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喫茶店に悪魔と秘密基地を  作者: 夜ノ烏
序章 猫が頑張る話

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2/7

おとぎ話 前編

 ――あちしは、死ぬのかもしれないな。


 人気の途絶えた午前二時。

 旧市街は一日を終え、静かに眠りについている。


 その中ほどにある、古びた喫茶店の前に。

 夜空を見上げ、猫――知の輪はぼんやりと佇んでいた ――あちしは、死ぬのかもしれないな。


 人気の途絶えた午前二時。

 旧市街は一日を終え、静かに眠りについている。


 その中ほどにある、古びた喫茶店の前に。

 夜空を見上げて猫――知の輪はぼんやりと佇んでいた。


 それは彼女の主、賽の神に頼まれたお使いの為だ。


『箱を開けてきてほしい。パンドラの箱を』


『にゃ~……それ、開けちゃいけないやつじゃ』


『そう。開けてはいけない災厄の箱だ』


『やっぱり。駄目じゃないですか』


『それでも必要なんだ。底にある希望が』


 パンドラの箱――あらゆる災厄を内包した破滅の箱。

 開ければ災厄があふれだし、最後に希望が残るという逸話。


 その希望が必要だと神は言う。

 だが、それは災いとセットで。順番も希望が後だ。


 だからきっと。

 箱を開ければ、何か酷いことが起こるんだろう。


 神様はそれを知っている。


 それが、全能を奪われた神様に残された、唯一の力だから。

 ――星を詠むこと。運命を視る能力。


 つまり未来予測だ。

 神様のそれは、予知ではないので変動する。


 変えられる未来を視るという、全能とは程遠い不完全な力。


 とはいえ、変える為に必要な努力は尋常じゃない。

 ほんの一つボタンを掛け違えても、すぐ戻される。


 ボタンをちぎる、シャツを変える程度ではダメだ。

 世界からシャツの存在を、無くすくらいやらないと意味がない。


(いや、それはさすがに言いすぎかにゃ)


 でもそのくらい、大変な事なのだ。

 そして、そんな未来の視える神様は。


 あちしに――その後の指示をしなかった。


 だからそういうことなんだろう。

 お願いされたということは、少なくとも。


 あちしは、『箱を開けることまで』はできるらしい。

 正しくは開けるのではなく、箱の封印を解くだけだ。


「まあ実際……無事に帰れる気はしないにゃあ」


 ため息と一緒に肩を落とし、目の前の店に視線を向ける。


 ――喫茶店『Prudence』


 表向きは古びたただの喫茶店。

 その地下には、秘密組織の基地がある。


 あちしが目指す箱は、当然その秘密基地の中にあるんだろう。


「にゃ~……別に有象無象なら、いいんだけど」


 再び大きくため息を吐く。全くもって気乗りしない。

 誰が好き好んで、オカルト専門の世界機関と喧嘩するのか。


『気をつけなさい。あの場所には”彼”がいる』


 嘘かホントか。

 宝箱は神殺しの逸話を持つ、老人が守っているらしい。


「やれやれ……ぼちぼち行きますかにゃ」


 ここにいてもしょうがない。

 ぼーっとするのはもう、百年で飽きたのだ。


 音も立てず、喫茶店の中へ潜入する。

 隠密行動なんて慣れたもの。


 でも実際は、潜入という表現も大げさだった。

 なぜって基地は稼働していないのだ。


 中に誰か詰めているわけでもなく。

 この基地を管理しているのは、喫茶店の主一人。


 あくまで有事の際にしか使われない場所らしい。


 すぐに隠し扉にたどり着く。

 普通の鍵と、強めの結界。


 どちらもあちしにとっては飾りでしかない代物だ。


 扉を開けて、長い真っ暗な階段を降りていく。

 降りきった先で、大きな電子扉にぶつかった。


「にゃんて面倒。これだから近代文明は」


 鍵穴はおろか、ドアノブさえないただの壁。

 横の端末で認証しないと入れない。


 流石に強力な結界もある。

 それ自体はともかく、物理的に分厚い扉は困った。


「やだにゃあ。これ、いじるとバレるよね~」


 しばし端末とにらめっこ。


「どのみち時間かけてもバレるか」


 決断して端末に手を添える。


 呼吸を整え目を閉じて。

 静かに。焚火をくべるように。


 身体の奥底で、じんわりと火を育てるイメージ。

 そうして手のひらに、炎を導いていくように。


 ――『天耳通てんにつう


『CODE001746。声紋アクセス【マスター】認証されました』


 一般的に知られる六つの神通力の一つ。


 天耳通は、遠くの音やあらゆる言語、思考などを聞き取ることができる力だ。


 それを応用して端末に残る過去を再生。

 音声を復元して認証を突破する。


 闇が二つに割れて、扉が開いた。

 いまの異変は店の主に伝わるだろうか。


(ここからは――時間との勝負かにゃ)


