第6話 安全な生活
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「なんでルーシャがそんなこと言うの?ルーシャを苦しめた人もいるし、見て見ぬふりをした人もいるはずだよ」
クローリアは困惑気味にルーシャに聞いた。クローリアはなぜ自身を苦しめてきたはずのスラムの為に治療を続けて欲しいなどとルーシャが言ったのかが分からなかった。
「苦しめた人……?別に私はスラムの人に苦しめられたりしてません」
「じゃあなんで怪我してたの?」
「あっ……えーと、転んでしまってたまたま刺さりました」
クローリアからすればルーシャがスラムを庇っているようにしか見えなかった。
「クローリアさんみたいに、困っている弱者に手を差し伸べられる人は少ないです。クローリアさんが辞めてしまったらスラムの人達は怪我が治らず仕事が出来なくて飢え死んでしまうかもしれません」
「そうかもね。でも元気になった身体を女の子を監禁するために使うなら、ボクはそんな犯罪に手を貸すような真似したくないよ」
ルーシャはスラムへの治療をしたがらないクローリアに何と言えば言う通りにしてくれるか悩んでいた。
「クローリアさん。私はスラムの人間を恨んでなどいません。もし私のせいでスラムへの治療をしたく無くなったというのであれば今日のことを忘れてくれませんか」
「どうして……そこまで……」
なぜルーシャがここまで食い下がるのかクローリアはやっと分かった気がした。
たぶん……暴力を受けても、監禁されても自分ならどうでもいいって思ってるから恨みや怒りがないんだ。ただ自分の住む街のために施しが受けれるようにボクにお願いしているんだ。あまりにも優しすぎる……このままじゃこの子は悪意に気づけないまま死んでしまう。
「うん……分かったよ。ルーシャ本人がいいって言うなら治療は続けるよ。その代わり少しでも怪我をしたらすぐにボクの所に来て欲しい」
クローリアの言葉を聞いたルーシャの表情がパァっと明るくなりクローリアは罪悪感を覚える。
「クローリアさん、ありがとうございます!」
「今日はもう遅いから泊まっていってね」
ルーシャに部屋を案内した後、教会の長椅子に腰かけて俯くクローリアの隣にダンクが静かに座った。
「ダンク様」
「クローリア、あの子はきっと自分が置かれている環境がどれだけ酷いか、いくら説明しても分からないでしょう」
「はい、ボクもそう思いました」
ダンクはクローリアの手を握った。
「ですから、悪意のない安全な生活を私たちと送って貰って理解してもらうというのはどうですか?」
「そうですね……そうしましょう!」
使っていない部屋に案内されたルーシャは大きく息を吐いた。
「はぁ……やっぱりこういう交渉は苦手です。向こうが折れてくれたから助かりましたが、話しているうちにボロが出てしまいます」
血で汚れてしまったからとダンクが用意してくれた服に着替える為に服を脱ぎ、椅子に掛ける。そのとき不意にドアが開いた。
「ルーシャ、一緒に夕食にしない?シチューの作り置きが……ってごめん!着替え中だったよね!?」
クローリアが開けたと思ったらすぐに閉めてしまった。ルーシャの記憶だと人間は同性なら互いに見られても恥ずかしがったりしないはずだったので、不思議に思いつつ服を着てからドアを開いた。
「大丈夫ですか?」
「ごめんねルーシャ。ノックとかするべきだった」
クローリアが耳まで赤くしてしゃがみこんでいるので隣に座った。するとクローリアはポツポツと話し始めた。
「よく勘違いされるんだけど……ボク男の子なんだよ……」
「えっ……」
「ローブは身体のラインが隠れるし、声も高いから……男なのに女の子みたいに見えちゃうんだ。だから着替え中に入って本当にごめん!」
ルーシャは少女の姿をしている自分とクローリアがどこか似通った部分があると親近感が沸いた。
「着替えを見られたのはどうでもいいですが……クローリアさんも苦労しているのですね」
「えっ……どうでもいいの……?」
年頃の少女であるはずのルーシャにバッサリと切り捨てられたクローリアは困惑しながら、とにかくごめんね、と話を終わらせ立ち上がった。
3人は食事を終えて飲み物を飲みながらテーブルを囲んでいた。
「あの、この街の治療魔法が使える人は何人くらいいるのですか?」
「うーん、他の治療魔法使いとはあまり会わないからなぁ……ボクが知っているのは2人かな?」
クローリアを起点に治療魔法使いを探そうとしていたルーシャは肩を落とした。
