断片/それは泡沫の夢
プロローグ
ずっと探している人が、夢に出てくるというのはどんな皮肉だというのだろう。
《にいちゃん、マシロはどこでしょう?》
妹はかくれんぼが好きだった事を思い出しながら、辺りを見る。軋む音を鳴らすブランコ、誰もいない寂しい砂場、象の形をしたチープな滑り台、見栄えをよくするための植物たち。自分と妹が昔住んでいた場所の風景。
本来は沢山の人々がいるはずなのに、人っ子一人いないその公園で兄は一人で立っていた。
「もういいかい」
《もーいいよ!》
幼さが残る明るい声を探すべく、歩き出す。
少女が隠れるのに十分な場所を虱潰しに探していくが、何処にもその声の主らしき影すらない。なのに、明るい声だけははっきりと聞こえてくる。
まるで忘れるなと言うように。
まるで呪いをかけるように。
「もう、いいかい」
《もーいいよ、って言ったよ。ロクロにいちゃん》
本当の名前が舌ったらずで呼べない妹の声は、楽し気だった。
嘲笑うように、楽し気だ。
《一体いつになったら見つけてくれるの?》
「……ずっと探してるよ」
《そう言って、もう7年だよ。お兄ちゃんもすっかり大人になっちゃったね》
故郷で何も出来なかった学生から、外に出て就職できる大人まで成長した兄をどうでもいいように祝う声。その声に混じる悲哀と嘲りに気付かないほどもう、子供ではない。
責められる声を振り払うように足を一歩踏み出して、また探す。
隠れている少女を。
行方不明の彼女を。
自分の妹を。
それを探し続ける兄を、それでも嘲るように憐憫に満ちた声が、耳に落とされる。
飽きてしまったと言わんばかりに大きな溜息を吐いて後にだ。
《――にいちゃん》
手を伸ばしても、誰もいない。
《もう、いいよ?》
「……………」
可愛らしい小鳥の|囀りと朝の陽ざしでロクロは目を覚ます。明るい朝とは裏腹に、気持ちは暗い程の曇天だ。
だからと言って、起きないわけにもいかない――何せ仕事があるからだ。近くにあった目覚まし時計はアラームが設定された6時より5分前。
欠伸を漏らしながら、アラームを解除して洗面所へと歩いていく。さっさと洗い流したいのだ、気分も、顔も。
洗面所の鏡を見る。寝癖が付いたぼさぼさの黒髪に、寝ぼけ眼の焦げ茶の双眸。友人には童顔なんて言われた自分の顔が映っていた。そして、少し目の下には隈があった――ここ最近、仕事が多忙だったのも原因だろう。
夢見が悪いのはいつもだが、今日は一段と酷かった。
さっさと気分を変えようと、ぬるま湯で顔を洗い流し、髪を濡らして整えて今日の事を考えていれば6時を伝える音楽と放送が響く。
『――皆様、おはようございます。楽園島放送局が5月5日午前6時をお知らせいたします――』
「……故郷だと確か、こどもの日だったっけ」
懐かしさを覚えながら、ロクロは顔を拭いて洗面所を後にする。たとえ自分の故郷では祝日だったとしても、今自分がいるこの島においては平日に過ぎない。溜息を吐きながらも身体を伸ばしながらさっさと制服に着替えていく。
今日も多忙になるだろうと、上司が言っていたことを思い出してうんざりしながら。
「はあ……」
《もう、いいよ?》
ふと洗い流したはずの悪夢の言葉が囁いてくる。
うんざりとした声音だった。
さっさとケリをつけろとも言いたげだった。
いい加減に諦めた方が楽だと結論付けたいのだろう。
それでも。
「それじゃあ、ここに来た意味がないだろ」
諦められずに、7年もずっと探し続けているのに。
そのために故郷からこの島に来たのに。
「諦めるなんて兄ちゃんの辞書には載ってないよ、マシロ。たった1人の家族で、大切な妹なんだから」
悪夢の言葉を振り払う――まるで自分にも言い聞かせる様な強い声色で。
着替え終わったロクロは、そのままキッチンへと向かう。この後はニュースを見つつご飯を食べてから、職場に向かうのだ。自分が棲む島の平和を守る警備隊として。
島に住む青年、ロクロ・ミシマの生活はいつもの日常はこうして始まった。
だが彼は知らない。
この後に起こるとある事件によって、自分の日常はひっくり返ってしまうという事を。
この日常は、泡沫のように儚いものであると知ることになる。
次回更新は5/11 12:00予定です。