 中に入ると、その光景に圧倒された。


「おー……すごく秘密基地っぽい」


 四十畳はありそうな、薄暗くて広い部屋。

 照明ではなく機械的な青い光に満ちている。

 

 並んだテーブルと、据えられた無数のコンピューター。

 前面の壁一面に、巨大なモニターが設置されていた。


 映っているのはこの町――御咲町みさきちょうだ。

 画角的に監視カメラっぽい?


 なんかこう、わくわくして尻尾が揺れる。

 ロマンあふれる光景だった。


 けれど……。

 部屋を見渡しても、箱は見当たらなかった。


「え~……そんなことある~?」


 げんなりと肩を落とし脱力する。


 でも基地には他に部屋なんてなかったのだ。

 見逃しようもない。


「不味い。すっごく不味いにゃ」


 ここにはないのかもしれない。

 でも上には、店の主がいる。


 ――神殺しの老人が。


 危険度は段違いだ。

 文字通り命を懸けることになる。


(……迷ってる暇はないか)


 諦めて瞳に力を込める。


 ――『天眼通てんげんつう


 肉眼では見えない、あらゆるものを見る力。

 壁の一部に、術式で隠されたドアがあった。


 その奥に赤い宝箱がある。

 間違いない。見た目にもそれとわかる災厄の色。


(最初からやればよかった……でもそこそこ疲れるし)


 最悪の事態を考えると、わずかでも温存したい。


 ひきつづき神通力で、ドアをこじ開ける。

 宝箱の封印はシンプルな茨の魔術だった。


「んにゃ? これお姫の母上か」


 懐かしい魔力の気配。

 いまは亡き友人の施した封印だったらしい。


「ごめんね。破っちゃうけど許してね」


 茨が解かれる。やることは終わった。

 後は速やかに部屋から出て、急いで脱出しなければ――。


「やれやれだ。儂も寄る年波には勝てんか」


 部屋を出ると、しわがれた声に迎えられた。

 どうも隠密が得意なのは、あちしだけじゃなかったみたい。


 ――最悪だった。


 それは彼女の主、賽の神に頼まれたお使いの為だ。


『箱を開けてきてほしい。パンドラの箱を』


『にゃ~……それ、開けちゃいけないやつじゃ』


『そう。開けてはいけない災厄の箱だ』


『やっぱり。駄目じゃないですか』


『それでも必要なんだ。底にある希望が』


 パンドラの箱――あらゆる災厄を内包した破滅の箱。

 開ければ災厄があふれだし、最後に希望が残るという逸話。


 その希望が必要だと神は言う。

 だが、それは災いとセットで。順番も希望が後だ。


 だからきっと。

 箱を開ければ、何か酷いことが起こるんだろう。


 神様はそれを知っている。


 それが、全能を奪われた神様に残された、唯一の力だから。

 ――星を詠むこと。運命を視る能力。


 つまり未来予測だ。

 神様のそれは、予知ではないので変動する。


 変えられる未来を視るという、全能とは程遠い不完全な力。


 とはいえ、変える為に必要な努力は尋常じゃない。

 ほんの一つボタンを掛け違えても、すぐ戻される。


 ボタンをちぎる、シャツを変える程度ではダメだ。

 世界からシャツの存在を、無くすくらいやらないと意味がない。


(いや、それはさすがに言いすぎかにゃ)


