―第9話「灰の従者」―
――“祓”の塔、崩壊。
紅の炎に包まれた塔が、夜の空に沈んでゆく。
瓦礫の中で、アカツキは動けなかった。
「サクラ……」
戦いの果て。
妹は、“自分”の刃に抱かれるように倒れた――はずだった。
だがその身体は、もう“サクラ”ではなかった。
灰の従者は、彼女の精神を喰らい、“器”として奪ったのだ。
「鬼でも人でもない、“神”としての存在をこの世に――」
そう言い残し、仮面の男は崩れゆく空間の彼方へと消えた。
アカツキは動けず、ただ、空っぽの空を見上げていた。
◇ ◇ ◇
気づけば――そこは、白い世界だった。
どこまでも白く、音も、風も、痛みもない。
死後の世界だろうか。あるいは、夢の中か。
「よう、俺」
声がした。
振り返ると、そこには――かつての「蓮」が立っていた。
黒髪、黒衣。
鬼狩り時代の姿そのままの“自分”。
「お前は……」
「俺はお前さ。忘れちまった“人間だったころの記憶”だ」
蓮はゆっくりと歩き、アカツキの隣に立つ。
「サクラを救いたいなら、まだ方法はある」
アカツキの目が揺れる。
「……どうすれば……?」
「“鬼神の核”は、もともとお前の中にあった。
それを分け与えて、お前は鬼になった。
ならば――それを取り戻すんだ」
「……代償は?」
蓮は、静かに笑う。
「“完全に鬼になる”ってことさ。二度と、人に戻れなくなる。
でも、サクラは救える。あの男を焼き尽くすだけの力も手に入る」
「選べよ、俺」
「妹か、人間の心か」
アカツキは、しばらく沈黙した。
だがその目は、すぐに燃えるように紅く染まり――
「俺はもう、“鬼であること”を悔いてない。
失ったものが、鬼になってでも取り戻せるなら――」
――構わない。
その言葉とともに、世界に紅蓮の炎が咲く。
白い空間が砕け、現実世界へと“還る”道が開かれた。
「ありがとう、“俺”……」
かつての自分が、静かに手を振った。
「行ってこい、アカツキ。
今度は、必ず守れ――“すべて”を」
◇ ◇ ◇
灰の従者は、黒い空に立っていた。
祓の残党、鬼たちの残骸、塔の瓦礫――すべてを背に。
その隣には、サクラの身体が静かに浮かんでいる。
意識はもうなく、ただ器としての役割を果たすのみ。
「さあ、“神誕の儀”を始めよう」
「この世界の終わりは、美しい灰に包まれる」
だが、そのとき――
紅の閃光が空を裂いた。
「……なに?」
炎。
いや、それは、もはや「炎」と呼べるものではなかった。
魂そのものを焼き尽くす、“赫炎”だった。
その中心から、黒髪の女――鬼姫アカツキが現れる。
以前とは違う。
その姿は、完全な“鬼神”と化していた。
角は鋭く伸び、背には紅の翼。
その瞳には、一切の迷いも、涙もない。
ただ――静かに、呟く。
「返してもらう。俺の妹を――」
灰の従者の周囲が一瞬で燃え上がる。
その業火には、“祓”の結界さえ抗えなかった。
「終わりだ、“灰”の男」
「今度こそ、俺がこの手で――すべてを終わらせる」
――紅蓮の炎が、再び夜を裂く。