8.既視感と羽ばたく大鷲
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「真っ白?」
呟きがどうやら目の前の彼女にも聞こえてしまったようだ。首をかしげる彼女だったが、ロクロはそれどころではなかった。フード下の、その風貌は見覚えがありすぎたから。次にうまく言葉を紡ぎたくとも、口が上手く動かない。
それを察したのか、ザイアが前に出て少女の前にかがみこむ。
「珍しい白い髪に吃驚しただけだよ、この兄ちゃんは。悪いな」
「……珍しい?」
胸元にまで伸びたツインテールを両手で掴みながら、少女はザイアの方を見る。ザイアはなるべく怖がらせないように注意しながら、微笑む――前に自分の娘に笑みが怖いと言われてしまったから。
「まあ、珍しいといやあ珍しいな。白髪のイメージは老人とかだし」
「…………そっか」
少し考えるそぶりを見せる少女。見た目からしてパーティーの参加者の子供だろうか、と思ったが少なくともパーティー会場の入口から離れている場所だ。そんな所にわざわざ迷い込むだろうか。
大ホール外の受付スペースが広いとしても、客専用の出入り口は限られている。
「あ。そういえば、ここってどこ?」
そこで少女が思い出したように聞いてくる。フードに隠れていたが、少女の双眸がちらりと見えた――血のように真っ赤な双眸が。アルビノだろうかと疑うほどだ。
「あー……そうだな。ここは、48階だな。今からパーティーするんだよ」
「パーティー」
「そ。んでお嬢ちゃん、お名前言えるかい? それかパパやママの名前でもいいんだけど」
「エル。エルはエルだよ。おじさんは?」
「確かに名乗ってなかったな。警備員のザイアだ」
ザイアが少し柔らかい表情で、少女と話している。元々妻帯者で娘がいた彼にとって、子供の扱いは慣れているものなのだろう。彼に任せっきりで悪い、と思いながらも今の心境で上手く話せるとはロクロも思っていない。
あまりにも目の前の少女は、いなくなった時の自分の妹にそっくりなのだ。
本物の妹じゃないとしても――あまりにも。
(彼女はいったいどこから……)
「お兄さんは?」
「えっ」
いつの間にかエルと名乗った少女が上目遣いでロクロを見つめている。少女の双眸に浮かんでいる好奇心と、そして何かを値踏みするような意志。ズレていくようなそんな感覚を味わったが、名乗らないわけにもいかないだろう――上司が答えているのだから。
「ロクロ、だよ……」
「そっか。ザイアおじさんと、ロクロお兄ちゃんだね。覚えた!」
エルがにこやかに微笑みながらぺこりと礼をする。
「んで、結局エルちゃんはパーティーのお客なのかい?」
「んー? そうと言えばそうなるのかな……?」
「曖昧だな……招待状とかは?」
「ん、紙ならあるよ」
そう言って、エルが紙を手渡す際にロクロは、ぎょっとした。彼女が手渡したのは、何も書かれていない真っ白な紙だ――何よりも、ザイアはそれを見て「確かにこれは……」と呟いている。
「ちょ、っと……!」
「ん? どうした?」
ロクロがそれを止めようとした時、一瞬の間に感じたイメージ。それは自分自身が何かに貫かれて死んだイメージ。それが脳内に広がり、恐怖で息を止めてしまっていた――と言ってもそれは一瞬だ。瞬きをする時間。
だがその間でそのイメージが数百回濃縮されて感じていたとしたら。
「な、んでも、ないです」
「……お前ほんとに休んだ方が――」
「お兄ちゃん大丈夫?」
心配そうに見つめるエルを見て、ロクロは確信する――目の前の彼女があのイメージを見せたことに。
つまりそれを見せたという事は、言ってはいけないという脅迫だ。
目の前の少女に抱いた、既視感とは別の異常さ。
不意に逃げるように窓を見る――夜空が広がって、島が一望できる大きな窓。そこでロクロは、はっきりと今度は見た。
――白い大鷲を。
目立つように室内で羽ばたくその姿を。
『――どうやら、君は「視えて」いるらしい』
次回5/17 15:00投稿予定です。