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第33話 因果を繋ぐ故郷

「ずいぶん遅かったようだね」


 薄暗い部屋の中、トゥルエイトはベッドに腰を掛け、古びた本を読んでいるようだった。光の加減か、その姿はまるで一枚の絵画のように見えた。

 クオトラは扉を閉め、少し息をつくと、冷え切った視線を彼から逸らした。


「ちょっと、いろいろあったんだ」


 彼の言葉を短く返したクオトラは、それ以上話すつもりはないとばかりに口を閉ざす。何となく、今は彼に話したくない気分だった。


 トゥルエイトは何も言わずに本を閉じ、無言のまま地下へと足を進める。その後を、クオトラは少し間を置いてゆっくりと追いかけた。階段を下る音だけが、二人の間に広がる沈黙を埋めていた。


「さて、死竜狩りまで残り数日となったわけだが、そろそろ準備が必要かと思って呼んだ」


 地下の広間に着くなり、トゥルエイトは軽く振り返りながら口を開く。その言葉に、クオトラは小さく頷いた。準備といっても、基本的な武器の使い方や戦術は既に学んでいた。では、まだ教わっていないものとは……?


「……使うのが怖いんだけど」


 クオトラの視線が胸元に落ちる。そこでは、蒼い光が脈打つように揺れていた。「彼」の力だ。時折そこに赤い光が混ざることがあるが、それが何を意味しているのかは、記憶を探っても何も分からなかった。

 その力を一度使ったとき以来、悪夢が頻繁に訪れるようになった気がする。人格を侵食されるような感覚があり、使うことには強い抵抗があった。


「無理に使う必要はないんじゃないか?」


 トゥルエイトは、クオトラの不安を察したのか、どこか無関心そうに呟く。その口調には深い意味は込められていないようだったが、彼の言葉は奇妙な安堵をもたらした。


「でも……使うべきだと思う?」


 クオトラは問う。返ってきた答えに、期待とも疑念ともつかない感情が入り混じる。


 トゥルエイトはしばらく考え込むような素振りを見せた後、表情を曇らせた。


「そもそも、神でもなければ荷が重すぎる力だ。使う場面は慎重に選ぶべきだろう。だが、正直に言えば――私にはその力を見たことがないから、助言する資格はない」


 その言葉は、まるで同じ境遇の人物を知っているかのように響いた。クオトラはトゥルエイトを見つめたが、それ以上の追及はしなかった。


「一旦、本題に入ろう」


 トゥルエイトは話題を切り替えるように声を上げる。


「今回の死竜狩りでは、山の麓から渓谷の入口までを一掃する。冬の雪山で洞窟内部は危険だとの判断から、表面のみを狩り取る計画だ。その際、死竜から取れる秘炎核を可能な限り回収する予定でいる。通常はすべて王に献上するが、見つからない程度なら、君が自身で取り込んでも構わない。多少は私がカバーしよう」


「……秘炎核を使っていいのか?」


 その言葉にトゥルエイトは首を縦に振る。


 クオトラは怪訝な表情を浮かべる。死竜被害者として、ここまでの犠牲が出ているにもかかわらず、討伐が年に二回しか行われないこと。さらに、それがこの程度の規模感に留まることが信じがたかった。


 だが、トゥルエイトの言葉には、クオトラへの譲歩の気持ちが感じられ、それ以上怒りをぶつけるべきではないと唇を噛み締めた。


「分かった。ありがとう。秘炎核は、怪しまれない程度に使わせてもらおうと思う」


 クオトラの声にはどこか引き締まった響きがあった。それでも、彼にはもう一つ聞きたいことがあった。


「この死竜狩りの指針を決めているのは、国王なのか?」


 トゥルエイトは一瞬だけ沈黙した。その間、彼の瞳がクオトラをじっと見据える。


「そうだ。国王が決めている。元々は死竜を狩らない方針だったところを、私が提案し、年に二回狩れるようにした。どうやら国王は、死竜狩りによって王都の兵士が動けなくなることを極端に恐れているらしい。被害に遭った街の生き残りを探すこと、そして街の再建に人手を割く方針のようだ」


