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1話リメイク案

 空から降り注ぐ血の雨が、人々を異形へと変えていく。地上で蠢くゼリー状の塊、かつて人だったものの成れの果て。そして、空を舞う異形の生命体・死竜は、体の肉を溶かしながら不安定に飛んでいた。


「みんな……みんな、死んじゃった」


 少年は泣きながら荒廃した街を駆ける。人の気配はなく、この辺りで最も栄えていた誇るべき街の面影は、どこにも残っていない。


 夜だというのに、不気味なほど明るい。


 真紅の光が街を包み、大地は血の海に沈んでいるようだった。


 死竜のけたたましい咆哮が響き渡り、地上に広がる赤いゼリーをすすっている。まさに、この世の終わりのような光景だった。


「どうして……どうしてこんなことに……」


 少年が空を仰ぐと、月光を浴びた赤い竜が大口を開けている。まるで地上の惨状を見て、嘲笑っているかのようだった。


「復讐してやる……」


 奥歯を噛みしめ、右目の上に走る蚯蚓脹れを押さえながら駆け出す。せめて、彼女だけでも生きていると願って。




「ク……オ……ト……ラ……」


「クオトラ、起きて!」


 鬼気迫る様子の少女が、目の前に横たわる少年の体を必死に揺らす。薄暗い洞窟の中、響くのは彼を呼ぶ声だけだった。


「……フレーリア……僕は今、どうしようもなく眠いんだ……」


 クオトラと呼ばれた男は、瞼を動かすのが精一杯といった様子で、力なく応じる。


「誰なの。勝手に人のテリトリーで暴れ回ったのは。そして、どうしてこんなにも死竜が減ってしまったのかしらねぇ」


 挑発的な女の声が洞窟内に響いた。それは独り言ではなく、明らかに誰かに向けられたものだ。


 クオトラは重い体を何とか起こし、声の主を確認するために立ち上がる。


 洞窟の奥、さらに狭い空間。その入口から、フレーリアとクオトラは覗き込んだ。


 そこにいたのは、真紅の髪を腰まで伸ばした女。攻撃性を感じる鋭く輝く翠玉色の瞳。白地に赤の差し色が映える燕尾服。そして、服の内外には金属製の装飾が散りばめられているらしく、歩くたびに金属音が響く。


「隠れていても無駄よ。男の子だけでいいから、出てきなさい」


 クオトラと女の視線が交錯する。虚勢ではなく、彼の存在を確信している瞳だった。


「貴方、どうしてこんな所にいるの……?」


 洞窟の中から、フレーリアが問いかける。


「どうして……? そんなこと俺が聞きたいんだけどね。そもそも、ここは俺が住処として利用していたわけだし。いやぁ、まさか侵入者の分際でそんなことを聞かれるなんて思いもしなかったよ」


