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第38話 悲劇の元凶

「フレーリアも一緒に来いって言われたよ」


 慌ただしく準備をするクオトラが、まだ寝起きのフレーリアに投げかけた。


「え……?」


 唐突な言葉に、フレーリアは完全に思考を停止した。一拍置いて、悲鳴に近い声を上げる。


「なんでそんな大事なことを今言うの!?」


 クオトラの王への謁見当日だった。フレーリアは他人事とまではいかないまでも一日やることを探そうと思っていた矢先、この話に驚かされてしまった。


 怒りと呆れを同時に抱えながらも、フレーリアは駆け出していた。まだ開ける予定ではなかったクローゼットを勢いよく開き、なるべくそれらしい服を探し始める。


「もう……」


 言葉に収まりきらない怒りと焦りが、フレーリアの小刻みなつぶやきとして漏れる。


 慌ただしく用意を済ませ、家を飛び出すと、竜馬車が待機していた。赤黒い体に退化しかけたような弱々しい翼。それとは対照的に発達した脚を持つ竜馬が引く馬車は、四人ほどが座れる荷車の形をしている。その先頭にはトゥルエイトが座っていた。


「団長の代わりに迎えへ上がった。後ろに乗れ」


 トゥルエイトはいつもより厳格な態度でそう告げた。緊張からなのか、あるいはわざとそう振る舞っているのか、クオトラにはその理由は分からなかった。


 フレーリアが軽く会釈し、乗り込む。それを追うようにしてクオトラも後部座席へと乗り込んだ。


「竜馬なんて初めて乗ったかも」


 緊張感もなく、クオトラは竜馬に目を奪われていた。


「この地では王都以外には生息していないからな。不思議なのは無理もないか」


 トゥルエイトの表情は正面を向いているためクオトラには見えない。それでもなんとなく呆れているような声色を感じ取っていた。


「クオトラ、国王は竜神と繋がっている。くれぐれも敵意を表面上に出さないように気をつけろ」


「大丈夫、分かってるよ」


「分かっている……それならいいが、私は助けには入れないからな」


 トゥルエイトはわざとらしく含みを持たせた声でそう告げた。


 竜馬は王城へと向かっていく。生活区を抜けて、王城入口を通り抜ける。入口の奥にある扉を抜けると、下りの坂があり暫く進むと坂は上りに変わった。


「螺旋状になってる……?」


 道は緩やかな内巻きとなっており、地下を経由した螺旋となっていた。かなり物理的ではあるものの、これでは下手に忍び込むことは出来ないだろう。


「もうすぐそこだ」


 坂を登りきった先にはもう1枚扉があり、そこを通り抜けるとようやく城の内部に入り込むことが出来た。


 クオトラは扉の開閉を行う兵士に会釈をして、トゥルエイトに促されるままに竜馬から降りる。


「ここが王城の中央部、王の居間になる」


 クオトラとフレーリアが、トゥルエイトの後に続く。響き渡る足音が、歩く一行の空気が張り詰めさせていくようだった。


 そうして扉の前に立ち止まった。


「この先に王がいる。先程言った通り、私はここから先には進めない。以前話したように、気をつけて話してくるんだ」


 クオトラは無言で頷き、扉に手をかけた。豪奢な見た目の扉は重々しい音と共に開き、二人はその先に歩を進める。


 中は、豪奢な扉の雰囲気に負けることがないほどに広い空間だった。部屋の奥には椅子に座りこんだ王と思しき人がおり、その周囲には槍を持った六人の兵士が待機していた。


「失礼します。王都軍 運搬隊 初級兵のクオトラ・アタラネルヴァです」


「王都軍 補助救護員 フレーリア・トレブカペルです」


「進みい出よ」


 王の風貌は部屋の雰囲気に合わないほど一般的な容姿をしている。遠目からでも分かる白髪混じりなモノクロの髪色。


 真っ白な服には所々金属質の飾りが付いている。


「そこでよい。主らの出生は?」


 王は少々珍しいものを見るような目で二人を見ているようだった。


「わたし達はここから東にあったアルフィグの街出身です」


 クオトラが答えるより早く、フレーリアが応えた。彼女の声にはわずかな緊張が滲み出ていた。


 王は驚いたような表情を見せる。だが、それはどこか幼子が未知のものを目にしたときのような無垢さに似た反応だった。


「そうか、主らが……。なるほど」


 妙に含みを持たせた言葉に、クオトラは首を傾げる。だが、胸の奥に湧き上がるのは得体の知れない不安。何か嫌な予感がした。


「今日来るとは聞いておったが、思ったよりも……若いのだな」


「歳はどちらも十七です」


 王が何を言いたいのか掴めない。会話の端々に何か隠された意図があるような違和感が、クオトラとフレーリアの表情を曇らせていく。


「主は先の死竜討伐において良い働きをしたと聞いたが、死竜には慣れておったのか?」


 王の声色が僅かに低くなる。空気が一気に重くなり、部屋全体が息苦しさを帯びていく。不思議な圧迫感が、二人を一層緊張させた。


 一瞬、クオトラの脳裏にあの日の記憶がよぎる。目の前で肉塊と化したレリーフの姿。彼の眉間に皺が寄るが、どうにか平静を装った。


「慣れていたと言うほどでは……。アルフィグで嫌という程見たから感情のまま戦っただけです」


