初めての4人戦
中学2年生の時だった。
「御宅ってちょっとウザいとこあるよな」
「わかる、全然空気読めないし」
「自分勝手で周りが見えてないよな」
教室に入ろうとした時、中から聞こえてきた僕の悪口。
なによりもショックだったのは、悪口を言っているのが僕の友達だった事だ。
裏切られた、そう感じた。
友情なんて、上っ面だけ。
それなら、初めから友達なんていない方がいいじゃないか。
僕は聞こえなかったフリをして、教室に入らずにそっとトイレに向かった。
学年が上がり中学3年生の1年間、僕は友達0で過ごした。
クラスの後ろの席で、ずっとドミニオンの1人回しをしていた。
1年間で話しかけてきたのはたった1人だけ。
今年転校してきたとかいうクラスメイトの冴えない眼鏡の男子だ。
「いつも1人で遊んでるけど、みんなにどう思われるかなとか、怖くないの?」
そんなような事を言ってきた気がする。
「別に。誰にどう思われたっていい。僕は自分がやりたい事をやってるだけだから。上っ面の友達ごっこをしている奴らの方が、よほど哀れだよ」
「…そっか、すごいね」
そう言い残して眼鏡の男子は去っていって、その後卒業まで二度と話す事はなかった。
僕と由乃が授業をサボってドミニオンをした日以来、由乃は毎日「オタク君、今日も元気?」なんて話しかけて来るようになった。
他のクラスメイト達はその様子を怪訝そうな顔で見ている。
クラスメイト達はみんな陰キャな僕の事を内心バカにしているから、そんな僕に陽キャ中の陽キャの由乃が話しかけているのが不思議で仕方ないのだ。
実は裏では、僕が由乃をいじってるなんて知ったら、クラスの奴らはどんな顔をするんだろう。
それを想像すると、ニヤニヤが止まらない。
数日がたったある日の放課後、由乃がまた僕に話しかけてきた。
「この後またドミニオンやろうよ。今日は私の家でやらない?今、両親が海外出張中で、家はウチ1人なんだよねー」
「別にいいけど…」
「じゃ、決まりだね!ウチの友達も連れてくるから待ってて!」
由乃は嬉しそうに走り去ってしまった。
…いや、待て待て待て。
他の友達まで連れてくるなんて聞いてないぞ。
あまり大勢で遊ぶのは好きじゃないのだが。
しばらくして、由乃が誰かと話しながら歩いて戻ってきた。
「あ、ちょっと待ってね。オタクくんお待たせ、紹介するね!こっちが友達の郷宝路里 アヤ」
由乃が連れてきた2人のうち1人を指さして紹介した。
小学生かと思ってしまいそうなくらい小柄だが、由乃達と同じ制服を着ているので高校生なのだろう。
「あんたが、由乃が言ってたオタク君?」
「…っす」
「声ちっさ!聞こえないんですけど〜」
初対面なのに失礼な奴だな。
「そして、こっちが風紀委員長の人…」
「風紀委員長?」
「その通り。私は風紀委員長、高校2年の風稀 叶女だ。先程、廊下ですれ違った義矢留 由乃に校則の指導をしていたところだ。君は義矢留 由乃の友人なのか?とてもそうは見えないが…」
見た目だけで判断してるだろ、こっちも失礼な奴だな。
最も、由乃は校則をガン無視した明るい金髪にチョーカーやらピアスを何個も付けているので、指導が入るのは当然…というよりむしろ遅いくらいだが。
「僕は御宅 惟真っす…。まぁ別に友達ってわけではないというか…」
「声が小さくて聞こえないぞ!まさかとは思うが、義矢留 由乃にたかられているのではないだろうな」
「委員長、ウチそんな事しないよー!これからウチの家に来てもらって、一緒にカードゲームするだけだよー」
「本当か…?心配だ、念の為私も同行させてもらえないか?」
「え!?委員長も家に来るの?全然いいよ!…ところで、委員長の胸っておっきいよね」
由乃は風稀 叶女の背後に回ると、突然後ろから抱きつくように胸を掴んで揉み始めた。
