―第8話「血の絆、焔の罰」―
――燃える塔の最上階。天井が抜け、夜空が見える。
紅い月が、地上を睥睨していた。
その光の下、アカツキとサクラが向かい合う。
空気が異様に重い。
両者の間に、一歩すら踏み込めぬ緊張が張り詰めていた。
「……本当に……サクラなのか?」
アカツキが低くつぶやく。
白い髪を風に揺らす少女は、かすかに首をかしげる。
「貴女は、覚えていないのですね……?
あの日、わたしが“祓”に連れていかれたことを」
その言葉に、アカツキの目が揺れる。
記憶の中の小さな影――幼きサクラ。
まだ何も知らず、兄の背中だけを追っていたはずの少女。
「……守れなかった」
アカツキの手が、震えた。
「お前を……祓の“供物”にされたことすら、気づけなかった……!」
「だから私は祈ったの。
ずっと、ずっと貴女を殺す日が来るように」
「そのために――鬼神の“核”をその身に宿したのです」
サクラの瞳が、真紅に染まる。
地を割るような圧が塔全体にかかり、
まるで世界が彼女一人を中心に“傾いた”ようにすら感じた。
「来て、アカツキ姉さま」
「“あの日、私を見捨てた貴女”を、この手で終わらせるの」
刹那、爆音とともにサクラの黒き翼が展開され、
その身体が鬼姫に向かって突進した――!
◇ ◇ ◇
刃と刃が交わるたび、空気が悲鳴を上げる。
炎と闇がぶつかるたび、空間が歪む。
アカツキの紅蓮は、サクラの虚無に喰われ、
サクラの黒雷は、アカツキの怒りで弾かれる。
「あなたの刃には、“迷い”がある」
「そんなものでは、私を殺せません……姉さま」
――迷い。
確かに、アカツキの心にはあった。
サクラを斬るなど、できるはずがない。
だがこのままでは……彼女は、完全な鬼神として“堕ちて”しまう。
「ならば……この罪ごと、俺が終わらせる!」
アカツキは叫びとともに、全身に炎を纏う。
紅蓮の業火が一気に爆ぜ、塔の空を焦がす。
その技の名は――
「焔鎖葬・終ノ型」
紅の焔がサクラを包む。
だが――
「遅いのよ、姉さま……」
サクラがその腕を広げた瞬間、彼女の背から“もう一対の翼”が開く。
白と黒の混じった、異形の羽。
そして、その背後に――
“第三の影”が現れた。
◇ ◇ ◇
「よくやったよ、サクラ」
その声は、塔の天井――裂けた空の中から聞こえた。
姿を現したのは、祓の長官でも鬼でもない。
灰衣を纏う者。顔を仮面で覆い、存在すら曖昧な男。
「……“灰の従者”……!」
イザナが奥で叫ぶ。
アカツキの目が細まる。
「お前が……この“儀式”の本当の黒幕か」
仮面の男は、サクラの頭を優しく撫でながら言う。
「君の妹は素晴らしいよ。
兄を憎みながらも、どこまでも慕っていた。
だから、鬼と人――両方の“核”に適合できた」
「そしていま、彼女は“新たな神”になる」
「すべての鬼も、人も、私たち《灰》が管理する世界のために」
アカツキが静かに剣を構え直す。
その目に、もはや迷いはなかった。
「ならば――俺は、この手でその幻想を焼き払う」
「サクラを救い、過去と決別する。そのために、鬼になった」
紅の刃が再び、妹へと向かって振り下ろされる。
そこにあるのは、贖罪でも憎しみでもない。
――愛だった。
◆
この夜、塔は崩れ、都に紅の光が降った。
鬼姫アカツキは、かつての家族を、そして自らの罪を斬るために――
終わりなき夜に、ただ一筋の焔を灯す。