―第4話「虚ろの記憶と扉の向こう」―
導かれるようにして、蓮は“ヨミ”と名乗る男の後を歩いた。
森を越え、谷を抜けた先にあったのは、
巨大な朱塗りの鳥居。朽ちた祠。
そして、その奥に、半ば埋もれるように口を開けた古の石門――
「……これは?」
「“禁域”――人間も鬼も、決して立ち入ることを許されぬ、世界のはざま」
ヨミはそう言い、懐から小さな勾玉を取り出した。
それが石門の前にかざされると、
まるで時の流れそのものが歪んだかのように、空間が“裂けた”。
――ゴォォ……ッ。
門が、開いた。
その瞬間。
蓮の中で、何かが“目覚めた”。
■「……来たな、アカツキ」
■「ようやく、“私”を思い出すか」
胸の奥から響く、声。
それは蓮ではない――もう一つの意識、《鬼姫アカツキ》そのもの。
「……お前は、俺の中にいるのか」
「私はお前。“お前であって、お前でない者”」
「私たちは同じ身体を共有する、記憶の器」
そして、扉の向こう。
そこには、“アカツキ”の記憶そのものが渦巻いていた。
――百年前の都。
鬼も人もまだ明確に隔てられておらず、
人の中に“異能”が目覚め始めた黎明の時代。
アカツキは、その時代に生まれた特異な存在だった。
“人間でありながら、鬼よりも深い力を持つ”――
忌まわしき“混種”の血。
神にも人にも鬼にもなれぬその存在は、
すべての世界から恐れられ、封じられ、そして“処刑”された。
だが――
処刑の瞬間、アカツキは自らの魂を「後の器」へ託した。
「次に目覚めるのは、“最も鬼を憎む者”」
「その者の肉体こそ、完全な憎しみと力を宿すにふさわしい」――
「……つまり、俺は“選ばれた”わけじゃない。
憎しみによって、“呼ばれた”ってことか」
「そう。
お前の刃が、誰よりも“純粋な憎悪”だったから」
蓮の手が、わずかに震える。
その瞬間、視界が反転する。
彼の前に現れたのは、無数の屍。
かつて斬った鬼たち。
救えなかった人々。
そして――
裏切りに手を染めた、鬼狩りの“同志”たち。
――自分は、正義の刃だったはずだ。
だがその刃は、いつしか、何を守るためのものだったかもわからないほど、
ただ“斬る”ためだけに振るわれていた。
「俺は……鬼よりも、醜いかもしれないな」
「それでも、私たちは“選んだ”。
この世の真実を知り、“何者か”になることを」
石門の奥。
そこには、巨大な“鏡”があった。
そこに映るのは、鬼でも人間でもない、自らの“本性”。
――紅蓮の瞳、
――血のように艶やかな髪、
――背にうごめく影の羽。
――そして、手にした一本の黒き刀。
「これは……」
「“鬼姫アカツキ”の本当の姿。
今のあなたが、その力を完全に受け継ぐ準備ができたという証」
その瞬間、鏡の中の“鬼姫”と、蓮の姿が重なった。
灼けつくような疼きと共に、
蓮の身体から紅い炎が立ちのぼる。
「……これが、俺の“本当の姿”か」
だが――
「まだだ。“これだけ”じゃ終わらない」
その瞳に宿るのは、
ただ力を得た鬼のそれではない。
復讐に呑まれた男のそれでもない。
――自らを鬼にした、この世界の構造そのものに、刃を向ける覚悟。
「祓も、鬼も、どちらも“腐ってる”。
なら、俺が――この歪んだ世界を、斬る」
鬼として目覚めた“蓮=アカツキ”が、
ついにその第一歩を踏み出した。