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第41話 虚実の類人

「んん〜」


 鳥の鳴き声が聞こえ、クオトラは目を覚ました。背伸びをすると体全体から異音が鳴った。


「起きたカ?」


 忘れるはずもない印象的なイントネーションを聞き、昨日の記憶が一気に蘇るクオトラ。


「おはよう、イミナス」


 髪をボサつかせたイミナスはクオトラの体を舐めるように見渡している。


「すごい異音だったが、大丈夫なのカ? 凡そ生き物とは思えない音だったが?」


 先程の音が気になっている様子のイミナスは、クオトラの体になにか起きているのではないかと気になり確認している様子だった。


 そんなイミナスに、クオトラはわざとらしく笑いながら大丈夫だと言う。少々疑惑を払拭しきれない様子ではあるが、イミナスはクオトラから目を離した。


「おはよう、クオトラ」


 背後から聞こえる声に、クオトラが振り向く。金色の髪の毛は至る方向に跳ね、重々しく身体を起こしたフレーリアがそこに居た。


「フレーリア、身体は大丈夫なの?」


 疲労の色は完全には抜けていなかった。


「うん、肩の痛みもほとんどないみたい。イミナスさん……?ありがとう!」


「そうカ。元気になったなら何よりダ」


 フレーリアが肩をさすっているがその様子から痛みはもうほとんど無くなっているようだった。クオトラならいざ知らず、通常の人間としては驚異的な回復量であった。


「さて、長老のところに行きたい……が、その血だらけの体ではナ……。風呂で体を洗い流してきなヨ」


 イミナスは奥の部屋を指さして、また新しい布を投げ渡した。


「フレーリア、肩が問題なさそうだったら、先に入ってきなよ!」


 フレーリアは恐る恐る肩に巻かれた布を巻きとったが、驚くべきことに肩口の傷はほとんど塞がっていた。


「痛くはなかったけど、こんなに早く塞がるだなんて……」


 1番驚いているのはフレーリア本人であった。しかし傷が塞がったと分かった途端に、彼女は足取りを軽くして風呂場へと向かっていった。


「昨日の薬はなんだったんだ?」


「それは後で分かるサ。長老の家に行った時、2人に説明するヨ」


 若干疑問の残る返答ではあったが、教えて貰えるということであれば今わざわざ急ぐ必要もなく、クオトラは頷いた。


「あとは、この村では問題ないがその手足は見られたらまずいモノなんじゃないカ?」


 言われてハッとしたクオトラが手足を確認すると、爪を隠すための手袋も変質した足を覆っていた靴や靴下も完全にその役割を放棄していた。


「分かってて……どうして?」


 昨日は疲労で気づいていなかったが、今となればそんな自分を招き入れたイミナスの真意が分からず、クオトラは恐怖を表情に出してしまっていた。


「全て後でわかるヨ。けれども、おレ達は君の敵では無いことだけは確かダ」


「敵じゃない……」


 イミナスの表情は穏やかなもので、敵意がないというのはおそらく本当なのだろう。クオトラは警戒態勢を解除して、その場にゆっくりと座り直した。


「あー、そっちも落ち着いたら服買い直した方が良さそうだナ」


 気づけば体を洗い終えたフレーリアがそこに居た。残念なことに肩口からの出血で、服の左半分は赤黒く変色していた。


「それじゃ、僕も風呂借りるよ」


 クオトラは再度立ち上がり、風呂へと向かう。そうして体を洗った後に、また部屋へと戻った。


「それじゃ、まずは行くとしようカ」


 イミナスが手招きをしながら家を出る。それに釣られるようにして、クオトラとフレーリアは外へと出る。外はおそらく昼のはずだが、陽の光は届いていない。家の中よりも緑の色が濃いが、光源は足りており視界自体には問題がない。


「この洞窟の苔は特殊な進化をしているようで、強く発光するんダ。家の中には白に近い発光をするものだけを集めているのサ」


 そう話しながら、イミナスは洞窟の奥、村の中へ中へと進んでいく。そうして進んでいくと、他の家よりも一際大きい木造の建物が現れた。他の建物は背の低い平屋なのに対して、その建物は明らかな高さがあった。