 クオトラはその説明に納得しきれなかった。だが、被害者に寄り添おうとする気持ちが感じられたことで、湧き上がる疑問と怒りを飲み込んだ。


「いつか国王に会えたら、直接聞いてみたい」


「そうだな。叶うことを祈っている。そのうち、君も謁見する機会が訪れるはずだ」


 トゥルエイトはそう言い切ると、椅子から立ち上がり、軽く体を伸ばす動作を見せた。


 クオトラも立ち上がろうとするが、トゥルエイトが手でそれを制す。


「もう一つ話しておきたいことがある。まだ詳細は話せないが、君の世代最後の器は、恐らく白の大地にいる」


「なっ……!」


 クオトラは息を呑み、思わず声を漏らす。


「詳細を話せないってどういうことだ?」


 クオトラの問いに、トゥルエイトは表情を変えない。


「目星はついている。しかし、大地間の移動が容易でないことは、君も知っているだろう? 今のところ、確かめる術がないというだけの話だ」


「……なるほど。でも、もし白の大地にいるなら、行く方法はあるのか?」


「もちろん、方法はある。それは時期が来たら教えよう。今はまだその時期ではない」


 トゥルエイトの歯切れが悪い言葉を受け、クオトラは思考を巡らせる。確かなことを話せない理由が気にかかるものの、それ以上追及しても無意味だと悟った。


「何を確かめなければならないんだ……?」


 クオトラの声は、疑念と焦りが混じったものだった。トゥルエイトの曖昧な言葉に納得がいかず、正面から問い返したのだ。しかし、トゥルエイトはどこか言葉を選ぶように、間を置いてから答えた。


「恐らく君……いや、君の中にある因子か……どちらか断言はできない。ただ、白の大地で生まれた可能性が非常に高い。あるいは君の両親が、そうだったのかもしれない」


 その答えは、クオトラが予想していた以上に核心をつくもので、思わず息を呑むほどだった。だが、同時にトゥルエイトの口調には、普段のような確信や余裕が感じられなかった。


「何か……確証があるのか?」


 クオトラの問いは自然と鋭くなる。自分の正体が揺らぎ始めるような感覚が、彼を突き動かしていた。


 トゥルエイトは眉間に手を当てる仕草をし、少しの間沈黙を保った後、ゆっくりと口を開いた。


「確証と言えるかどうかは分からない。半分は私の勘、もう半分はこれまでの傾向だ。これまでに出会った竜への耐性が高い者のほとんどは白の大地の出身者だった。そして、君からもその“香り”を感じる」


 その説明は、どこか歯切れが悪く、それでもトゥルエイト自身が感じている確信の一端を否定できないように聞こえた。


 クオトラは生唾を飲み込む。四つの大地に住む者たちは、生まれたときから「大地間の移動は不可能に近い」という教えを受けてきた。だからこそ、彼自身も自分の出身地が他の大地にある可能性を考えたことなど一度もなかった。


 それがいま、この簡単な言葉で崩されつつあった。


「白の大地では、遥か昔、竜神の血肉が大地に降り注いだそうだ。そして現地の人間たちは降り注いだ肉を喰らったという。普通なら人間の体が耐えられるものではないが、どういうわけか消化器を通じて取り込むことで、適応しやすくなったようだ。その結果、白の大地には竜の因子を持つ人間や、竜として変質していった人々が多いらしい」


 トゥルエイトの声には、冷静な分析と、どこか憐れみが混じっていた。彼の瞳は、疑念を浮かべながらも何か確信めいたものを宿している。それは、真実を伝えたのか、それとも彼自身もまだ探っている最中の仮説なのか――どちらかは読み取れなかった。


 クオトラの胸には、じわじわとした重圧が広がる。だが、それ以上に、彼は自身の身体にどこか普通ではない違和感を抱いてきた記憶が甦り、奇妙な納得感を覚えていた。


「分かった……僕は白の大地に行かなければならない。そんな気がする。そして、確かめてくるよ」


 クオトラの声は力強さを帯びていた。その言葉には、いままで彼自身が抱えてきた疑問や揺らぎを、ひとつひとつ解き明かしたいという決意が込められていた。


 その言葉を受け、トゥルエイトは振り返ることなく、静かに頷いたように見えた。彼の背中から伝わるのは、確信と期待、それに微かな哀愁だった。

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