27.天使と語る静かな時間
「…………ここ」
「目を覚ましたか?」
そう言って、羽ばたく音が聞こえた。ラツィの羽音だとすぐに理解し、ロクロは身体を起こす。頭を抱えながらぼんやりとした視界を鮮明にすれば、白い大鷲が傍にいたのだろう視界に入ってくる。
と同時にてとてとと、歩く音。そして幼い母音が聞こえた後に腹にタックルを食らった。
「ぐえ」
「ロクロ!」
「……エルさん、痛いっす」
「エル。動揺しすぎだ」
「ご、ごめん」
「……今何時」
そう言ってラツィに聞けば、思った以上の返答が来た。
「現在、5月14日の午後6時だ。2日ほど眠っていたぞ」
「……約束の日までもう明日じゃねーか!」
流石にと起き上がる――と身体のだるさが消えている。視線をエルに向ければこくん、と手に持っている魔術書。魔術を使って治したという意味の頷きなのだろう。
とはいえ、流石にこんな時間まで眠ってしまうという事は相当反動が大きかったと言える。あの時、撃った瞬間に感じたのは、力を根こそぎ取られるような感触だったからだ。
「魔術にもランクがある。【水の根源】は7階級あるうちの上から3番目だ」
「そりゃあ、やばいわけだ……って事はラツィの限度があるっていうのは……」
「ああ、我は7から5までの階級にある魔術しか使えない。ラジエルは全種類使えるぞ」
「……流石、天使様」
「そ、それ程でもないけど……ただ、その分使いどころは考えないと最悪島が壊れちゃうからね」
「ちなみに『七つの大罪』の階級は?」
「最上位の1に決まってる。1階級はそもそも禁忌や封印魔術がほとんどだから」
そう言って、エルは思い出したかのように手に持っていた袋をロクロに差し出す。それにロクロは見覚えがあった――【コール94#1】印の薬袋だ。住所を知っているという事は、ユーランが来たのだろう。シルハはそもそも外に出ること自体がレアだ。
貰った薬を見てみれば、いつも頼んでいるものに混じって、メモが一つ入っていた。それを見て――ロクロは少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐに戻りメモをポケットに仕舞い込んだ。ラツィとエルが首をかしげたが、何でもないとジェスチャーで伝える。
「……というか、明日には決着がつくのか?」
「『強欲の大罪』なら、ああ見えて約束は守るわ。そこは確実」
「そもそも戦った事あるのかよ」
「ある。言ってたでしょ。封印されてたって。封じたのは私だもの」
「サイですか」
「信じてないわね」
ジト目で見遣るエルに、その通りというような視線を向けた。
「約束は守るとしても、勝ち目はあるんだよな」
「それは絶対に勝てる。断言するわ」
「……だが、エルや我が言いたいのは別の事だ。ロクロ」
そう言って黄金の双眸と、柘榴の双眸がロクロを射抜く。彼らが言いたいのは、きっと『強欲の大罪』に呑まれたザイアの事だろう。
彼がどうであれ、一線を越えたのも事実であり何よりも元に戻ったとして――彼は自分のしたことの責任を負う。その時に精神が耐えきれるのか、或いは自分自身が迷わないのか。
迷うことはない。それはロクロとしてはそうだ。
「……俺は、あの人も助けたいんだよな。本音は」
「だが、ロクロ……」
「いや。ラツィが言いたいことも分かる。それで言うなら最悪、あの人を殺せるんだよ。俺は」
それは、自分自身のために。
「でもね、俺は殺せるけど、それ以外の手段をずっと考えてる」
それは、誰かのために。
「……全部まとめて上手い事救えたらいいのに、って。ずっと思ってる」
それは、関わってきたもの全てのために。
「俺も強欲なんだよ、ラツィ。全部救いたいんだ。ザイアさんだって、なんなら『強欲の大罪』だって、救ってやりたい」
「魔術を、救う?」
ラツィがあり得ないという顔をしているがロクロは続ける。
「あの子が、相棒を殺すわけないって言った時、嘘ついてたのは分かる。でもそこに悲しげな声が混じってた」
「演技かもしれないだろう」
「咄嗟の質問に演技で答えられるとは思えないけどね。まあ、そこに騙されてたらその時はその時だけど……でも、確かにあの子が、ザイアさんに少なくとも何かを覚えたのはあるんじゃないかなって。思ったんだよね」
あの人は、子供好きだから――そう懐かしみながら。
「……まあ、結局。どうなるかなんて分からないけれど……」
「――ねえ、ロクロ」
そう言った幼い声が口を止めさせる。そして次の瞬間に、視界に白髪が入り込んで、赤い双眸が黒の双眸を映した。白い羽が飛び交い、少女は、天使は男の手を取った。
「もしも」
それは、秘密と神秘の天使が告げる――
「もしも――そんな全てを丸ごと救えるような奇跡があるとしたら……その話に乗りますか?」
小さな小さな、希望の灯火だった。
そして、5月15日。
約束は守られ、戦いは始まる。
『強欲の大罪』との本当の決着が。
そして――
「今度こそ、逃がさないよ。ラジエル。
「早く、戻っておいで。そんなどうでもいいものに現を抜かさないで。
「――君がいなければ、この島を作った意味がないじゃないか」
次回7/5 20:00更新予定です。




