3.非日常の足音
筆が進んだので連続投稿。
「…………偽物、見つかった?」
「ああ。我々の知識が記された紛い物。どうやら4日後にパーティーで飾られるらしい。漸くチャンスがやってきたぞ」
楽園島、第6区画。午後8時。
誰もいない夜の公園のブランコに10歳ほどの白髪のアンダーツインテールの少女が一人座っていた。
美しい陶磁人形のような顔立ちに柘榴のような真っ赤な瞳。大多数がもしも彼女を見れば、美少女、と答える程美しい。白いワンピースに身を包み、背中には小さめの茶色のリュック。そこには一冊の本だけが入っていた。
そんな彼女は誰かと会話をしているようだが、声の主らしき人物はいない。だがそれを気にせず、彼女は口を開いた。
「上手くやらないと、だね?」
「そうだな……もしかしたら今も見られている可能性はある。相手も我々と同じ力を使えるのだから」
「……でも、せめてあの本だけでも燃やさないと、『七つの大罪』まで奪われちゃう……」
「そうだな。流石にそれは阻止しなければならない」
焦った様子の少女と、それに同意する低いテノールのような声。
だが焦るのは当然だった――命がけで奇襲をかけたのに、相手にまさか返り討ちに合うとは思っていなかったのだ。更にその影響もあってか、持っている魔術書の中でも強大な七大魔術『七つの大罪』まで本から消えていた。
あれらは世界に放っていい魔術ではない。元々魔術書に封印の意味で記録されたものなのだから。
「ねえ、ラツィ。今の所島に影響はありそう?」
「……調べようにも、この島自体いくつかの魔術が使われているからな……探知が出来ない。せめて一つでも手元にあるなら、話は変わってくるのだが」
「そっか……」
「エル。これは我のせいだ。相手の力量を、人間を侮っていた」
そう言った声色に滲む後悔を察し、エルと呼ばれた少女は何も言わなかった。ラツィと呼ばれた声はしばらく無言だった。二人の間に気まずい沈黙が走る中、小さな音にエルが気付いた。
見れば、どうやら人が公園に来たようだ。流石に夜遅くに幼い少女がいれば問題になってしまうだろう。今ここで目立つのは避けたかった。
「…………別の場所に行こう、ラツィ」
「ああ。我は空から見張っておく」
「うん。ありがとう」
彼女が空を見上げる。既に真っ暗な夜空が広がり、星の輝きが良く見える。今夜の月は満月ではないがほぼ丸い。人々の会話曰く、次の満月は4日後のようだ。
「…………楽園島、か」
少女が何かを唱えれば、周りに何かの魔方陣が浮かび光り輝く。だがそれは刹那の事であり、人々にとっては何が起こったか理解することは出来ないだろう――何故ならば、それこそが魔術の本質だからだ。
本来、魔術とは人が扱える類ではなく――神と呼ばれる存在が使う力の事。
だからこそ、この島は歪んでいる。
楽園と称するこの島に、神など存在しないのに人が魔術を使っている。もっと言うならばこの島そのものに幾重もの魔術が使われているのだ。その蛮行は、世界を見守る神にとって許されないものである。
だからこそ。
【――我が神よ、どうか待っていてください。私が必ず全ての魔術の封印をやり遂げましょう――】
そんな少女の決意の言葉を、空の上から一匹の大鷲が聞いていた。
次回更新は5/11 22時予定です。