 でもそのくらい、大変な事なのだ。

 そして、そんな未来の視える神様は。


 あちしに――その後の指示をしなかった。


 だからそういうことなんだろう。

 お願いされたということは、少なくとも。


 あちしは、『箱を開けることまで』はできるらしい。

 正しくは開けるのではなく、箱の封印を解くだけだ。


「まあ実際……無事に帰れる気はしないにゃあ」


 ため息と一緒に肩を落とし、目の前の店に視線を向ける。


 ――喫茶店『Prudence』


 表向きは古びたただの喫茶店。

 その地下には、秘密組織の基地がある。


 知の輪が目指す箱は、当然その秘密基地の中にあるんだろう。


「にゃ~……別に有象無象なら、いいんだけど」


 再び大きくため息を吐く。全くもって気乗りしない。

 誰が好き好んで、オカルト専門の世界機関と喧嘩するのか。


『気をつけなさい。あの場所には”彼”がいる』


 嘘かホントか。

 宝箱は神殺しの逸話を持つ、老人が守っているらしい。


「やれやれ……ぼちぼち行きますかにゃ」


 ここにいてもしょうがない。

 ぼーっとするのはもう、百年で飽きたのだ。


 音も立てず、喫茶店の中へ潜入する。

 隠密行動なんて慣れたもの。


 でも実際は、潜入という表現も大げさだった。

 なぜって基地は稼働していないのだ。


 中に誰か詰めているわけでもなく。

 この基地を管理しているのは、喫茶店の主一人。


 あくまで有事の際にしか使われない場所らしい。


 すぐに隠し扉にたどり着く。

 普通の鍵と、強めの結界。


 どちらもあちしにとっては飾りでしかない代物だ。


 扉を開けて、長い真っ暗な階段を降りていく。

 降りきった先で、大きな電子扉にぶつかった。


「にゃんて面倒。これだから近代文明は」


 鍵穴はおろか、ドアノブさえないただの壁。

 横の端末で認証しないと入れない。


 流石に強力な結界もある。

 それ自体はともかく、物理的に分厚い扉は困った。


「やだにゃあ。これ、いじるとバレるよね~」


 しばし端末とにらめっこ。


「どのみち時間かけてもバレるか」


 決断して端末に手を添える。


 ――『天耳通てんにつう


『CODE001746。声紋アクセス【マスター】認証されました』


 一般的に知られる六つの神通力の一つ。


 天耳通は、遠くの音やあらゆる言語、思考などを聞き取ることができる力だ。


 それを応用して端末に残る過去を再生。

 音声を復元して認証を突破する。


 闇が二つに割れて、扉が開いた。

 いまの異変は店の主に伝わるだろうか。


(ここからは――時間との勝負かにゃ)


 中に入ると、その光景に圧倒された。


「おー……すごく秘密基地っぽい」


 四十畳はありそうな、薄暗くて広い部屋。

 照明ではなく機械的な青い光に満ちている。

 

 並んだテーブルと、据えられた無数のコンピューター。

 前面の壁一面に、巨大なモニターが設置されていた。


 映っているのはこの町――御咲町みさきちょうだ。

 画角的に監視カメラっぽい?


 なんかこう、わくわくして尻尾が揺れる。

 ロマンあふれる光景だった。


 けれど……。

 部屋を見渡しても、箱は見当たらなかった。


「え~……そんなことある~?」


 げんなりと肩を落とし脱力する。


 でも基地は一部屋だけしかなかったのだ。

 見逃しようもない。


「不味い。すっごく不味いにゃ」


 ここにはないのかもしれない。

 でも上には、店の主がいる。


 ――神殺しの老人が。


 危険度は段違いだ。

 文字通り命を懸けることになる。


(……迷ってる暇はないか)


 ――『天眼通てんげんつう


 肉眼では見えない、あらゆるものを見る力だ。

 壁の一部に、術式で隠されたドアがあった。


 その奥に赤い宝箱がある。

 間違いない。見た目にもそれとわかる災厄の色。


(最初からやればよかった……でもそこそこ疲れるし)


 最悪の事態を考えると、わずかでも温存したい。


 ひきつづき神通力で、ドアをこじ開ける。

 宝箱の封印はシンプルな茨の魔術だった。


「んにゃ? これお姫の母上か」


 懐かしい魔力の気配。

 いまは亡き友人の施した封印だったらしい。


「ごめんね。破っちゃうけど許してね」


 茨が解かれる。やることは終わった。

 後は速やかに部屋から出て、急いで脱出しなければ――。


「やれやれだ。儂も寄る年波には勝てんか」


 部屋を出ると、しわがれた声に迎えられた。

 どうも隠密が得意なのは、あちしだけじゃなかったみたい。


 ――最悪だった。


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