クローリアさん含めて3人ですか……いえ、この大きな街に3人しかいないなんてことないはずです。これからは治療魔法使いの捜索も進めていかなければ、この街を攻め落とすのは難しいでしょうね。スラムでの魔力の浪費もしてくれるみたいですし、クローリアさんから知り合いの治療魔法使いのことを聞き出して撤退するとしますか……
「その2人が何処に住んでいるのかご存知ですか?」
「ねぇルーシャ。どうして他の治療魔法使いのことばっかり聞くの?ボクだって治療魔法使えるよ」
ルーシャは少しばかり結論を急いでしまったと反省し、これ以上の情報収集は一旦諦めて話題を変えた。
「すみません……クローリアさんは凄腕の治療魔法使いですものね。私の傷も完全に直してくれましたし」
「傷跡が残らなくて良かったよ。そうだ!明日2人で服を見に行かない?今まで着ていた服は穴が空いちゃったでしょ?」
「そうですね……じゃあお願いします」
服を新調する必要があったため、クローリアの提案を了承し、この日は眠りについた。
「ルーシャ!こっちのほうが似合うかも!」
ルーシャは疲弊していた。朝一から商店街を連れ回されて何十着と試着をしていた。
「クローリアさん……もうそれでいいので帰りません……?」
「もー!ちゃんと選んでよぉ。ほらっ次はこれ」
クローリアから嫌われれば他の治療魔法使いの手掛かりを手に入れることが難しくなる為しぶしぶ渡された服に着替えていった。
数着の衣類を購入し街をルーシャとクローリアの2人が歩いていると周りから噂されているのが聞こえてきた。
「あの子たち姉妹かしら?すっごいかわいいわねぇ」
「2人でお買い物してるのかな?仲良さそうだなー」
「あれは……ルーシャちゃん……?」
誰かに名前を呼ばれたような気がしてルーシャが振り返るが誰かが呼び止めた訳ではなさそうだった。
「どうしたのルーシャ?」
「い……え……なんでもありません。それより今日はありがとうございました。また教会に行ってもいいですか?」
他の治療魔法使いの情報を得るために会いに行ってもいいか聞いたルーシャだったが、クローリアは照れながら頬をかいた。
「それはボクに会いたいってことでいいのかな?……なんて冗談冗談!怪我したらいつでもおいでよ」
クローリアは教会に住んで欲しいとさえ思っていたが、それを強制してしまったらルーシャの自由を制限してしまうため口には出さなかった。安全で楽しい時間を共に過ごすことでルーシャから教会で匿って欲しいと言って欲しかったがそれは叶わなかった。
「ええ、クローリアさんに会いに行きたいのです。怪我していなくても……いいですか?」
夕日を背にルーシャがそう言って微笑んだ。クローリアはルーシャが冗談でこういうことを言うとは思えなかった。ドキドキとうるさい心臓を抑える。
初めて見た時に綺麗な子だと思った。でもそれだけだった。彼女が虐待されていると知って怒りを覚えた。しかし彼女自身は気にしていなくて、スラムのため、人の為にと、ボクに治療を続けて欲しいと願う彼女を放っておけなくなっていた。
一緒に買い物をして分かったことがある。ルーシャはあまり服に興味がないみたいだ。それでもボクが楽しそうに選んでいたからか付き合ってくれた。同年代の友達なんていなかったから、ルーシャに楽しんで貰うはずがボクの方がはしゃぎすぎちゃった。
「もちろん!いつでも遊びに来てね!」
この胸の高鳴りが恋なのか、今は分からないけど、これから知っていけるのかな。
クローリアの甘酸っぱい感情とは裏腹にルーシャは打算に満ちた考えをしていた。
クローリアさんと繋がりも作れましたし、また今度他の治療魔法使いについて聞き出すとしますか……
ルーシャはクローリアと別れて路地に入り、わざと何度も曲がりながら歩みを進めた。
……やはりつけられていますね。足音からして相手は一人でしょうか?
振り返って待っていると知っている顔の人間が歩いてきた。
「ライヤさん、どうしてついて来るのですか……?」
「逆に聞くよルーシャちゃん。どうして詰所から出たのかな?」
ルーシャはしまったと心の中で思った。そういえば詰所から出るなと言われていたのでした。
適当な言い訳を考えているとライヤがため息をついた。
「やっぱり、監禁でもしておかないと君はどこかに行ってしまうみたいだ。あっ、ルーシャちゃんは何も悪くないからね、安心しておやすみ」
不覚です。ライヤさんが魔法を使えるとは思いません……でし……た……
事前に詠唱を終えた睡眠魔法によってルーシャは眠りについた。
「ルーシャちゃんが詰所に居なくて肝が冷えたよ、でも無事でよかった……」
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