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喫茶店に悪魔と秘密基地を  作者: 夜ノ烏
序章 猫が頑張る話

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おとぎ話 後編

 全身が総毛だった。

 背後で膨れ上がる、鮮明な死の気配。


 不味い。あの詠唱を完成させてはいけない。

 

 漏尽通で引き延ばされた時間の感覚。

 その中で、瞬時に対策を考える。


 けれど、どう考えても答えは一つしかなかった。


 振り返ってもう一度、神足通で仕留める。

 ――それしかない。


 間に合うか。

 まるでコマ送りのような時間。


 ――振り返って神通力を。


 その前に、両足が影に絡めとられた。


 ――ダメだ。急げ。振り払え。


 左足の影を力任せに引きちぎる。

 けれど、負傷した右足が抜け出せない。


 ――あぁ、これは。


 背後で老人の詠唱が、終わりの一節を紡ぐ。

 全身の細胞が、一斉に凍りついた気がした。


 身体をねじって振り返る。


 その瞬間。

 地の底から響くような、獣の咆哮が耳を震わせた。


 ――嫌だ、あちしはまだ、


 『君は、君の思うようにしてくれたらそれでいい』


 まだあの人に、伝えたいことがあったのに。


 視界を埋め尽くす、漆黒の獣の口の中。


 大きく開かれた口の、身の毛もよだつ巨大な牙の向こう。

 そこに、世界さえ飲み込める、闇が広がっていた。


「……あぁ、そっか。本物の神殺しだったんだ」


 だってこれは、かの有名な神話の怪物。

 『星を食らう獣』そのものじゃないか。


 ――それがあちしの、最期に見た光景と記憶だった。



 

 きっと、わずか三十分にも満たない時間。

 神の使いと神殺しの老人の死闘は、終わりを迎えた。


 最後まで立っていたのは老人の方。

 でも、その姿に勝者の栄光はない。


 「ぐっ――」


 老人は膝をつき、決して浅くはない傷を抑えていた。

 

 「何者だったのか……大した娘だ」


 その問いには答えられない。

 老人は、視線を自身が屠った神の使いに向けた。

 

 どうみても全身の傷は致命傷だ。

 万に一つも生きてはいないはず。


 原型を留めているだけでも奇跡だ。


 老人はそんな風に考えていた。


 老人が立ち上がる。

 けれど、その足取りはおぼつかない。


 出口へ向かい、数歩進んで。

 そのまま膝から崩れ落ち、意識を失ったようだった。


 その様子を、『あちし』はこっそりと確認する。

 念のためしばらく、そのまま息を殺して待っていた。


 けれど、老人が再び立ち上がることはなさそうだ。


 「いや、何度も言うけど、あちしの台詞だにゃ」


 ぼやいて慎重に身体を起こす。

 

 「いっつぅ――」


 漏尽通の効力はきれていた。

 行使した力と、食らった傷が燃えるように痛む。


 老人は、あちしが死んでいると思っただろう。

 正解だ。確かにさっき殺された。


 でも――。


 「だから言ったのに。あちしは、猫又だって」


 漏尽通ともう一つ、これが最後の隠し玉。

 それは八つの寿命のストックだ。


 猫又は命を蓄える。

 本来の寿命を超えた分だけ、増える尻尾がそれだ。


 立ち上がろうとして身体がふらついた。


「あ……これ不味いかも」


 漏尽通には代償がある。

 命のストックを一つ消費するという、深刻なものだ。


 しかも獣に食われ、破損した身体の修復にも使った。

 命を繋ぎとめるために、いくつ使ったのだろう。


「にゃ~……あと三本しかない」


 尻尾が五本も消えてしまった。

 減った尻尾が、なんだかソワソワして落ち着かない。 


「駄目だ。足りてない、血が止まらない」


 ストックは再生ではなく補填だ。

 使用する数は破損した身体に比例する。


「うぁ……」


 視界が白んで意識がとんだ。

 気付けば床に倒れ込んでいる。


「やばい、一本減っちゃった」


 どうやらまた死んだらしい。

 けれどおかげで、全身の痛みがさっきよりはマシになった。


 早く帰らないと。

 神社に戻ればなんとかなる。


「あぁ……駄目だ……また」


 急がな、きゃ――。


◇◆◇


 Anotherview ――御咲の神――


 

 誰も居ない本殿で、懐かしい幻を見る。



 ――二人の少女がいた。

 彼女たちはとても良い子だった。


 親の言うことをよく聞き、困っている人を助ける。

 とてもまっすぐに生きていた二人。

 

 ある日、彼女たちは事故にあった。

 道路に飛び出した少年を助けようと、一人が飛び込んだ。

 もう一人は彼女を庇おうとして……二人とも死んでしまった。


 けれど、おかげで少年は無事だった。


 だから私は、彼女たちを『還す』ことにした。


「御咲の! そなたはなぜ、二人を現世に戻したのだ!」


 出雲の神は私を責めた。


 次に見たのは、生まれてからずっと寝たきりの少年。

 彼は不治の病だった。


 少年は毎晩ベッドの上で、泣きながら家族に謝り続ける。

 

