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第36話 薄氷の指揮官

 山の麓まで降りると、死竜たちは渓谷の入口へと引き返していった。辺りには新たな死竜の気配はなく、ひとまず静寂が戻ってきたが、軍隊の士気は地に落ちていた。


 それでも、第二部隊との交代の時間となり、夜戦部隊が山を登り始める。昼間の部隊では、いくら夜目が利く者であっても暗闇では進めない道を、夜戦部隊の兵士たちは難なく進んでいく。


 地下の街で育ち、昼間に行動できない体質から暗闇に適応した――そんな彼らの特性を、クオトラは目の当たりにし、改めてその現実を理解した。


 山の麓まで降りると、死竜たちは渓谷の入口へと引き返していった。辺りには新たな死竜の気配はなく、ひとまず静寂が戻ってきたが、軍隊の士気は地に落ちていた。


 それでも、第二部隊との交代の時間となり、夜戦部隊が山を登り始める。昼間の部隊では、いくら夜目が利く者であっても暗闇では進めない道を、夜戦部隊の兵士たちは難なく進んでいく。


 地下の街で育ち、昼間に行動できない体質から暗闇に適応した――そんな彼らの特性を、クオトラは目の当たりにし、改めてその現実を理解した。


 第一部隊は、山の麓からさらに王都に近い森の開けた場所で野営の準備を整えた。王都に戻らずこの場に留まるのは、第二部隊への援護準備と、翌朝の回収業務のためだった。


「今は深く考えず、体を休めることだけを考えるんだ」


 焚き火の光が揺れる中、アルバーンの低い声が響く。足元には寒さ避けのために敷かれた毛皮があるだけ。粗末な野営の中で、兵士たちは思い思いの場所に腰を下ろし、疲れ切った体を横たえていた。


 だが、戦場で見た光景が頭を離れるはずもない。クオトラの脳裏にも、先ほど目の前で命を落としたレリーフの姿が焼き付いていた。彼を守れなかった自分の無力さ。力を得て強くなったと思い込んでいた自分への怒り。そして、次は誰を失うのかという恐怖が、胸の奥で渦巻いていた。


 ちらりと隣のフレーリアを見やる。彼女の姿を確認しただけで、少しだけ安堵する。それでも完全に心を落ち着けることはできず、クオトラは空を見上げた。


 森に広がる夜空は、凍てつくように冷たく澄んでいた。しかし、その美しささえも、彼の心を癒すことはなかった。思い出したくない故郷の記憶――血と死が支配したアルフィグの惨劇が、意識の隙間に忍び込む。


 すすり泣く声が遠くから聞こえる。地獄を思い出している兵士たちもいるのだろう。


「クオトラ……大丈夫?」


 隣からフレーリアの声がかかった。気遣う彼女の言葉に、クオトラは小さく笑ってみせた。


「いや、フレーリアこそ」


 お互いに弱みを見せまいと努めているのがわかる。それでもその笑顔の裏には、それぞれが抱える悲しみと不安が透けていた。


 すぐ目の前ではアルバーンがトゥルエイトと話をしていた。暗闇に沈む表情には疲労が色濃く滲み、普段の鋭い眼光に陰りが見える。体調が優れないのではないかと、クオトラは思った。


「第二部隊の被害は?」


 アルバーンの声は低く、けれど命じるような厳しさを湛えていた。トゥルエイトが冷静な口調で応じる。


「新入りの犠牲は他の部隊でも相当数に上る。今回はいまだかつてない状況だ。討伐を最優先としながらも、自らの命を第一に考えるよう、再度徹底を指示すべきだろう」


 その言葉を聞きながら、クオトラの胸中でアルバーンへの印象が揺らいだ。あのアルフィグで会った冷徹な指揮官とは別人のように思えた。反抗を許さない冷酷なオーラを放っていた彼が、今では新人を気遣う姿勢を見せている。彼の本心がどこにあるのか、クオトラには見定められなかった。


「己が生き残ることを最優先にな」


 アルバーンは部隊の全員に言い聞かせるように呟いていた。


「承知した……」


 自分だけに話しかけている訳では無いと思いつつも、返事をするべきだと思ったクオトラはらしくない敬語で返事をする。


 アルバーンはくすりと笑うと、次の部隊を確認するためだろうか、暗闇の中へと消えていった。


「あの人……いい人なのかな」


 クオトラが漏らすと、フレーリアが隣で静かに首を傾げた。


「……わからない。でも、隊員思いなのは間違いないみたいだね」


 あの冷酷な目を思い出すと、どうにも腑に落ちない。けれども、これが彼の本当の姿だとしたら――そう考え、クオトラは自分の混乱した思考を振り払うように頭を振った。


「アルバーンは、誰よりも仲間思いだ。誰よりも深く傷ついてきたからな」


 不意に、トゥルエイトが呟いた。低く穏やかな声に、彼がわざとクオトラだけに聞こえるように話したのだと気づいたが、クオトラは返事をしなかった。


「いつか話してみたいな……」


 クオトラはぽつりと呟くと、そっと腰を下ろした。冷たい大地に手をつき、大きく深呼吸をする。夜の冷たい空気が、彼の熱く渦巻く感情をわずかに鎮めていくようだった。

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