7.出会いを告げる足音
筆が乗ったので早めに投稿。
「よーっす」
「よう、掃除屋。悪いな」
「ごめんね、アズマ」
「いいっていいって。仕事の料金は貰ってるし、追加あっても文句言わねえよ」
休憩時間も終わりに差し掛かり、2人は横になっている彼らをそう言えばどうしようかと思い出す。あくまでも自衛行動でこうなったとしても、ここに放置しては問題になってしまうからだ。あまり目立ちたくない分、どうするべきかと思った時だ。
友人であるアズマがパーティーに来ているという話を思い出し、掃除屋に依頼することを思いついたのだ。
連絡すれば丁度、パーティーが終わるまで待機中で暇だったのか即座に来きたアズマ。3日前に会った格好ではなく、仕事着の灰色のツナギを着た彼が眠っている2人を軽々と担ぎながら台車に載せていく。
「相変わらずの怪力だな」
「まーね。力仕事ばっかやらされてたし?」
素早い手際に感心するザイアと、褒められて悪い気がしないのか照れているアズマ。その2人の様子を見て、安堵しているロクロ。
「とりあえず、どっか目立たたないとこに放置頼むわ」
「りょーかい。後はやっとくから、仕事行っていいぞー」
「ありがとうね」
へらへらと手を振りながら、アズマに喫煙スペースの事は任せ、ザイアの後ろに付いていくロクロ。と、そこで何かを思い出したのか、アズマがロクロの肩を掴んで、耳打ちする。
「そういやロクロ、例の事なんだけど」
「! 何か見つかった?!」
「んー。出来る範囲で聞いてみたけど妹ちゃんの情報収穫なかったんだ」
その言葉に、一気に落胆してしまうロクロ。だがそれだけではないと言うようにアズマは続ける。
「でも、今度情報屋がロクロに会いたがってたみたいだし、行ってみるといいかもね」
「……ありがと、アズマ。次の休みに行ってみるよ」
「おう。ほら頑張って来いよ、お仕事」
そう言って今度こそ、背中を押して送り出すアズマに笑みを浮かべながら、ロクロはザイアに合流する。その二人の背中を見ながら、アズマは先ほどの彼の顔を思い出していた。
目の下にあった薄れた隈。自分たちと別れた後も、きっと無意識に探し続けて眠れていないのだろう――何より本人は、3人で集まったあの場所で何も言わなかったが、まだ悪夢を見ているはずだ。
溜息を吐きながら、アズマは目立たないように、台車を押しながらさっさと業者用エレベーターに乗って出ていこうと歩き出す。
「ままならないよなあ、人生。いい奴ほどなんで苦しまなきゃなんねーんだろ」
その言葉は、長く付き合ってきたからこそ、彼の努力と行動を知る友人としての本気の心配する声。
その時ふと、僅かに風を感じた――聞かれたか、とアズマは辺りを見渡すがそこには誰もおらず、音もない。首をかしげるが、そんな彼を一匹の鷲がじぃ、と見ていた。
「手がかり、あったのか?」
「えっ」
「アズマと話してただろ。妹さん関連で」
「……特に、なくて」
持ち場に戻る途中、ザイアから話しかけられ先程の事を思い出して少しだけ、ばれないように溜息を吐いた。それがどうやら察されてしまったようで、少し気まずく思ってしまう。
「やっぱ、受付変わってもらうか?」
「いえ、別に――」
「その方が、お前さん的にも都合が良かったんじゃねえの?」
びく、と図星を付かれたようにロクロの肩が跳ねる。そのままザイアが大きな溜息を吐いたかと思えば、やっぱりなと納得した言葉が彼の口から零れた。
「ロクロ。お前さん、あんまり寝てないな?」
「…………少なくとも今日は7時間寝ましたよ」
ロクロは目を逸らしながら答えたが、それは逆に言えば昨日以前はそうじゃないと言っているようなものである。ザイアは頭を掻きながら、彼になお向き合う。
「休みの時はきっちり休めって。焦る気持ちは分からないでもないが、それで倒れたらそれこそ本末転倒だ」
「……ッ、でもっ」
「俺らはお前の事情を分かってるけど、寝る間も惜しんで探し続けんのはバカのやることだよ」
「…………でも、それぐらいしなきゃ、マシロが」
「妹さんが心配なのは分かるけどな。俺としては気の合う同僚が倒れる方が心配だっつの」
そう言って、慰めるようにロクロの頭を撫でるザイア。
マシロというのは、7年前に行方不明になったロクロの妹だ。
7年前突然行方が分からなくなり、ロクロや彼らの両親は入念に彼女の行方を追っていたが、分からずじまいに終わったとザイアは聞いている。
その間に両親は心労が祟ったのか帰らぬ人となり、1人になったロクロはそれでも諦めず彼女を探し続け――それはこの島に来るきっかけを作った。
「ここにきて5年経ってるが、それでも諦めないお前さんは偉いよ」
「……ザイアさん」
ロクロ自体寝なかったわけではない――ただ、眠った後に見る夢が、見えない妹が出てくる夢が心身を追い詰めていた。諦めてしまえと、嘲笑うような言葉が呪いのように聞こえてくる。
それが耐え切れなくなって、目を覚ます。
「……分かってるんです。自分でも」
「ロクロ……」
「分かっていても、それでも無意識に思ってしまうんです。妹を」
かくれんぼが得意だった妹。
ずっと夢の中で姿を見せないのは――探してくれる兄を待っているから。
「…………気遣い、ほんとありがとうございます。でも今は仕事に集中しなきゃ――」
「警備員さん。ここってどこ?」
ザイアに感謝を告げようとした時だった。
鈴のように可愛らしい少女の声が割り込んできて、視線を移す。そこにはフードを深く被った白い髪の、10代ぐらいの少女がぽつん、と一人で立っていた。白いワンピースを揺らしながら、辺りを興味深そうに見渡している。
「……き、みは」
「人に流されちゃって、いつの間にかここにいたの」
パーカーから飛び出した長いアンダーツインテールが、ぴょこぴょこ動いて楽しげに見える。
だがそれ以上に目を引いたのは、フードで隠している少女の美貌だ。
陶磁人形のように美しい、その見た目は幼さと可憐さを併せ持つ完璧な顔立ちだ。だが逆に言えば完璧というのは、恐怖を感じるものでもある。
そんな彼女を見たロクロの第一印象は美しいでも、可愛らしいでもなく。
――既視感、そのものだった。
「…………マシロ?」
次回、5/16 20時投稿予定です。
15日は作者の職場の繁忙期のためお休みとさせていただきます。