「な、何をする!」
「触ったらやわらかーい!」
「や…やめろ!」
3人の中で1番サイズが小さい郷宝路里 アヤが、そのやり取りをジト目で見ながら
「とりあえず由乃の家行くなら、早く行こ」
と言った。
由乃の家は、学校から数分ほど歩いた住宅地にあった。大きくも小さくもない、比較的新しいそうな普通の二階建て一軒家だ。
「ウチのお家にようこそー!アヤ、2人をうちの部屋まで案内して!お茶とお菓子持ってくるね!」
郷宝路里 アヤに案内されて、2階にある由乃の部屋に入る。
やがて、由乃が冷たいお茶を人数分と、クッキーを持ってやって来た。
僕はドミニオンのカードを鞄から取り出しながら由乃に、
「んじゃ、これからみんなでドミニオンをやるって事でいいのかな?」
と確認する。
「うん!だけど、2人は多分ルール知らないと思うから、簡単に説明してあげて」
「分かった」
僕は郷宝路里 アヤと風稀 叶女の方を向いてドミニオンのルール説明を簡単にする事にした。
「ドミニオンというのは、アクション、財宝、勝利点の主に3種類のカードを使うゲームですね。主にって言ったのは、実際には夜カードとか呪いカードとかもあるからなんですけど…」
ひとしきり説明した後の2人の反応はかんばしくなかった。
「説明ありがとう。だがかなり複雑そうなゲームだな。ある程度は理解出来たが、完全には理解できなかった」
「全然わかんないんだけど!ってか、めちゃくちゃ説明早口でウケる」
由乃が2人のその様子を見て、
「とりあえずやってみよ!私も最初やった時はルール全部分かってなかったし大丈夫だよ!」
とフォローした。
「それじゃ、前回と同じくサプライは『最初のゲーム』にしますね」
地下貯蔵庫、堀、商人、村、工房、民兵、改築、鍛冶屋、市場、鉱山を10枚ずつ取り出して並べる。
手番は、由乃、僕、風紀 叶女、郷宝路里 アヤの順番になった。
まず、由乃が4金を出して改築を買う。
前やった時は1ターン目からつまずいていたからな。
少しは成長したようだ。
僕は3金で銀貨購入。
風稀 叶女は、
「なるほど、こんな感じだろうか」
と言いながら3金出して、少し迷った挙句に村を購入した。
「いや初手村って!」
僕がすかさず初手村購入がいかに頭の悪い手かを説明しようとした時、
「オタク君ちょっと待って!」
と突然由乃が遮った。
「何?由乃」
「委員長とアヤはこのゲーム初めてだからさ、最初は自由にやらせてあげて欲しいの。そっちの方がきっとこのゲームの面白さを分かってくれると思うから」
は?
僕が親切で教えてあげようとしてるのに、余計なお世話だって言いたいの?
ならもう聞かれても一切アドバイスしてやらないよ。
「由乃がそう言うなら、それでいいよ。そしたら僕が勝つだけだけどね」
「オタク君、ありがとう。ウチも負けないよー!」
由乃はイタズラっぽく笑った。
いや、無理だろ。
いくらドミニオンに運の要素があるとは言え、圧倒的に経験と実力のある僕が勝つに決まっている。
まあいい、このゲームで圧勝して格の違いを見せつけてやれば、僕に偉そうな口を叩いてきた由乃も心を入れ替えてくれるだろう。
2ターン目、由乃は村を買った。
僕への当てつけのつもりかもしれないが、僕はその瞬間に勝ちを確信した。
僕の2ターン目は4金で改築。
3ターン目は改築で屋敷を鍛冶屋に変えて、地下貯蔵庫を購入。
4ターン目は銀貨を含めた5金で市場を購入。
初手底沈みもなく、まずまずな展開だ。
5ターン目、地下貯蔵庫でデッキを回しつつ、改築で屋敷を鍛冶屋に入れ、銀貨と銅貨を出してそろそろ村を購入…
僕はサプライに手を伸ばして、固まった。
「村が…1枚もない?」
どういう事だ。
サプライに、最初10枚もある村がもう0枚?
そんな事が有り得るのか?
