第40話 白の民
「オれの名前はイミナス。お前ら、まさかとは思うが赤の大地から来たのか?」
山の麓にある大岩。そこに向かって歩きながら彼は問いかけてくる。
「僕の名前はクオトラ。そして彼女はフレーリア。僕達は赤の大地からあの道を渡って来たんだ」
クオトラは疲労のせいか、頭が回らずそのまま答えてしまう。その言葉にイミナスは驚いたようで一瞬足を止めたが、すぐにまた歩き出した。
「そうか……。いや、そうじゃないかとは思ったんだ。おレの家に着いたら色々聞かせてくれヨ」
「分かった」
そこで話は終わった。イミナスは大岩を迂回して歩くが、大岩の側面には大きな横穴が空いておりその先へと進んでいく。
洞窟のような横穴は下へ下へと続いており、入口から奥に向かって緑色に発光するなにかが壁面と天井に張り付いていた。
白に近い緑色の発光物のお陰で、洞窟だと言うのに視界に問題はほとんどない。少し雑に作られた階段のような足元に気をつけて進めば、開けた場所が現れた。
「ここがおレらの村サ」
石造りの家々が立ち並ぶそこは地下の村だった。イミナスは驚くクオトラ達を気にする様子もなく、先へと進んでいき、追いかけること数分でようやく一つの建物の中へと入っていった。
クオトラはそれに釣られるように中へと入る。外から見ればほぼ石で作られているように見えていたが、中には木材の支柱や木材の床が広がっており、外見よりも温かみが感じられた。
「そこに座りなヨ。今治療の準備をするからサ」
イミナスは布を敷いた後、部屋の奥へと入っていく。クオトラは布の上にフレーリアを寝かせ、イミナスを待つこととした。
クオトラの傷はいつの間にか大部分が塞がり、血の跡だけが残っていた。フレーリアは未だ小さく震えながらクオトラへと謝っているようだった。
「僕が守れなかったのが悪かったんだ……僕の方こそごめん……」
後悔から、クオトラが呟くように謝る。
「大丈夫、すぐに治るサ。これを塗って上から巻けば」
イミナスが持ってきたのは、薄紅色のクリームと白い布だった。正体不明のクリームを塗ろうとするイミナスを、クオトラは引き止める。
「それは一体……?」
失礼だとは思いつつ、彼を止めて正体を確認する。
「これはうちの村に伝わる軟膏だヨ。傷口の自己修復能力を高めて、傷の回復を早める薬サ。安心しなよ、変なものは入ってないからっサ」
そう言う彼を引き止めるのは申し訳なく思い、少々渋々ながらもクオトラは引き下がる。
「いった!」
傷口に塗りこまれる痛みに、フレーリアが小さく暴れるがそんな様子をものともせずに、イミナスは軟膏を塗りおえると慣れた様子で布を巻いていった。
「これで大丈夫。これくらいの傷ならすぐに治るサ。それより、聞かせておくれよ、君達は何しにこの地へ来たんだい?」
掴みどころが無かったイミナスの雰囲気が変わったように感じた。
「赤の大地の竜を倒すために僕達はここに来た」
「大地の竜を倒すため……?」
イミナスは驚いた様子でありつつも疑問も浮かんでいるようで、首を傾げながらその場に胡座をかいた。
「ちょっと聞かせてヨ。どうして大地の神を倒すんだい? そして、倒すためにどうしてわざわざ白の大地まで来たんだい?」
当然の疑問ではある。嘘では無いが若干本質から外れた回答をしたせいでクオトラは一瞬口どもる。
「赤の大地は、あの竜……達によって酷い地獄を味わわされてるんだ。僕は故郷の街と人々を失った。だから、あの神を必ず倒す」
イミナスの反応は想像より薄かった……というよりも、感心したような表情を浮かべていた。
「実はそんな噂は聞いたことがあったんだ。おレの大地にも赤の竜を恨んでいるものはいる。だけれど、倒そうとする気概は素晴らしいナ」
「この大地でも恨んでいるものが居るのか?」
イミナスの言葉にクオトラが驚いて問いかける。
「そうだヨ。その昔、白の大地の神は赤の竜に唆された人間によって重傷を負った。それによって白の大地は荒廃し、神の復活まで辛い思いをする羽目になった……そんな話があるのサ。だから、その話を信じている人々は、赤の大地を恨んでいる者もいる」
イミナスは、少々曇らせた表情を見せていた。
「そんな話が……?」
「他人事じゃないゼ。人によっては、赤の竜どころか、赤の大地を恨んでいる。赤の大地から来たなんて下手に言えば、区別のつかないヤツには狙われるかもしれないからナ」
わざとらしく脅すような仕草を見せるイミナス。それでも彼の忠告は今のクオトラにとっては有難いものだった。
「教えてくれてありがとう。今後は軽々しく赤の大地から来たなんて言わないようにするよ」
「なに、お安い御用サ。それよりも、白の大地に来た理由も教えて貰えないカ?」
イミナスは、興味で聞いているような、雰囲気を漂わせていた。
「白の大地には、竜人が多いと聞いた。だから僕も少しでも強くなれるんじゃないかと思って」
若干煮え切らないような回答であったが、なにかがイミナスに刺さっていたようで、その表情は輝いていた。
「君、そんなこと知っているんダ! よし、明日長老のところに連れて行ってやるヨ。きっと今の君にとって必要な情報が得られるだろうサ」
「あ、おう。分かった。お願いするよ」
肩口を掴まれ、強引にそう話すイミナスの威勢に負けて、クオトラは了承していた。
「今日はここでゆっくりしていきなヨ。そこの彼女も安静にするのが必要だと思うしサ」
クオトラはその言葉に頷き、部屋の一角を借りて休むことにした。
フレーリアは疲れのせいか、傷のせいか既に眠りについていた。これまでクオトラよりも先に眠りにつくことなどほとんどなかった彼女の寝姿に、クオトラの胸は強く締め付けられた。
「必ず守る……だから」
そうしてクオトラも疲労を癒すべく眠りについた。




