―第2話「狩る者たち」―
夜の森を、紅い炎が照らしていた。
風は重く、空気は鉄のように濁っている。
あれから数日――“鬼姫”として目覚めた蓮(今は名を捨てていた)は、仲間と呼ばれる鬼たちと共に、深山の奥へと身を潜めていた。
「姫様、お食事の時間にございます」
と、例の仮面の鬼が丁寧に膳を運ぶ。
「……食わねえ。鬼が何を喰ってるかくらい、知ってる」
「それでも、血の渇きは来ます。やがて、耐えられなくなる……」
「黙れ」
膳を払いのける。
喉の奥が焼けるように渇く。だが、彼女は己の欲望に抗っていた。
――まだ、完全には鬼になっていない。
そう信じていた。
いや、信じなければ、崩れてしまう。
そのときだった。
森の奥から、風とは違う“殺気”が吹き込んだ。
「……来たか」
蓮はゆっくりと立ち上がる。
衣は深紅の着物に変わり、左腰には刀がある。かつての自分のように。
だが、刃はもう――“誰かを救うため”のものではない。
――ザッ。
「鬼反応、前方一〇〇。範囲内に二体」
木々の間に現れたのは、黒装束の男と女。
額に『祓』の印。背には、鬼狩りの証・“銀閃刃”を背負っていた。
「……あんたたち……」
見知った顔だった。
「如月蓮。あなたが……生きていたとは、ね」
そう言った女――名前はイザナ。
かつて蓮の右腕として共に戦った、仲間の一人。
「その身体……鬼に転生したのか。それとも、“堕ちた”のか?」
イザナの目に、同情はなかった。
そこにあったのは、冷酷な任務執行者の目。
「ならば――斬るだけ」
――ヒュンッ!
鋭い斬撃が、闇を裂いた。
蓮は素早く後退し、左手で刀を抜く。
その動作は、まるでかつての自分そのもの。
「いい目だな、イザナ……まるであの頃のままだ」
「でも、俺はもう“あの頃”には戻れない」
「黙りなさい、“鬼”」
イザナの言葉に、蓮の中で何かがはじけた。
――“鬼”って、そういう言い方をするんだな、お前も。
かつて肩を並べて戦った仲間が、
今は、敵として自分を見ている。
「悲しいな、イザナ」
蓮は刀を構えた。
瞳の奥が、燃えるように赤く染まる。
「……でも、俺ももう……人間じゃない」
――ギィィン!!
二つの刃が、夜の森に火花を散らした。
人間と鬼。
かつての仲間と、今の自分。
すべてが、交差する戦場で――
“鬼姫”としての物語が、静かに動き出す。