 女はわざとらしい仕草で肩をすくめる。しかし、直後に何かに気づいたように、クオトラを凝視した。


「ん。あんた、ただの人間じゃないわね。薄らとだけど、確実に竜の香りがする……いや、違う……あんたからはルーシュの香りがする」


 女はクオトラを見つめ、妖艶な笑みを浮かべる。


「ルーシュの香り……」


 あの日、瀕死のクオトラを救うため、自らの心臓と竜の器としての力をすべて捧げて灰になった男。その香りが、今のクオトラから感じられると。


「後天的に器になるなんて聞いたことないけど、実際あんたからは器の気配がする。俺にとっては嬉しい知らせだけどね」


「器ってなんだ……?」


 クオトラが問いかけると、女は呆れたようにため息をついた。


「教える義理もないけれど、ルーシュにはよく講釈を垂れ流されたからね。いいわ、教えてあげる。『器』っていうのは、竜神が人間界に現界するために使う人間の体のこと」


 女は髪を弄りながらも、鋭い眼光をクオトラに向ける。


「ま、俺たちはすでに神が消え去った後の残り滓みたいなもんだけど、それでも元々は神の体と同義だから、人間とは比べ物にならない力があるのよ」


 言い終えると、女は歩を進める。舌なめずりをしながら、さらに近づく。その姿に、クオトラは無意識に一歩後ずさった。


「そのお前が俺に何の用だ」


 クオトラは無駄と知りつつも問いかけた。


「あんたに興味はないわ。あんたの体にあるルーシュの力が欲しいのよ。俺は赤の器、ユスティレイ・アーレイン。その心臓を頂くわ」


 殺気が膨れ上がる。同時に、クオトラの胸が赤白く発光し、その感情を怒りが支配した。


「ルーシュ……お前も、怒っているのか……?」


 クオトラが小さく呟く。奪われるくらいなら、先に奪ってやる。敵意をむき出しにし、クオトラは低く構えた。


「燃え尽きろ……」


 呟きとともに炎が弾け、ユスティレイの目前で爆発した。熱波が空気を歪ませ、洞窟の壁を黒く焦がす。


 しかし。


「へえ。ちゃんとルーシュの力を継承しているのね。ただの見せかけじゃないみたいで、退屈はしなさそうね」


 再び姿を現したユスティレイは無傷だった。そしてその腕は、血のように赤く染まっていた。


「竜の腕……」


 彼女は体を竜に変えることができる。まるで、もうこの世にいないはずのルーシュが、心の奥で囁いたようだった。


 ユスティレイはすぐ側に転がる岩を持ち上げると、クオトラめがけて放り投げる。おおよそ100キロは超えるであろう岩の塊が、プレッシャーの塊となって襲いかかる。


「この……!」


 クオトラにぶつかるかと思った瞬間、大岩の前で空気が破裂し、粉砕された破片が飛び散る。同時に、爆風に煽られたクオトラの体がぐらつく。


 ユスティレイは、一歩ずつ距離を詰めてくる。その瞳には、揺るぎない殺意と愉悦が滲んでいた。


「くそ……」


 片膝をつきながら、クオトラは荒い息を吐く。全身の筋肉が悲鳴を上げていた。それでも――まだ戦える。


 再び意識を集中させようとした瞬間、頭上で轟音が響いた。


 ズドン!


 ユスティレイの遥か上方、洞窟の天井が爆ぜるように崩れた。岩の塊が雨のように降り注ぎ、地面を叩く。


「小癪な真似を……!」


 ユスティレイは苛立ち混じりに吐き捨て、落ちてくる小石や砂を手で払いのける。しかし、崩壊は止まらない。天井全体が大きな唸りをあげ、巨大な裂け目が生まれた。


「に、逃げろ……!」


 クオトラは背後を振り返るが、足が動かない。疲労とダメージのせいで、全身が重くなっていた。


 せめて、フレーリアだけでも。


 そう思った瞬間、彼の体がふわりと浮き上がる。


「わたしだって……ただ守られているだけじゃない!」


 フレーリアがクオトラを抱え、一気に駆け出す。足元の岩が崩れ落ちる直前、洞窟の出口に向かって全力で走る。


 振り返れば、先ほどまでクオトラがいた場所には大穴が空いていた。向こう岸に見えるユスティレイとは、完全に分断されている。


 彼女は、崩落の中でもなお、堂々と佇んでいた。


「こんな場所で戦って、あんたが瓦礫にでも埋もれたら取り込むのに苦労するでしょうね。しょうがないから、今日のところは見逃してあげるわ。」


 ユスティレイは余裕の笑みを浮かべ、ゆっくりと後ずさる。


「近いうちにまた会うから、奪われないようにしなさい。王にだけは気をつけることね。」


 そう言い残し、闇の中へと消えていった。


 ――直後。


 轟音とともに、天井がさらに大きく崩れ落ちる。岩の砕ける音、爆発したかのような衝撃、そして広がる巨大な穴。


 クオトラは、ただ呆然とその光景を見つめていた。


 力が抜ける。体が、動かない。


 全身の力が抜け、仰向けに倒れ込む。天井に走る無数の亀裂。それが崩れ落ちるのは時間の問題だった。


「あいつ……最初から、この場所が崩れることを分かっていたのか……?」


 崩壊が止まった後も、ひび割れは不気味に広がっていた。いつ崩れてもおかしくない状態だ。それでも、恐怖はなかった。


 ただ、動こうと思えなかった。


 脳が麻痺しているのか、それともすべての感覚を使い果たしてしまったのか。もはやクオトラ自身にも、分からない。


 ――遠くで、声がする。


 「ここに居たら……死んでしまう。絶対に貴方は死なせないから」


 フレーリアの声が、遠く、しかしはっきりと聞こえた。


 再び、クオトラの体が宙に浮く。フレーリアが、彼を抱え上げたのだ。その腕は震えていた。だが、決して手放すことはない。


 彼女の温かな手の感触を最後に、クオトラの意識は、ぷつりと途絶えた。

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