「あれが長老の家サ」


 イミナスは説明もそこそこに、木製の扉を叩いた。叩いてから中の人物が出てくるまではそう時間もかからず、木造特有の軋む音と共に扉は開いた。


「朝から騒がしい」


 背中を折り曲げ、扉から顔を覗かせる初老の男はその雰囲気だけでも驚くべき大きさであることを感じさせた。


「長老、紹介したい人が居るのサ。朝からで悪いけれどサ」


「ほう。イミナスがか……。そうさな。入るが良い」


 長老はクオトラ達を見やると小さく笑いながら、中へと招いていた。


 3人は長老の後ろをついて行くようにして中へと入っていった。家の中は外で見た以上に広く見え、それ以上に天井が異常に高く見える。使われてるのは木材に見えるが、赤の大地には存在しないであろうことが見て取れた。


「好きに座りなされ」


 長老の男を改めて見れば、身長はクオトラの1.5倍はあるのかと思われるほど高く、座っている姿もおおよそ人間には見えないだろう。


 恐る恐るクオトラとフレーリアは、長老の正面にある椅子に座り込んだ。机を隔てて座っているものの、そのサイズ感から異様な圧迫感が部屋に満ちていた。


「イミナス、彼らを連れてきた理由はなんだ?」


「彼らはおそらく竜人なんじゃないかと。それも、どうやら昨日赤の大地から渡ってきたようなんダ」


 イミナスの言葉に長老は驚いたようで表情を変えた。曇らせた訳ではない。年齢を感じさせる白く染まった髪と髭には似つかわない、無邪気な表情だった。


「我の名前はグラシアノ・フェネック。グラシアノで良い。貴殿らが赤の大地から来たというのは本当か?」


 ずいっと顔を近づけて、クオトラを凝視するグラシアノ。その言葉にも行動にも敵意は感じられないだろうが、その大きさにクオトラは体を引いている。


「本当だ。僕達は赤の大地から来た。でも、僕は……竜人になるために白の大地に来たんだ」


「ほう。竜人になるため……か。イミナス、貴殿はなにゆえ彼を竜人だと思った?」


 グラシアノは、自身の隣に座り小さくなっているイミナスに問いかけた。


「絶海の『道』を渡り切れる人間がいるとは考えられないんダ。それに、今体に出来ている切り傷はきっと竜の息吹によるもののはず……なのに、クオトラの体には表皮を切り裂く程度の傷しかついていなかったんダ」


「詳しいのではないか。そうだな、あの『道』を渡り切れる能力があるならば、竜人であると考えるのが妥当。クオトラ、貴殿はどのようにしてあの『道』を渡ったんだ?」


 『道』。竜の息吹。聞いたことの無い言葉の連続にクオトラは一瞬たじろいだが、意味はなんとか理解してグラシアノを見据え直す。


「どうやって……。そうだな……思いっきり走った……だけだから分からない」


「思いっきり走っただけ?」


 グラシアノは復唱すると同時に腹を抱えて笑っていた。空間が震えるような大きな声で笑うグラシアノと、驚くことしか出来ないクオトラ、フレーリアは相反する状態であった。


「すまない。少し、貴殿について教えて貰えないだろうか?」


 冷静さを取り戻したグラシアノに、クオトラは赤の大地での惨劇の話、赤の大地の竜へと復讐を目指していること。そして、器が持っていた秘炎核を取り込んだことを話した。


 クオトラはグラシアノが何故か自分に近い存在のように思え、気づけば自身の全てを話尽くしてしまっていた。本来であれば器の話も、生い立ちも話すべきではないはずだと理解しているというのに。


「そうだったか。貴殿から感じた只者では無い気配は、器の成り代わり故のものか……。それにしても、レウェルシュ……とはな」


 感慨深そうに呟くグラシアノの様子に、2人はぴたりと動きを止めた。


「ルーシュさんを知っているの……?」


 フレーリアが机に身を乗り出した。


「ふむ。知っているも何も、彼はこの大地の竜神であったからの」


 その言葉を聞き、クオトラははっと頭を抑える。


「いや、考えてみればその通りだ……。何故あの赤い女がいたと言うのに、ルーシュが赤の大地にいるものだと考えていたのか……」


 大地にはそれぞれ1体ずつ竜神が存在するはず。青の大地にはレクティラ、赤の大地にはユスティレイ。であればルーシュは白の大地の住人であるはず。それはあの夢の中でも見たというのに、クオトラは今になってようやくその事を思い出していた。