 父さん、母さんごめんなさい。

 迷惑をかけて、産まれてきて、生きていてごめんなさい。

 病気は日に日に悪化して、少年は最後まで謝っていた。


 だから、私は少年を治し、還すことにした。


「そなたはまだわからないのか!」


 出雲の神は私を責めた。


「なぜ人間たちに手を差し伸べる!」


 他の神も私を責める。


「われらは人に手を差し伸べてはならぬ! ただ見守るのだ」


 ……違う。


「人はみな、善く生きている。誰一人違わずだ」


 ……違うんだ。


「少女は正しく生きた。少年も変わらぬ。そなたは何をもって可哀そうとした!」


 ……違うんだよ、出雲の。


「みな懸命に生きた。可哀そうだと決めつけ、彼らの生をそなたが貶めたのだ!」


 そう。私は決めた。彼女たちは可哀そうだと。


「その独善! なんたる傲慢か! 少女が優れていると思うたか? 御咲の、答えよ!」


「思いません」


「では少年は劣っていると思うたのか? 答えよ!」


「思いません」


「嘘である! そなたは選んだ。数多の人を差し置いて、彼らだけに手を差し伸べた」


 そう。私は彼女たちだけを助けた。


「選ぶということは、優劣をつけること。人に差はあらず、ゆえにわれらは見守るのだ。懸命に、ただ生きる人々を」


 違うんだよ、出雲の神よ。それはおかしいんだ。


「そなたはわれらと同じにあらず。そなたに神たる資格なし。 去るがいい!」


 出雲の神よ。私を否定するその言葉もまた。同じなのだ。


 無いということは。

 有るという事。


 何もしないということは。

 何かをするということなんだ。


 この世にどちらかなど存在しない。

 それは神であっても同じこと。


 ――どうしたら君に伝えられるだろう。


 人々の祈りを聞くということ。

 人々の願いを聞かぬということ。


 人々に干渉するなと君はいう。


 それもまた、同じことだと気づかずに。



◇◆◇


 遠い昔の話。

 そうして、私は神の座を追われた。


 罰として送られたのが、この誰も参ることのない神社だ。

 けれど、私は独りではなかった。


 あの子と出会うことが出来たから。


 「また……独りになってしまいましたね」


 呟いて自嘲する。

 何を馬鹿な。自分がそう仕向けたことなのに。

 

 明かりもない本殿は、ただ冷たく静かで。

 途方もない広さに感じられた。


 その広さこそ、彼女という存在の大きさだ。

 

 「これではまるで――」


 人の様だと考えて、可笑しくなった。

 神の座をはく奪された私は、なんなのだろう。


 人ではなく、神でもない。

 その癖、不完全な力で未来を創ろうとしている。

 数多の命に犠牲を強いてまで。


 ――だから、神ではなくなったのだ。

 

 かつての同胞たちが、私を詰る声がした。

 だが、この痛みも悲しみも、すべて私は受け入れよう。


 後悔はしない。

 それだけが、唯一できる命への償いだ。


 きっと、彼女はやり遂げるだろう。

 あの男に出会うところは視えてしまった。


 その先のことは――。


 首尾よく進んだのかどうか。

 外へ出れば星が見える。


 けれど、いま星を詠む気にはなれなかった。

 

 あの箱は、唯一の希望。

 彼女に告げたパンドラの箱という言葉は、比喩ではない。


 だから仕方がなかった。

 彼女にしか任せられない役割。


 例えその為に、彼女を失うことになったとしても。


 ――本当に?

 本当にこれでよかったのか?


「私は、」


「いや、あの人間化け物だにゃ。二度と闘りたくない」


「――――っ!」


 いつからそこにいたのか。

 音もなく開いていた本殿の扉を背に、彼女が立っていた。


「神殺しどころか、運命飲み込む獣なんて聞いてないにゃ」


 月あかりに照らされ、全身を朱く染めて。


「さすがにちょっと文句言っても、罰は当たらないと思ったり」


 不機嫌そうに、苦しそうに。

 彼女は帰ってきた。


 帰って、来てくれた。

 

 「――お疲れ様。よく、戻りました」


 「にゃ~。ホントに。あちしはよく頑張りました」


 そう言って笑ったまま、こちらに踏み出した足がぐらついて。


 「あ――」


 とっさに駆け寄り、その身体を抱き留めた。


 「……いけませんよ。お召し物、汚れます」


 彼女の身体から流れた血で、純白の着物が染まっていく。


 鮮やかな朱い色。

 それは、生命の色だ。


 生きて、戻ってきてくれた。


 「神様、あちしは――」


 彼女は何を言おうとしたのか。

 その言葉を、最後まで言い切ることなく気を失ったようだ。


 ゆっくりと慎重に抱きあげ、奥の間へ運ぶ。


 驚くほど軽い身体。

 私はこの身体に、今夜どれほどの重荷を背負わせたのか。


 彼女を抱いて通り抜けた本殿は、思ったよりずっと狭かった。



 序章 ――猫が頑張る話――  了

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