僕は動揺しながらも、仕方なく商人を購入する。
しかし、その後も村が入っていないせいで中途半端なデッキしか作れず、全く上手くデッキを回せなかった。
「やったー!ウチの勝ち!初めてオタク君に勝てて嬉しい!」
1位になった由乃が歓喜の声を上げる。
「今回は勝てなかったが、ルールはおおよそ理解出来た。なかなか面白いゲームだな。そして、ここに来る前、皆を疑ってしまってすまなかった。君達はタイプは全然違うが、本当に仲のいい友人なんだな」
「ほんとだよ、委員長ひっどーい。胸揉ましてくれたら許してあげるけどー」
由乃は風稀 叶女の胸にゆっくり手を伸ばす。
「だから、それはやめろ!」
風稀 叶女は由乃の手をはらいのける。
由乃はほっぺたを膨らませて不満そうな顔をしながら、
「えー、じゃあ、委員長って呼ぶの堅苦しいから、かなめっちって呼んでい?」
と風稀 叶女に提案した。
「か…かなめっち?私は先輩だぞ!風稀先輩と呼びたまえ!」
「えー!カタいよー!おっぱいは柔らかいのに!そういえばアヤ、胸大きくなりたいって言ってなかった?かなめっちにやり方教えてもらったら?」
「う、うるさい…。別に大きくなりたいの胸だけじゃないし…変な言い方するな。てか、それよりさ…」
郷宝路里 アヤは僕の方を向いて、ニヤリと笑い、
「コイツ最初偉そうにボクガカツダケダケドネとか言ってた癖に、由乃に惨敗してんじゃん。ざ〜こ」
と、馬鹿にしたような僕の声真似を交えて言った。
「…うるさい。うるさいうるさいうるさい!村さえ売り切れてなければこんな事にはならなかったんだ!どうせお前達が初心者ムーブ全開で序盤から村ばっかり買い漁ってたんだろ!僕が雑魚なんじゃない!お前達が雑魚すぎて負けたんだ!」
「オタク君、5ターン目に3金出た時、動揺してたよね。もしかして村を買おうとして、その時初めて村が売り切れてる事に気づいたんじゃない?」
と、由乃が冷静に尋ねる。
「そりゃそうだろ。あんな早く村が売り切れるなんて普通は有り得ないからな」
「つまりそれって、それまで他の人が何をしてたか、全然見てなかったって事だよね?」
「…へ?」
「村は全部で10枚しかないよね。ウチは委員長とアヤが1ターン目に村を買ったのを見て、村がすぐ売り切れちゃうかもしれないって思ったの。だから2ターン目はウチも村を買った。その後も、委員長とアヤは3金出るたびに村を買ってたから、5ターン目にウチが最後の1枚を買って売り切れちゃったの。最終的にそれぞれが手に入れた村の数は、ウチが4枚、オタク君が0枚、委員長とアヤが3枚ずつ」
「そんな…」
「オタク君、ウチとドミニオンを一緒にやるまで、1人で遊んだ事しかないって言ってたよね。だからいつもの癖で、周りを全然見てなかったんじゃないかな?」
由乃の言葉で、中学生の頃のトラウマが蘇る。
『自分勝手で周りが見えてないよな』
「…どうせ、お前達も僕を影で馬鹿にしてるんだろ。空気読めなくて自分勝手な奴って思って見下してるんだろ」
風稀 叶女が不穏な空気を察して止めに入る。
「御宅 惟真よ、落ち着きたまえ。郷宝路里 アヤも、雑魚は言い過ぎだ。ゲームの結果ごときで喧嘩なんて馬鹿らしいぞ。君達3人は良い友人なのだから、仲直りしたまえ」
「友達じゃない!!僕は由乃を友達だなんて思った事一度もない!!」
「オタク君…」
「もう帰るよ…」
僕はドミニオンのカードをぐちゃぐちゃに鞄に詰め込んで、逃げるように由乃の家を出た。
アスファルトの道路がなぜかにじんでよく見えない。
僕の家はここからそう遠くないはずなのに、全然たどり着かない気がした。
今頃、由乃達は僕の悪口で盛りあがっているんだろう。
当然だ。
僕はドミニオンに負けて逆ギレしただけ。
完全に頭のおかしい奴。
自分勝手で周りが見えてない…全部本当の事じゃないか。
歩くたびに、目の前のアスファルトにぽつりぽつりと黒い染みができる。
どうしてこんな事になってしまったんだ。
答えは決まってる。
…最初から由乃と関わるべきじゃなかった。
初めて声をかけられた時に、もっと強く拒絶するべきだった。
僕は…ずっと1人でいるべきだったんだ。