―第5話「灼き払え、この腐敗を」―
夜の都。
中央にそびえる“祓本部”の楼閣、その屋上。
イザナは風の中に立っていた。
背後から、気配。
だが振り返らずとも分かる。
「……あんたが来るのは、予想できたわ」
そこにいたのは、黒い法衣をまとい、銀の仮面をつけた人物――
「“上導タケル”。鬼狩りの最高執行者」
「イザナ、君はもうこの組織に忠誠を誓っていないのでは?」
その言葉に、イザナは微笑を浮かべる。
「忠誠なんて最初からないわ。
私はただ、“あいつを斬るためだけに”祓にいただけよ」
「そうか……ならば忠告しておく。
鬼姫は、祓が百年もの時をかけて仕込んだ“戦略兵器”だ。
それを逃したことの意味――君は理解していない」
「いいえ。わかってる。
でも私は、“蓮”の剣を知ってる。
だからこそ、今度は――あの鬼を、守りたいと思ったの」
一方その頃――
祓の支部がひとつ、音もなく燃え落ちていた。
炎ではない。鬼姫の“紅蓮ノ刃”による、一閃。
支部の地下に拘束されていた異端の鬼たち。
人間に害を成さぬ存在でありながら、祓によって「素材」として扱われていた者たちが、蓮の手によって解放される。
「……俺が斬ってきたものは、本当に“悪”だったのか」
答える者はいない。
そこに響いたのは、一人の少女の声。
「蓮、ではなく――“アカツキ”。貴女は、ここに戻ってきたのね」
振り返ると、そこに立っていたのは、一人の鬼。
だが、その姿には人間的なぬくもりと、懐かしさがあった。
「……お前は……?」
「“ツバキ”よ。かつて貴女が愛した者」
記憶の底から、炎のような情景が蘇る。
アカツキだった頃の自分――
鬼でも人でもなかったあの時代に、唯一心を通わせた“鬼姫の伴侶”。
■「私たちは、再び出逢う。血と炎の輪廻を越えて」
■「この歪んだ世界に、終止符を打つために」
「貴女が完全に“目覚めた”今、もう逃げることはできない。
鬼姫は、この世の“裁き”そのものとなる」
ツバキの手のひらに、紋章のような痣が浮かぶ。
それは鬼姫と対になる存在――
“白夜の鬼帝”。
かつてアカツキと共に、鬼と人の共存を目指し、そして裏切られたもう一つの魂。
「蓮――いや、“アカツキ”。
目を覚ませ。この世界に、もう正義など残ってはいない」
そして、ツバキは蓮の前にひざまずく。
「今こそ、あなたが“最後の裁き”を下す時。
鬼も人も、祓も――すべてを焼き尽くす、炎の刃として」
蓮は黙って空を見上げた。
満月が浮かぶ、その先に――
彼がかつて守ろうとした“人の国”が、静かに闇に沈もうとしていた。
「わかった。
俺は……この世界に刃を振るう」
それは、かつて鬼狩りだった少年の、
最初で最後の“宣戦布告”だった。