 理解が追いついたのはフレーリアも同様のようであった。


「そっか。ルーシュさん、生まれた大地に戻れたんだ」


 フレーリアは涙を浮かべていた。彼女にルーシュの全ては分からないはずである。それでも最後の瞬間を思い浮かべれば、彼が故郷に戻れたという事実だけで感情のダムが決壊していた。


「レウェルシュは赤の大地でも幸せだったのだろうな。それでも……そうか、レウェルシュは我の若い頃からの旧友であったからな……悲しいものだ」


 グラシアノは顔の前で両手を合わせ目を閉じた。その後目を開くと、再度クオトラへと体を向き直した。


「クオトラ……。貴殿に何があったのか、そして何を為したいのかは理解した。きっとレウェルシュもそれを望んでいるだろうから、我も貴殿に協力しよう」


 グラシアノはそういうや否や、立ち上がり奥の部屋へと消えていった。


「まさか、この遠くの地でルーシュさんの話を聞くことになるなんて思わなかったわ」


 フレーリアは目元を拭っていた。


「そうだね。ルーシュさんも……白の大地に来てから少し落ち着いているような気がするよ」


 寝ても起きてもザワついていた、クオトラの胸中に居るルーシュが、今は穏やかな表情を取り戻しているようだった。それは知っている彼と共にいるようであった。


「レウェルシュは心優しい男だった」


 奥の部屋から現れたグラシアノに2人の目は吸い込まれる。


「受け取るが良い」


 それは古びた木箱だった。ずしりと重いそれをクオトラは受け取ると、机の上に乗せて蓋を開けた。


「血液……?」


 箱の中には1本の瓶が入っており、その中は赤い液体で満たされていた。


「これは竜神の眼球に含まれている血液……に限りなく近い血液。無論、その人間の容量にはよるが摂取すれば竜人に遺伝子を組み替えることが出来る」


「ちょっと待って。僕たちは赤の大地であの竜神の血を浴びているんだ。これ以上竜神の血液を取り込んだところで変わるとは思えないんだけど」


 トゥルエイトから肉を食べれば竜人になれるかもしれないとは聞いていたが、血液を差し出されクオトラは嫌悪感を露わにする。赤の竜神ではないとはいえども、竜神の血液というだけで少々怒りが湧いていた。


「少々勘違いしているようだ。竜族は体表面を流れる血液と、体内を流れる血液は完全な別物だ。体内を流れる血液は内蔵の修繕や秘炎核のエネルギーを全身に渡す働きがある」


 つまりと瓶を片手にグラシアノは話を続けた。


「これは文字通り、細胞を竜神へと近づける液体であるといえよう。ただし、一度竜人になってしまえば二度と人間には戻れないから、それだけは注意することだ」


 グラシアノは瓶を再びクオトラの目の前へと差し出した。


「人間には戻れないってどういうこと……?」


 クオトラは目の前に置かれた瓶を見つめていた。


「言葉の通り……だが、竜人になってしまえば内蔵が人間のものとは別物になってしまう。竜人の寿命は人間の十倍程度である……が、それは秘炎核が正常に稼働していればの話だ」


 そして……とグラシアノは前置きして、胸元から何かを取り出した。


 ギラギラと光る小さな欠片。それは、赤の大地でもよく見た死竜の秘炎核にそっくりな欠片であった。


「これは竜人の秘炎核。器のものに比べれば粗末なものではあるが、我々竜人は定期的にこれを取り込まなければいずれは貴殿らの言う死竜に成り果ててしまうだろう。そして秘炎核を限界以上に稼働させ続け、限界を迎えてしまうと逆に人間の姿を失ってしまうのだ」


 つまりは竜人になることで強大な力と耐性を得る一方で、秘炎核を取り込み続けなければ死竜になってしまうということであった。更には無理をし続ければ、人間の姿でいられなくなってしまう。


「赤の大地では竜馬車を作っていると聞いた。相当に惨いことをしていると感じる……」


 悲しそうに呟くグラシアノに、クオトラは体温が下がることを感じた。


「まさか……あれは、人為的に竜人を竜に作り替えてた……っていうことか……」


 自分も最悪どのような末路を辿っていたかと考えさせられ、クオトラは震えていた。


「話が脱線してしまった。しかし、貴殿が赤の竜に復讐をしたいならば、中途半端な体では難しいだろう」


「中途半端な体……?」


「貴殿はおそらく、既に竜人になりかけている。両親が竜人に近かったのかもしれない。しかし、竜人と人間では臓器の作りがあまりに違う。秘炎核の力を引き出すためには竜の臓器が必要であるのだ」


