―第一話「紅き目覚め」―
血の匂いが、鼻を突いた。
焼け焦げた木材、倒れ伏した鬼の骸。
その中心に、ひとりの剣士が立っていた。
――如月 蓮。
鬼狩りとして名を馳せた若き剣士。
その目は冷たく、だが確かな信念と憎しみを宿していた。
「これで……終わりだ、鬼共……!」
最後の鬼を斬り伏せたその瞬間――
背後から、鋭い閃光が彼の胸を貫いた。
「……ッが……!?」
仲間の名を呼ぶ暇もなく、視界は真紅に染まり、音は遠のいた。
――ああ、これが俺の最期か。
意識が闇に沈む、その刹那。
蓮は、己の剣が握られている感覚を、確かに失っていた。
* * *
「……お目覚めですか、“お姫様”?」
どこか艶めいた声が、耳元で囁く。
肌に触れる風はひどく柔らかく、何かがふわりと揺れる感覚。
ゆっくりと目を開ける。
見知らぬ天井。薄暗い洞窟のような空間。
だがそれよりも――
「……なんだ、これ……?」
自分の身体が、明らかに“女”のものになっていることに、すぐに気づく。
細く、しなやかな指。
真紅に染まる長い髪が、胸元へ流れている。
柔らかな肌、そして――鬼の証たる、紅蓮の瞳。
「ウソだろ……俺は……死んだはず……鬼狩りとして……!」
「ですが、今は立派な“鬼”でございますよ。我が姫君」
声の主――それは仮面をかぶった小柄な鬼だった。
その仮面の奥の視線が、こちらを尊敬と畏怖の混じった眼差しで見つめている。
「貴女こそ、百年ぶりに目覚めた“鬼姫の器”にございます。
どうか、我ら《紅鬼一党》の希望となり、我らを導き給え――」
「……冗談じゃねえ……!」
怒鳴ろうとした声は、女の声だった。
凛として、艶めいていて、それがまた、今の自分の変貌を突きつける。
蓮――いや、かつて蓮だった存在は、震える指で鏡を手に取る。
そこには、美しき鬼の女がいた。
赤い瞳、血のように赤い唇。
だが、目だけは……あの頃の剣士のままだ。
――おれが……鬼に……
しかも……女になってる……だと……?
記憶の奥底に浮かぶのは、あの夜――
仲間の裏切り、刺された衝撃。そして、断ち切れぬ憎悪。
「ふざけるなよ……!」
その瞬間、彼女の背から黒炎が噴き上がった。
鬼の本能が、覚醒する。
だが、その中には確かに、剣士としての“意思”が生きていた。
――これは復讐ではない。
これは、生まれ変わった“私”自身の戦いだ。
「……いいだろう。望むなら導いてやる」
「だが覚えておけ……」
鬼姫は、ゆっくりと紅い瞳で仮面の鬼たちを睨みつける。
「私は“人間だった鬼狩り”だ。
この身が鬼であろうと――俺の刃は、正義のために振るわれる」
闇に咲く、紅の華。
鬼として生きることを選んだ“元・人間”の戦いが、今、始まる。