僕と由乃の出会い
「ねぇ、オタク君」
教室後方窓側隅の自分の席で趣味のカードゲームを一人で遊んでいた僕に声をかけてきたのは、義矢留 由乃高校1年生。
僕は戸惑う。
義矢留 由乃は明るい金髪の髪、黒いチョーカー、両耳にシルバーのピアスを何個もつけているクラスメイトだ。
勿論全て校則違反。しかし、先生も生徒も誰も注意しないのがお約束となっている。
つまり、陽キャ中の陽キャ。
陰キャの僕とは相入れるはずもなく、一度も話したことがない。
そんな義矢留 由乃がなぜ僕に声を…?
「な、なにかご用でしょうか?あと、僕の名前は確かに御宅 惟真ですが、あまり苗字で呼ばれるのは好きではないという感じなんで、とは言え下の名前で呼ばれるのも慣れてないものでして、出来たら『君〜』みたいな感じに呼んでもらった方が…」
後半早口で小声になってしまった。聞こえていたらいいのだが。
「次、家庭科だよ。オタク君以外みんな家庭科室行ってるよ」
義矢留 由乃の言葉にハッとして教室を見渡すと、僕と由乃以外の人間は居なかった。しまった、カードゲームに没頭しすぎて忘れていた。
「ところでオタク君、何してたの?」
義矢留 由乃は、僕の机の上に散らかっているカードを一瞥して言った。
「ドミニオンの1人回しです」
「へー、どんなゲーム?」
「アクション、財宝、勝利点の主に3種類のカードを使うゲームですね。主にって言ったのは、実際には夜カードとか呪いカードとかもあるからなんですけど。それから、アクションと財宝の両方の性質を持つカードとか、アタックカード、リアクションカードみたいな種類もありますね。とにかく、そういったカードを使ってやるゲームなんですよね。色んなカードがあるけど1度のゲームに使うカードは王国カード10種類と共通サプライと初期手札。それから、魔女娘がある時はサプライが追加で増えたり、イベントカードとかランドマークとか習性カードが加わる時もあります。イベントカードとかは横向きのカード群って呼ばれる時もあるんですけどね。あ、ここまで大丈夫でした?」
俺は一息に言うと、義矢留 由乃の反応を待った。
「うーん、よく分かんなかった」
だろうな。
金髪は頭が悪いと相場が決まっている。
こいつ以外の金髪と話したことはないけど。
「あ、そうですよね。ハハ。じゃあ僕はこれで…」
「ねえ、そのドミニオンってゲーム、今から2人でやってみようよ!」
「へ!?しかし授業に遅れてしまいますよ!?」
「実はもうすでに5分過ぎてる」
義矢留 由乃の言葉に教室の時計を見ると、家庭科の授業開始時間はとうに過ぎていた。
「今から授業行って叱られるくらいならサボっちゃおうよ」
義矢留 由乃は僕の耳元に顔を近づけると小さな声で囁いた。
「これはウチとオタク君だけの秘密ね」
「ぎ、義矢留さんがそう言うなら…」
僕はしどろもどろになる。
「由乃でいいよ。あとウチら同い年なんだから敬語禁止ね!」
義矢留 由乃、いや由乃がビシッと指をさして言った。
「はい…いや、うん、わかったよ…」
陽キャに逆らったら何をされるか分からない。
仕方なく基本セットの中から、地下貯蔵庫、堀、商人、村、工房、民兵、改築、鍛冶屋、市場、鉱山というカードを取り出してサプライを作る。
所謂『最初のゲーム』と呼ばれる公式サプライだ。
頭が悪くてもこのくらいのサプライなら楽しめるだろう。
「じゃあ、先手由乃でいいよ」
「え、何したらいいの?」
「まず5枚ここから引いて」
僕は由乃の山札を指さす。
「こ、こう?」
「そしたら銅貨出して」
「こう?」
由乃は銅貨を1枚だけ場に出す。
「いやいや、銅貨1枚だけって!1金じゃ今回のサプライ何も買えないよ?1ターン目に銅貨1枚しか出さないなんか、保存ある時に3-4で2ターン目5金出したい時くらいなんだよな!それか2-5で2ターン目6金出したい時!いやサプライに保存も雇人もないんですけどー!」
自分で言うのもなんだが、鋭いツッコミをしてしまった。
普段は陰キャな僕だが、たまに笑いの神が舞い降りてしまって周りを驚かせてしまう事がある。
「オタク君、言ってる意味はよくわかんないんだけど…」
由乃は僕の顔をじっと覗き込んで、それからニコッと笑った。
「楽しそうに笑うオタク君、初めて見たかも」
「お、お前、意外といいやつだな…」
つい零れてしまった本音。
陽キャというのは、僕みたいな陰キャを見下して迫害するものだとばかり思っていたが、由乃は少し違うらしい。
少し評価を改めようと思った矢先、
「ありがとう、オタク君。でも、お前って言われるのは嫌いだから、由乃って呼んでね」
急に注意してきた。
褒めてあげたのになんて態度だ。
まあいい。
「とりあえず銅貨もってるだけ全部出して。話はそれから」
「こう?」
由乃は手札から合計3枚の銅貨を取り出した。
「3金か。サプライからコスト3以下のカード買えるよ。コストっていうのはここの数字ね。まあ銀貨とかがまるいと思うけど、工房って手もある」
「なるほど…ここの数字が3のやつを買えるんだね。じゃあ、このカード買ってみようかな?」
由乃は村を手にした。
「いや初手村は馬鹿だろ!村っていうのはアクション増えるだけで何も出力しないカードだからね?村積みすぎるのは初心者あるあるだけどさ!じゃなくて普通に銀貨とかでいいから!」
僕は由乃が手にした村を払いのけて、銀貨を渡した。
「銀貨っていうのはどういうカードなの?」
「銀貨は2金出すカードね。銅貨が1枚で1金でしょ?銀貨は2金出る。初手は大体銀貨でいいよ」
「え?2金?3金で2金のカード買うの?損してない?」
いやどこまで馬鹿なんだよこいつ。
「全然損ではないのだが?あのさぁ。銅貨ばっかりで属州買えると思う?手札5枚で8金出さなきゃいけないんだよ?手札5枚なら銅貨だけだと5金しか出ないよね?銀貨5枚なら10金出るよね?分かる?」
「うーん、とりあえずこれ買えばいいってこと?」
「いや、僕が言ったから買うじゃなくて、普通に考えたらそうでしょ。自分の頭で考えた?」
「そんな事言われても、まだルールもよく分かってないし…」
由乃は、ほっぺたをプクっと膨らませた。
馬鹿だからしょうがないんです、とでも言いたいみたいだ。
まあ、自覚してるなら許してやるか。
「オタク君ってさ、このゲーム誰かとやった事ある?」
「いや、いつも1人だけど。僕と同じレベルの人が周りにいないからさ。僕結構うまいから」
「そっかー、じゃあ、ウチとやるのが初めてって事だね」
由乃はそういうと、嬉しそうに笑った。
これが由乃との出会いだった。