 クオトラにはグラシアノの言葉が半分程度しか理解できてなかった。それでも、竜にならなければ復讐が果たせないという事実だけで十分であった。


「分かった。これを飲めばいいんだね」


 クオトラは瓶を手に取った。


「待って!それは全部飲まないと意味が無いの……?」


 フレーリアの鋭い声が聞こえた。彼女は悲愴にも近い表情を浮かべ、グラシアノを見つめていた。


「いいや。クオトラであれば少量でも完全な竜人になれるであろう」


「だったら、私も竜人になる」


 フレーリアはクオトラの肩に手をかけた。だがその震えがクオトラに伝わり表情を大きく曇らせた。


「辞めるべきだろうな。元の耐性がない人間が竜人となった場合、高確率で暴走し自我のない竜になってしまうだろう」


 クオトラは悩んでいた。人間のままのフレーリアを連れていく場合に、また以前のように秘炎核に触れる機会があった場合、今度こそ死竜になってしまうのかもしれない。


 しかしながら、適正のない竜人になって自我のない竜になってしまう可能性もある。きっと彼女のことだ、クオトラが危機に瀕した場合、自分のことを顧みず持てる力を発揮しようとするはずだ。それによって人間の姿を失うことがありありと感じられた。


「フレーリア、ダメだ」


 クオトラが出した結論は、竜人にしないというものであった。


「いや。もう足でまといは嫌なの。貴方はわたしが傷つくのが嫌だと言うけれど、逆の立場になって考えたことはあるの? いつもいつも傷ついてその度に無力なわたしはどんな気持ちだと思う?」


 フレーリアは堪えきれず涙を流していた。その表情には怒り、悲しみ、悔しさ。複数の感情が混ざりあっているようで一瞬ごとに歪む顔からはそれぞれの感情が強く読み取れる。


「ごめん……」


「謝るならわたしも力にならせてよ。貴方が復讐を誓う気持ちは分かるけど、同じ気持ちは私も感じているのよ。わたしだってあの竜を許せないし、あなたが傷つくのも許せないの」


 フレーリアは昔から一度決めたことはなかなか曲げない。きっとこの気持ちもこれまで押さえつけていたのだろう。


「……分かった……グラシアノさん、彼女にも飲ませていいかな……?」


 クオトラは深く考え込んだあと、俯いたままそう呟いた。


「横からで悪いが、彼女は昨日拒否反応を示さなかっタ。耐性が全くない訳ではないはずサ」


 イミナスがフレーリアの肩を指さす。グラシアノはフレーリアの肩を確認すると瞳を閉じた。


「うむ、分かった。竜人は同族食いの悲しい血族だ。それを理解した上でも進むと言うならば我は止めない」


 同族の欠片を摂取し続けなければ生きていけない。その覚悟は互いに出来ていた。


「大丈夫。そんなの大した問題じゃないから」


 フレーリアがそう答えると、グラシアノは胸元から一回り小さな瓶を取り出した。


「分かった。であればこの小瓶をクオトラ、そしてそちらの瓶をフレーリアが飲むと良い。くれぐれも零さぬように」


 クオトラは瓶をフレーリアに手渡し、目の前に置かれた小瓶を手に取る。蓋を開けると、鼻をつんざくような独特の香りが広がった。


 フレーリアも同様に蓋を開けたがその手は小刻みに震えていた。しかし、それを振り払うようにフレーリアは一息に瓶の中身を飲み込んでいった。


 それを確認し、クオトラも瓶の中身を飲み込んだ。血液特有の粘性や、鼻を抜ける香りが嚥下の拒否を誘発させるが、無理やりに飲み込んだ。


 途端に熱湯を飲み込んだ直後のように、内蔵が内側から熱された感覚が伝わったようで、その場で腹部を押さえ込んだ。同時に横を見ればフレーリアは体をくの字に折り曲げて、苦しんでいた。


「あ……あ……」


 クオトラも耐えきれず体を折り曲げてその場に転がった。

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