ、ちょっと待て! いったい何が起こって」
言葉を遮るように、本が宙に浮いた。
バラバラと音を立てながら、ひとりでに開いていく。
まるで意志を持っているみたいに。
同時に足元が光りだした。
視線を落とすと、そこにあったのは光る魔法陣だ。
ぐるぐる回転しながら、白く輝いている。
魔法陣は回る速度をあげ、紅紫と白が混ざり合う。
風はどんどん勢いを増していく。
部屋の中はもう、嵐の真っただ中だった。
「くっ――!」
飛ばされないよう嵐に耐える。
その瞬間、光が爆発したように弾けた。
俺は目を細め、眩い衝撃に耐え続けて――。
ふわりと。目の前に、少女が現れた。
「――私を呼んだのは、貴方?」
少女の声は軽やかに。
でも、凛とした響きを持っていた。
その突然の出会いに、俺は――。
「きゃーーーーっ!」
悲鳴をあげて後ずさり、爆速で背を向けていた。
「――へ? ちょっと。自分で呼び出しといて、悲鳴あげて後ずさるとか酷くない?」
「あ、あ、ああ」
チラリと振り返り、顔を覆う指の隙間から覗き見る。
少女は黒いレオタードの様な服を着ていた。
もしくはバニースーツだ。
体にフィットした黒い生地が、細い体を包んでいる。
ただ、その服は――布の面積が凄く少なかった。
小さなおヘソと、控えめな胸の谷間が見えてしまっている。
しかも黒い生地は透けているとか冗談じゃない。
「ねぇ、ちょっと。聞いてるの? こっち向きなさいってば」
開放感あふれる少女の、足音が近づいてくる。
「ぎゃー! ばかばか! こっちくんな!」
「もう、なんで逃げるの」
「そら逃げるわ! なんでもいいから、とにかく隠せ!」
本音は振り向いてよく見たい。
でも駄目だ。そうゆうのは良くない気がする。
「はぁ? 隠せって⋯⋯あぁ、そういうこと」
少女がどこか弾んだ声で納得していた。
声のトーンに悪意を感じるのはなんでだ。
「ふーん? 恥ずかしいんだ? 照れてるってこと?」
少女が楽しげに声を弾ませる。
よしわかった。彼女は悪魔だ。間違いない。
「うっさいわ!」
人の純情を弄ぶとは、なんて恐ろしい悪魔!
「仕方ないなぁ。話進まないし⋯⋯ほら、これでいい?」
おそるおそる振り返る。
少女は黒いドレスに着替えていた。
「あぁ、うん――」
改めてその姿を見て圧倒された。
頭には桃色の縞が入った黒く短い二本の角。
腰まである亜麻色の長い髪を、左右でそろえたツインテール。
少し目尻の上がったピンクの瞳が、甘く蠱惑的に揺れている。
「ん? 今度はじっくり見る感じ? どうぞ」
謎のサービス精神である。
彼女は腰に手を当てて突き出し、ポーズをとっていた。
肩を露出した黒いワンピースに、首元まで繋がる透けた生地。
胸元の赤い宝石と、指先まであるレースの袖。
それと、背中から飛び出した翼――ツバサ?
「左右で……違う翼?」
右側は白鳥のように白く柔らかい翼。
反対に左側は、黒く大きな蝙蝠みたいだ。
まるで天使と悪魔を併せたような見た目。
禁忌を体現しているみたいで、危うい魅力を感じさせる。
「私はアンリエル。見ての通り天使と悪魔のハーフだけど。まぁ、それは気にしなくていいわ。ちゃんと悪魔できるから」
みたい、じゃなくてそのままだった。
悪魔できるって、どんなパワーワードだよ。
「貴方、名前は?」
「え? 葛城透真」
思わず名乗ってしまってから気づく。
あれ? これ、名前教えていいのか?
「いいわ――」
少女の気配が変わる。
空気が固く、厳かなものに。
周囲に白い円が浮かび、俺と彼女は光の中に囲まれた。
「汝――葛城透真。願いを求めなさい」
悪魔が告げる。
優雅な仕草で、細く華麗な右手を差し出して。
「貴方の、魂と引き換えに」
それはよくある契約の儀式。
約束された口上。
でも――。
「あの、悪いけど、俺に願いなんてないよ」
「そう――――は?」
ピシリと、固い空気にひびが入ったような気がした。
でも仕方ないじゃないか。
俺には叶えたい願いなんてないんだから。
厳かだった気配が霧散する。
周囲だけ光ったままなのが、なんかシュールだ。
「いや、は? なんて?」
「だから、願いとかないよ」
「おい待て。ちょっと待ちなさい」
悪魔は思いっきり眉をさげて、微妙な顔をした。
「なんだそれ。願いがないってなによ。そんなわけないでしょ」
「いや、そんな事言われても」
「なんかあるでしょ! なんか!」
「だから無いってば。思いつかないし」
「なんでよ! お金欲しいーとか、人気ものになりたいーとか、美味しいもの食べたい―とか」
悪魔のくせに、やけに俗っぽい例えだった。
「誰かを呪い殺したいとか、死人を生き返らせてほしいとか。なんかあるでしょ」
死人を――生き返らせる?
その言葉にドクン、と心臓が跳ねた。
「出来るのか? そんなこと」
ゴクリと喉が鳴る。
思わず身体が前のめりになった。
もし、それが本当なら。
俺は、彼女を――。
「出来る――って悪魔は言うけど、嘘だから信じちゃ駄目よ」
盛大に転んだ。
「じゃあなんで言ったんだよ!」
「例え話だってば。アンタがなにもないとか言うから」
肩をすくめ、やれやれと悪魔はため息をつく。
「出来なくもないけど、それは姿形と元の人格を限りなく似せた、別のモノよ。私はおすすめしない」
それは――違う。彼女じゃない。
そんなのは別のものだ。
「⋯⋯なんでわざわざそんなこと教えたの?」
それを言わなければ、俺はきっと願ったのに。
「ん? なんでってそれは――――はっ!?」
いまさら気づいたみたいだった。
なんだろう。なんかこう、違くないか。
「――で? どうかしら?」
いまのはなかったことにするつもりらしい。
「どうもこうも願いなんてないよ」
「それじゃ困るんだってば! 貴方が願い事してくれないと、私が帰れないじゃない!」
「そうなの?」
ピキッと音が聞こえた気がした。
「あのねぇ⋯⋯はい、そうですか。で、済むわけないでしょ」
悪魔さんは大層ご立腹みたいだった。
口元をヒクヒク引きつらせている。
「――グリモワールは、一度使えば消えてしまう」
「グリモワール?」
「は? おい。人間。なんでそこわかんないのよ。悪魔召喚の書、アンタが用意したんでしょ?」
「いや、知らない。もともとそこにあったから――」
「なにそれ。まさかアンタ……偶然とか事故で私を呼んだ、とか言わないでしょうね?」
めちゃくちゃ怖い目で睨まれて、俺は目を逸らした。
「マジかよ……いい? グリモワールは誰にでも使えるものじゃないの。そこにあったからで済む話じゃない」
悪魔は目を細め、俺をまっすぐにみつめて言った。
「アンタは選ばれたのよ。グリモワールに」




