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第34話 二つの旅路

 総勢三百を超える軍勢。その後方支援や交代要員を含めれば、参加者は千人にも達する規模だ。この巨大な討伐隊は、王都を取り巻く深刻な脅威の死竜に立ち向かうため編成されていた。


 その中でクオトラは、自分が所属する隊の背景を初めて知ることとなった。討伐の先頭に立つ部隊、王都地下の訓練所で鍛えられた兵士たちだった。彼らは地下に暮らす理由について淡々と語った。


「我々は日光に弱いから助かっている……」


 その一言にクオトラは心を掴まれた。血の雨に体を壊された生き残りには、日光に耐えられなくなる後遺症を持つ者が少なくないという。話によれば、あの赤い雨に打たれた生き残りの、半数近くが体の一部が溶けた状態で太陽光を浴び、命を落としているという。


 それを聞いて、クオトラは遠い記憶を呼び起こしていた。アルフィグの街で軍が到着したのは夜明け前、薄暗い時間帯だった。きっとそれも、日の光に弱い彼らのための配慮だったのだろう。


 今回の討伐隊もまた、死竜が活性化する夜間に予備隊との入れ替えを行う計画だった。それは単なる作戦の一環ではなく、彼らの特性を考慮した必然でもあった。


 時刻は夕刻前。クオトラたちの討伐隊は山の麓に到達し、隊列が整えられた。先頭に立つ軍団長アルバーンは、黒髪を風に靡かせながら全員に告げた。


「時間は無いが小休憩の後、作戦を開始する。ここから先は扇形に広がり、死竜を見つけ次第討伐することになる。次の指令まで全力で休憩時間せよ」


 その言葉に、兵士たちは疲れた体を休めながら最後の準備を整えた。王都からの距離はそう遠くはなかったが、大人数での行軍は個人で歩くそれとは比べ物にならない負担がかかる。


「クオトラ、我々三番隊は真正面から死竜を相手にしなければならない。くれぐれも焦りすぎることのないように」


 トゥルエイトがクオトラの耳元で囁いた。その配置は恐らく彼の計らいによるものだった。三番隊は中央の一番隊に次ぐ危険な位置だが、最も激戦となる場所は避けられている。そういった思惑を感じつつ、クオトラは小さく頷いた。


 団長の率いる一番隊は全体の把握と、王都への襲来を確認するためか、街に近い右翼側中央に配置されているようで遠くへと離れていった。クオトラのいる左翼側最中央に三番隊が位置しているのも、トゥルエイトのおかげだろう。


「分かった。あくまで討伐を最優先に動くよ」


 クオトラは軽く剣の柄を握り、その刀身が微かに白く光るのを確かめると、再び鞘に収めた。


「作戦を開始する。それぞれ指定の位置に着き、行軍を開始せよ」


 アルバーンの号令が響き渡り、隊列が再び動き出す。軍勢は山の麓で扇形に展開し、そのまま慎重に山を登り始めた。遠くには薄らと異形の影が見え隠れしている。日没が近づく中、冷たい空気が肺を刺し、息が白く消えていく。


 やがて、異形の姿がはっきりと視界に入った。それらは普段なら空を漂っているはずだが、この時間帯はまだ木陰に潜んでいるようだった。山を登るにつれ、それらの動きが徐々に活発化していく。


 最初に現れたのは、飛ぶ力の弱い「落ちこぼれ」の死竜たちだった。兵士たちは一斉に攻撃を仕掛け、戦場に腐臭と腐肉の飛沫が広がる。死竜たちは飛び立つ間もなく、兵士たちの連携の前に屠られていく。


「山の低層にいる死竜は飛ぶ力が弱い。だが、ここで仕留めなければ、いずれ他の死竜の餌となり、勢力拡大を許すことになる。一体も逃がすな!」


 トゥルエイトが珍しく怒号を上げた。その声に兵士たちは応え、戦闘の熱気は一気に高まった。やがて死竜の群れは壊滅し、あたりには不快な腐臭だけが漂っていた。


 ネチャネチャと嫌な音を立てる地面を踏み鳴らしながら、軍隊の行軍は再開された。


 「次の群れは少し遠いようだな」


 隣を歩く青年がクオトラに声をかけてきた。青い瞳が印象的なその兵士は、笑顔を浮かべながら軽い調子で話しかけてきた。


「下の方にいる死竜は渓谷付近にいるやつらの餌にならないように離れつつ固まる習性があるらしい。恐らくここから次の群れまでは少しかかると思う」


 クオトラの発言に耳を傾ける青年。どうやら彼も今回の参加が初めてのようだった。


「詳しいな。ありがと! 俺の名前はレリーフ・ノートリアスっていうんだ。よろしく」


「僕はクオトラ・アタラネルヴァ。よろしく、レリーフ」


 どこか親しみやすい雰囲気を持つレリーフに、クオトラも自然と笑顔を返した。彼がこのような軽い調子で話すのは久々のことで、そのおかげでほんの少しだけ緊張が和らぐのを感じた。


