第43話 緑色の流星
一瞬時が止まった。
形容詞しかねるほどに激しい音と共に、洞窟の中央が崩落したのだった。薄暗い緑色の世界を埋め尽くす明るすぎる緑色の光が煌めき、それを覆い隠すような土煙が上がった。
「あっれー、外したかなー」
この場に相応しくない飄々とした声が響いた。その姿は土煙により見えないが、逆にこちらも見えていないだろうことだけが好都合であった。
「小さい……女の子……?」
隣にいるクオトラがギリギリ聞き取れる程度の小さな声でフレーリアが呟く。驚くべきことに彼女は土煙の先が見えているようで、村の中心を凝視していた。
「見えるの?」
「ええ、辛うじてだけれど、小さな人影が見えるわ。でもまだこっちには気づいてないみたい……。顔を抑えて土煙が収まるのを待っているのかも」
その言葉を聞いてクオトラはフレーリアの手を引いて、急いで登っていた坂を下り岩陰へと身を隠した。
崩落した天井からは槍のように光が降り注いでいた。鼻腔をくすぐる枯れた植物のような匂いに耐えていると、段々その状況が明らかになっていく。
天井の直下にあった家屋は完全に破壊され、そのすぐ近くに首元まで伸ばした緑の髪をもつ少女のような人影があった。華奢な体は土に塗れており、何かを探すかのように辺りを見渡していた。
「なんで……この場所はこれまで見つかってなかったはずなの二……」
イミナスは唇を噛み締めながらその人物へと視線を向けていた。
「知っているの?」
「確証は無い……けれど、緑の器だろうナ……。君らは逃げた方がいい……逃げられる保証もないがナ」
イミナスはこれまでに見た事のない険しい表情をしていた。それは怒りが大半だが、強い恐怖も感じられていた。
「動いた……奥の方に歩いていくみたい」
クオトラがどうするべきか思考をめぐらせている間に、緑の器は村の奥へと歩みを進めているようだった。
目的は分からない。しかし、迷いない足取りで向かう先は、グラシアノの住む家があった。何が狙いかは分からないが3人がそれぞれ嫌な予感があったようで、前のめりになる。
しかし、それを嘲笑うかのように緑の器は跳躍すると、激しい音と光が発生して、再度土煙が周囲を埋めつくした。小さく聞こえる悲鳴。
「行かなきゃ」
クオトラが動き出そうと足を踏み出した瞬間、まるで石化したかのように体の筋肉全てが硬直した。
「え……」
クオトラが驚き、一瞬遅れて2人も驚きながらクオトラを見つめた。何が起きたのか分からなかったが、その原因を緩やかに理解する。
行ってはならない。
そんな声がクオトラの体に響き渡る。ルーシュの声だった。何故かは分からないが、彼が体を動かそうとしてくれない。
「なんで動けないんだ……」
俯きながら自信に問うクオトラ。
「どうしたの……クオトラ」
フレーリアのその言葉にクオトラはただ困惑の表情を向けるしか無かった。イミナスは驚きながらも土煙の先を見つめていたが、視界不良のためか進むことも出来ずにいるようだった。
「なんで……なんで……動けよ」
次第に苛立ちを強めるが、足だけが他人のもののように固まったクオトラはその場から身動きが取れなくなっていた。
恐怖なのかなんなのかは分からない。しかしながらクオトラの知っている回想の中で、もっともルーシュが恐れていたのは青の器であったと考えられた。そんな中で何故、緑の器への接近を嫌うのかクオトラに理解する術はなかった。
そうこうしている間にいつの間にか土煙は収まっていた。視線の先にあるグラシアノの家は瓦礫の山と化しており、瓦礫をかき分けて出てくる緑の器の姿が見えていた。
「もー、なんでこんな時に限ってポンコツになるのかなー。出ても来ないし、面白くないよ」
子供が愚痴るような口調で、辺りの民家をいくつか破壊すると、再度天井を突き破り緑の器の姿は消えていった。その様子を視認した直後、足の緊張が溶けたクオトラは前のめりに倒れるような形となった。
「ちょ……長老……」
消え入りそうなほど小さな声を吐き出したイミナスは、直後に瓦礫の山へと向かって走り出した。それに釣られるように冷静になったクオトラもフレーリアの手を引いて、瓦礫の山へと向かった。
あれだけ立派だった建物は、内部から爆発したかのように大きく崩壊しており、人間の生存は絶望的であった……。
しかし瓦礫の山をかき分けると、内部になぜ狙ったような小さな空間ができており、その中央に血溜まりの中にグラシアノが倒れていた。
既に息があるのかも怪しい状態。あの精悍だった顔も今は大きく形が崩れており、そのダメージの大きさを感じさせた。
「長老! 長老!」
イミナスが血に濡れることを厭わずにグラシアノの肩を揺らす。息がないかと思われたグラシアノであったが、小さく反応を示し光のない瞳でイミナスを見つめていた。
「すま……ない……」
「なにが……あったんですか……?」
フレーリアが恐る恐る聞く。既に答える元気があるのかも分からないが、そう聞く他に無かったのだろう。
そうする間にイミナスがあの薄紅色のクリームを取り出したが、グラシアノはその手を静止させた。
「我はもう……助からない。それは……使うな。それよりも聞け……」
もう見えているのかどうか分からない。視点の定まらない瞳で、天を見ているグラシアノは絶え絶えの声を発し始める。
「あれは……前回の緑の器。気をつけろ、人為的に作られた存在……やつは……千里眼で現在の全てを見る……が完全では無い……」
ゆっくりと、通常の何倍もの時間をかけて言葉を紡ぐグラシアノ。その声を聞き届け追える時にはクオトラの瞳から涙が溢れていた。
何が最後の言葉になるか分からないというのに、自分たちのために情報を残そうとするその姿に悔しさと申し訳なさ、強さを感じたのだった。
「イミナス……我は親にはなれなかったが……愛していた……」
グラシアノはそう言い切ると、うつろな瞳を閉じてしまった。そして、その瞳は二度と開くことがないことを全員が理解していた。




