第8話「貴方が戦ったら簡単に勝てますよね?」
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冒険者たちの怒号が飛び交う中、ルーシャは用意された椅子に座って戦いを眺めていた。最初こそトーナメント戦をしようとしていたが順番を無視した乱闘が始まり、収集がつかなくなっていた。
「えーと、あの人間は中級ゴブリンくらいの実力ですね、あっちは下級。向こうのはオークよりもちょっと強そうですね」
「何故全部魔物基準で見ているんですか?」
ルーシャは自分の周りに人がいないと思って声に出してしまったがすぐ後ろに一人の男が居た。
ルーシャは戦士である自分の背後をとる人間がいることに驚きながらも冷静に取り繕った。
「私の居た村には魔物が良く出たのでつい魔物基準で実力を見てしまいました。不快にさせたのならすみません」
「ああ、いえ、不快になったとかでは無くてですね。そうですか、大変な暮らしを強いられていたのですね」
男がルーシャの頭に向かって手を伸ばしたため、ルーシャは警戒したが男からの敵意を感じなかった。そのまま頭を撫でられていた。
「ここに居たら安全ですよ。防衛都市には金稼ぎのために腕利きの冒険者が集まります。ギルドマスターの私が彼らの実力を保証します」
……この男自身もかなりの腕利きの戦士のようですね、この街を侵略するときは部下を無駄死にさせないように実力を見ておきたいです。
「おお。君を巡る戦いが終わったようですよ、勝ったのはドボザくんですかさすがですね」
「貴方が戦ったら簡単に勝てますよね?」
ルーシャの言葉にギルドマスターは目を丸くした。見た目は細くて弱そうだし、武器も所持していない。歩き方や殺気も気を配っているというのに、何故この子は私の実力に気づいたのだと驚いた。
「いえいえ、私は事務方なので戦闘は出来ませんよ、なぜそう思ったのですか?」
「なんとなく……です」
ギルドマスターは少女を観察した。腕力がある様には見えないし筋肉の付き方も戦っている人間には見えない。本当にただなんとなく言っただけだったのかもしれないと結論づけた。
「おーい!嬢ちゃん!このドボザが勝ったぞ!!」
「ドボザさんはギルドマスターと戦ったことがありますか?」
「ギルマス?あの人は戦いとかしないさ……ってギルマス居たんだな」
ルーシャはギルドマスターが仲間である冒険者たちにも実力を隠していることを不思議に思った。さっきは素性も知らない人間に聞かれたため誤魔化したのだとルーシャも分かっていたが仲間にも隠しているとはどういう事なのだろうか。
「なあ、嬢ちゃん。街の酒場なんてどうだ?ココじゃむさ苦しいだろ?」
「てめえが1番むさ苦しいって言ってんだろ!」
「ドボザてめぇ覚えてろよ!」
倒れていた冒険者たちからヤジが飛んでくる。ドボザはそよ風のように受け流し、ルーシャに手を差し伸べた。
しかしルーシャとしては戦っていたドボザはもうある程度実力も分かったし出来ればギルドマスターについて知りたかった。
「えーと……ギルドマスターの話も一緒に聞きたいので3人で行きませんか?」
「なんでギルマスも?はっ!?やっぱ女の子は線の細いイケメンが好きなのか!?」
イケメン……?人間基準でギルドマスターはかっこいいってことですか。生憎、よく分かりませんね。仲間にすら実力を見せないのは好感が持てません。
「私は戦場で剣を振るう貴方の方が余程好ましいと思いますよ」
実力を出し切ってくれれば、どの魔物を当てれば勝てるか測りやすいため、実力が未知数のギルドマスターよりも好感が持てた。
「俺の事が好き……!!!」
ドボザの脳内には綺麗な式場で結婚式を挙げる光景が浮かんで頬を緩めていた。
もちろん、純粋な好意などではなく倒しやすいから好きというだけなのだが、そのことにドボザが気づくことは無かった。
「分かったぜ嬢ちゃん。悪いなギルマス。ちょっと痛いけど我慢してくれや!このギルド最強は俺だ!」
ドボザは鞘にしまったままの大剣をギルドマスター目掛けて振り下ろした。しかしギルドマスターは最小限の動きで攻撃を避けた。
「いきなりなんですか!?」
「へっ!ギルマスが強いんじゃないかって嬢ちゃんは思っている。だから誘ったんだろ?そして今の攻撃を避けるということは結構強いんじゃねえか?」
ドボザは大剣を構え直して叫びながらギルドマスターに斬りかかった。
「嬢ちゃんに話を聞いてもらうのは俺一人で充分だ!!」
ギルドマスターは溜め息をつくと、拳を握りしめた。
「絶対に隠す必要があった訳ではありませんし、良いでしょう。ドボザくんうるさいので眠っていてください」
一撃だった。またもドボザの剣撃を避けたギルドマスターはドボザの身体に重い一撃をいれるとドボザは吹っ飛んでそのまま気絶してしまった。
ルーシャは歯噛みする思いだった。ドボザが弱すぎてギルドマスターの実力が測りきれなかったのだ。多少怪しまれても仕方ない。ルーシャは自身で確かめることにした。
「……なんのつもりですか?」
「見ていたら私も戦ってみたくなりました。手合わせお願いします」
ギルドマスターは困惑していた。この子は何を言っているのでしょう。さっき大柄の男を吹っ飛ばしたのを見なかったのですか?到底この少女が戦えるとは思えません、それに15歳かそこらの弱い少女をいたぶる趣味は私には無いです。
「はぁ……私は攻撃しません。ごっこ遊びであれば付き合ってあげますよ」
戦士としての誇りがあったルーシャは拳を強く握りしめた。
「後悔させてあげます」
完璧な足運び、捻りを加えた最大火力の右ストレート。ルーシャは剣を使う魔族だったが素手での戦闘も心得ていたのだ。魔力を使わなければ魔族とバレることはない。多少のリスクはあるがこの男を野放しにしておく方が厄介だと思い実力を図るためルーシャは全力出しきった。
ルーシャの拳はポスッと軽い音を立ててギルドマスターの腹に命中した。
ルーシャは忘れていた。この身体は尋常じゃなく非力であったことを。
「あっ、あれ?」
しかしギルドマスターはその場で地に膝をつけた。
「がわいい……過ぎます……」
まるで、やる気のない猫パンチを食らった猫好きの人間が如く胸を抑えてそのまま倒れ込んだ。
「ええ……?」
ドボザとの戦いで敗れた冒険者。ギルドマスターに倒されたドボザ。ルーシャに萌え死んだギルドマスター。冒険者協会の中は死屍累々としていた。
ギルドマスターに関しては意識があるためトドメを刺して回る訳にも行かないのでルーシャは冒険者協会を跡にした。
「ギルドマスターの実力を図るためにも、また来なくては……何故今まで実力を隠していたのかも気になりますし」
明日はどこに行こうか考えながら、すっかり暗くなった街を歩き出した。