「それにしても、クオトラはすごい武器を使ってるんだな」


 レリーフは目を輝かせながらクオトラの腰に携えた刀を指差した。その視線を受け、クオトラは辺りを見渡す。周囲の兵士たちが持つ剣は、どれも短めで、両刃の実用的なものばかりだ。刺突や返しの斬撃に適しているのだろう。確かに、クオトラの持つ片刃の長刀は際立って異質だった。


 長刀の長さはほぼクオトラの身長と同じ。もう一本の短刀でさえ、周囲の標準的な剣よりは長い。その存在感は戦場でも一目で分かるほどだ。


「僕に戦いを教えてくれた人がたまたまこういう武器を使っていたんだ」


 クオトラは軽く答えたが、その言葉にはどこか遠い記憶を懐かしむ響きが混じっていた。レリーフは「ふーん」と気の抜けた返事を返しながら、じっと刀を見つめている。


「その武器の材質は……骨? いや、金属っぽいけど、そんな半透明の金属なんて聞いたことがない。一体なんなんだ?」


 レリーフの目は好奇心で輝いていた。武器そのものへの関心にスイッチが入ったようで、彼の視線は刀から離れない。


「あぁ。これも貰い物だから詳しくは分からないんだ……」


 クオトラは曖昧に答えつつ、話題を変える機会を探していた。だがレリーフは「竜の骨は金属質に近いって聞くし、その類かもな……いや、原種の竜なんて滅多に生まれるわけもないし」と、さらに考え込み始める。


「レリーフはどこの街から来たんだ?」


 クオトラはタイミングを見計らい、話を切り替えた。レリーフは目を輝かせたまま「ああ」と頷いた。


「俺は、トーレスって街にいたんだけど、気づいたらここに連れてこられていたからどうやったら帰れるかも分からないんだよね」


 その言葉にクオトラは少しだけ眉をひそめた。聞いたことのない街だが、その響きにはどこか遠い地への郷愁が滲んでいるようだった。


「あ、でもじいさんたちが言ってた。海まで行けば白の大地が見えるって。それを目指せば、いつか帰れるかもなって」


 レリーフは目を細め、どこか遠い空を見るような表情を浮かべた。その横顔には、期待とも諦めともつかない複雑な感情が滲んでいる。


「そうだったのか。レリーフも大変だったんだな」


 クオトラは静かに応じた。彼の言葉に、レリーフは首を振りながら薄く笑う。


「ここにいる奴なんて、みんな似たり寄ったりだろ? クオトラだって、どこかの街から無理やり連れてこられたんだろう?」


 その推測はほとんど正解だったが、クオトラには言葉に詰まるものがあった。自分と彼の境遇は確かに似ている。だが、何か根本的に異なるものがあるような気がしていた。


「僕はアルフィグって街から来たんだ。王都のことは知っていたし、ここからどう行けば帰れるかは何となく分かるよ」


「そっか。それは幸運だったな。……でも、王都に来られる場所ってことは、結構栄えてたんじゃないか? 珍しいんだろうな」


 レリーフの言葉に、クオトラは答えを返せなかった。アルフィグはもはや存在しない。帰るべき故郷を失った身として、彼の言う「幸運」が自分に当てはまるのか、どうしても判断がつかなかった。


 それでも、否定するわけにはいかず、クオトラは作り笑顔で応じた。


 そんな会話を交わしながら歩いていると、再び異形の影が視界に現れ始めた。同時に、腐臭が風に乗って鼻を突く。遠くに見える死竜の群れが、徐々にその輪郭を明らかにしつつあった。


「今度はもたつけば逃げられるぞ。さっきよりも気を引き締めろ。そして――死ぬな」


 トゥルエイトの声が張り詰めた空気の中に響く。その言葉にはいつもの冷静さが宿りつつも、どこか緊張感を帯びていた。


 軍隊全体の雰囲気が徐々に変わり始める。先程までのわずかな和らぎが消え去り、空気が重苦しいものに変わっていくのを、クオトラは肌で感じていた。

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