―第6話「黒と白の約定(やくじょう)」―
蓮=アカツキの覚醒から三日後。
都の北――霧に包まれた廃れた神殿に、かつての“鬼の長”たちが集まっていた。
その中央、玉座に腰を下ろすのは蓮。
否、“紅蓮の鬼姫”。
「まさか本当に蘇るとはな……」
「百年前に封じられたはずの《裁きの姫》が」
「この世の終わりか、あるいは――始まりか」
集まった鬼たちは、畏れと欲望の眼で彼女を見つめていた。
だが、アカツキは視線を上げることなく、ただ静かに告げる。
「世界を変える。鬼も人も、等しく――裁かれるべきだ」
その言葉に、どよめきが走る。
一部の古鬼たちは反発し、一部は崇拝し、残りは沈黙した。
そして、その場にもう一つの影が現れる。
「黙って聞いていられないわね」
――イザナ。黒衣の鬼狩り。
単身、鬼の聖域に乗り込んだその姿に、場の空気が張り詰める。
「イザナ……貴様、命が惜しくないのか」
「祓の犬が、何をしに来た」
幾人かの鬼が飛びかかろうとするのを、アカツキが手を上げて制した。
「その者は、私の客だ。手を出すな」
イザナは一歩、二歩とアカツキへ近づく。
その眼には、怒りでも憎しみでもなく――哀しみが宿っていた。
「蓮……あんた、本当に“あいつ”になってしまったのね」
「鬼姫アカツキの意識に、完全に“飲み込まれた”」
アカツキはしばらく黙っていたが、ぽつりとつぶやいた。
「違う。“取り戻した”んだ。自分の一部を」
イザナの瞳が揺れる。
かつて、蓮と共に刃を交え、背中を預け、祓として生きた日々。
そして、“祓の禁忌”に触れた彼女自身の過去――
「……あたしはね、蓮。
あんたに救ってほしかったの。
祓に囚われて、殺されかけた“私の弟”を――
だけど、あんたは……祓の命令に従って、彼を斬った」
その瞬間、場の空気が凍りついた。
「私が鬼に堕ちたのは、あの日よ。
人を守るふりをして、弱き者を斬るこの世界に絶望した」
イザナの右腕が、黒く変質する。
それは鬼化の兆候――抑えられた“呪い”が、ついに姿を現した証。
「……私は、ずっとあんたを憎んでた」
「でも、それと同じくらい――あんたに救われたかった」
アカツキは静かに立ち上がる。
「イザナ。お前は、俺が知ってる“最後の人間”だ」
二人の間にあるのは、復讐でも殺意でもない。
――贖罪と赦し。
――そして、残酷なまでに正直な“矛盾”。
「鬼でも、人でもないお前にしかできない役割がある」
「俺と共に来い。世界を変える手伝いをしろ」
イザナの手がわずかに震え、そして、
その手は――アカツキの差し出した掌に重なった。
――その瞬間、空が割れた。
都の中心、祓の大本営に立つ塔が、黒い雷に包まれる。
「……来たか」
「祓の“総本山”が、動いた」
鬼姫アカツキと、かつての鬼狩りイザナ。
交わるはずのなかった二つの刃が、今、同じ方向を向く。
世界の核心に向けて――
“鬼と人、どちらでもない者たち”による反逆が、ついに始まった。