第42話 一時の安らぎ
気持ち悪さが抜けた時、気づくとクオトラはその場に寝そべっていた。いつまでそうしていたのかは分からないが、クオトラの周りは汗で濡れており、長い間苦しんでいたことが見て取れる。
「2人とも適応が早いナ」
イミナスの声に顔を上げたクオトラが辺りを見渡すと、既に椅子に座っているフレーリアがいた。
「フレーリア、大丈夫?」
驚くべきことに、フレーリアは思った以上に元気そうで、にっこりと笑ってクオトラを見ていた。
「わたし、思ったよりも全然大丈夫だったみたい」
そう言っているフレーリアはこちらに手のひらを見せている。手のひらや甲はクオトラとは違い大きな変化はないものの、爪だけが黒く変色していた。
更には先が尖り爪自体の厚みも大きく増しているようだ。クオトラも自身の爪を確認するが以前と変わらない様子であった。
「経口摂取の場合、外面の変化はそう大きくないんダ。ただし、秘炎核を利用した場合に体細胞が変化することがあるから注意が必要ダ」
「秘炎核を使うって……どういうこと?」
フレーリアがその場にいたイミナスに問いかける。
「こればかりは感覚の話だから説明するのは難しいナ。人間に元々しっぽがないから、急に生えたしっぽを動かす方法は分からないだロ? こればかりは使いながら覚えるしかないと思うナ。あと、クオトラも、自身の力の使い方はいつか分かると思うヨ」
イミナスはそう言ってこちらを指さすと、強い風が通り抜けた。
「基本的には自然に存在する力を行使できるのが秘炎核の特徴ダ。器の人間など、稀にそうじゃないモノもいるガ。それでも命を削ることに変わりは無いから、フレーリアは特に気をつけた方がいいナ」
フレーリアは己の手のひらを見つめていた。
「自然の力……。探すしかない」
他の誰にも聞こえないほどに小さな声でフレーリアは決意を固めていた。
「起きたか……」
奥の扉を開くグラシアノ、その途端に良い匂いが部屋の中に充満していく。それまでは一切感じていなかった空腹感が、クオトラとフレーリアを急速に襲う。
「疲れただろうが、食事を用意した。こちらに来い」
大きな手のひらでこちらに来いと合図をするグラシアノに、3人は目を合わせて移動する。扉を抜けた先にある部屋は装飾の少ないリビングとは違い、飾り付けられた豪奢な部屋となっていた。
食卓の上には肉や魚を含む美味しそうな料理が所狭しと並んでいた。グラシアノに誘われるままにそれぞれが席に着く。そしてグラシアノは両手を目の前に合わせていた。その様子に合わせるようにして、全員が手のひらを合わせた。
「好きに食べて良い」
クオトラとフレーリアは一度目を合わせた後、恐る恐る目の前の食事を口に運んだ。
「ッ……! 美味い!」
その食事のどれもが、赤の大地には存在しない食材と調味料で作られているようだった。故郷の味も美味しかった。しかし、今目の前にある食事はそれと明らかに種類が違うものだった。
特に肉が全く違うようで、ただ焼いただけに見える肉もその溢れる肉汁の味に体が震えていた。
「喜んでもらえたようで良かった。食べ終えたら服装を新調した方が良いだろう。イミナス、一緒に着いていってくれ」
食卓の上いっぱいにあった料理もあっという間に平らげてしまい、クオトラとフレーリアは恍惚の表情を浮かべていた。
「あまり時間を奪っても申し訳ないからな」
グラシアノは小袋を1つずつ手渡してくる。2人はそれを受け取り、中身を確認すると欠片が詰め込まれていた。
「白の大地ではこの地域以外に竜人は多くない。そして死竜も基本的にはすぐに討伐されるために、山奥や谷底のような人間が入り込めない場所にでも行かなければ見つからないだろう。だから、苦しくなった時にそれを飲み込め」
「ありがとう」
クオトラは受け取った小袋をしまい込み、グラシアノの家を後にした。
「服と、手袋、それに靴……あとは君らの持ってきた武器を運ぶための帯革を用意した方がいいだろうナ」
そうしてイミナスに連れられて村の中の商店を回って必要な装備を揃えた。クオトラの服装はイミナスと同じ緋袴と黒い羽織。フレーリアは大きめの羽織に動きやすいように短めの袴を身につけていた。
「動いてみればわかるとは思うが、見た目以上に動きやすいから心配はいらないサ」
「イミナス、ありがとう。何から何まで助かったよ」
歩き続けて気づけば村の入口までたどり着いていた。
「礼には及ばないサ」
イミナスはそう言いながらこれまで外すことのなかった手袋を外して見せた。濃い青色に変色しつつある手の甲と指。爪は短く切りそろえられていたが青白く、まるで鉱石のような印象だった。
「おレも君らと同じ。この地で生まれたときから半竜人だったけれど、成人になった時に竜人になった身だ。もし何かあればまた戻ってきたらいいサ」
クオトラは手を振り、久しぶりの地上に向けて歩き出す。入口の岩陰から覗く温かみのある光が懐かしく感じていた。
「緑色じゃない光をみるのも久しぶりだね」
そう話した直後、空が緑色の光で染ったような気がした。