 完全なる嘘である。しかし、竜の渓谷へ単身で向かった事実を知られれば、追及された際に逃げ場を失う。苦渋の選択だった。


「ほう。そうか。それはそれは」


 王は頷き、続けた。


「団長のアルバーン、副団長のトゥルエイト共に、主の働きを認めていた。素晴らしい身体能力であると。国王として、主のような優秀な兵士の誕生は心より嬉しい」


 その声色に嘘は感じられない。だが、その言葉に伴う表情からは喜びの色が感じられず、どこか乾いた印象を受けた。


「王からそんな言葉を貰えるのは、光栄なことです」


 クオトラはぎこちない敬語で応対する。


「何か褒美をくれてやっても良い。望むものはあるか?」


 唐突の僥倖にクオトラは固まる。


 本来であれば、計画通りにアルバーンを盾に神竜の血肉を要求すべき場面。しかし、クオトラの心には故郷アルフィグのことがこびりついて離れない。


 どうして王は、死竜の討伐による平和ではなく、襲撃にあった街への表面的な修繕を優先するのか。


 あの日、何故大人たちは教会に集まっていったのか。


 あの日、何故アルフィグはあの地獄に見舞われたのか。


 怒りとはまた違う形容し難い感情の波が押し寄せ、クオトラは唇を噛んだまま声を上げることが出来なくなってしまった。その姿は凡そ、褒美を与えられる前の人間とは思えないものだった。


 王が不思議そうに問いかけた。彼の口調には驚きすら含まれていた。


「クオトラは死竜討伐の際、目の前で同期を失いました。そのことを思い出しているのだと思います」


 フレーリアが即座に助け舟を出す。彼女の声は冷静を装っていたが、王を警戒する緊張感が滲み出ていた。


「なるほど。主らに限らず、この国の者たちは皆、大切な者を失っている。慣れろとは言わぬが、乗り越える強さを身につけるべきだろうな」


 王はどこか他人事のように言い放つ。その言葉に悲愴の色は一切なく、むしろ薄い笑みさえ浮かべていた。


「私たちは共に故郷で大切なものを失いました。いずれ乗り越えなければならないとは思っています」


 フレーリアは噛みしめるように言葉を紡ぐ。王に向けた瞳には、微かな怒りの色が浮かんでいた。


「アルフィグは特に酷かったと聞く。それでも生き残りが二人もいるとは、むしろ上々と言えるかもしれぬな」


 王の口ぶりに宿る喜びの色。それがどうしてもクオトラの感情を逆撫でする。思わず問いが口を突いて出た。


「なぜ、王は嬉しそうなのですか?」


 いけない。そう思ったときには既に遅く、声は場に響き渡っていた。


「ほう、嬉しそう……か?」


 王は微笑みながら首を傾げた。その態度には怒りも悪びれた様子もない。ただ、好奇心を持って問い返したようだった。


「我は、この国の発展を目指しておる。そのためには数多の犠牲が必要だった。その犠牲の川の中から見つかった砂金がお主らであったということだ」


 王の声には抑揚がなく、それが返って異様な真実味を帯びていた。その目はクオトラとフレーリアを見据え、まるで彼らの中身を覗き込もうとしているかのようだった。


 クオトラの胸中に怒りとも恐れともつかない熱が渦巻き、じっとりと背中に汗が滲む。


「砂金……だと?」


 感情を押し殺そうとした言葉が、かすかに震えた。自分がこうして生き残ったことへの苛立ちと、王の冷酷な言葉への反発がない交ぜになり、理性を蝕む。


「主らのような優秀な者が生き残ることで、この国は次の時代へ進むことができる。犠牲を嘆くより、その先に得られる未来を喜ぶべきだ」


 王の言葉は、まるで命そのものを一つの材料としてしか見ていないかのようだった。それはクオトラに、王の姿を目の前の椅子に鎮座するだけの人間ではなく、どこか異形めいた存在に感じさせた。


「あの地獄は……王は、あの出来事が起こることを分かっていた……と?」


 クオトラの問いは、理性を絞り出した結果のものだった。それでも、言葉には敵意が滲み、フレーリアは横目でクオトラを見やる。その表情は険しく、クオトラが王の怒りを買うのではないかという危惧に満ちていた。


「分かっていたとも。我にとってもアルフィグは重要拠点の一つであったから、少々心が傷んだが、結果として主らが生き残ったことで後悔は一切ない」


 クオトラは何かを誤解していたことに気づいた。王は何かが起こることを知っていた……そんな単純なものではなく、むしろその原因の一端を握っている存在に違いない。その思考が彼の中で怒りと困惑を渦巻かせる。


「どうして……。あなたは国王なのに、どうして民の命を守ろうとしないんだ」


「何か勘違いしているようだが、我は民の命を優先している。そのためには国力が必要であるから、今は犠牲を払っているというだけだ」


 王の言葉は鋭利だった。それに伴い、周囲に立つ六人の兵士が一歩前に進み、槍を正面に構える。その動きは音もなく、精密な機械を思わせる。


「クオトラ!」


 フレーリアが低く叫ぶ。彼女の声に含まれた緊張は、空気をさらに重苦しいものに変えた。


 クオトラは拳を握りしめる。怒りに身を焦がしながらも、王の目を見据え続けた。その瞳に浮かぶ無機質な光が、彼の理性をさらに削っていくように感じられた。

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