第5話 「この偽善活動も終わりにしようかな」
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「待ちな」
ルーシャが酒場のマスターから出してもらったホットミルクを飲み終わり帰ろうとするとマスターから呼び止められた。
「お前さんこの街の人間じゃないだろう?だったら知らないと思うから忠告しておくぞ。くれぐれも西区には近づくな」
「どうしてですか?」
「スラムだよ。犯罪者や裏社会の人間があそこには居て治安が悪いんだ。お前さんみたいなのがフラフラしてたらあっという間に誘拐されちまうだろうよ」
スラム……ですか。犯罪者が暮らしているということは騎士団も見て見ぬふりをしているのでしょうか?まあ、人間の街の治安が悪くても私には関係ありませんが。
「全員が悪人って訳じゃねえけどな。例えば働き口の見つからねえガキや金のねえ人間は目を付けられないように静かに、息を殺してスラムの中で生きている」
「忠告ありがとうございます」
ルーシャはマスターにお礼を言うと酒場をあとにして、西に向かって歩みを進めた。
「騎士団もあまり近づかない場所であれば事前に穴でも開けといてそこから進軍するのもありですね。どんな感じの場所なのか下見に行ってみましょう」
マスターの忠告を無視して大通りを進んでいくと段々と街の活気がなくなりあばら家の連なる、スラムらしき一帯に到着した。
「この辺りの人間を味方につけることが出来れば色々やりやすいのですが」
スラム街を散策しているとボロボロの服を着ているスラムの住人とは違い、神父の格好をした初老の男と白を基調としたローブに身を包んだ金髪の少女が怪我をしているスラムの少年の前にしゃがみこんでいるのが見えた。
異質な2人を見かけルーシャは身を隠し影から観察していた。
「おお!折れてた足が治った!ありがとうございます聖女様!」
聖女と呼ばれると少女は恥ずかしそうに手を振った。
「聖女なんておおげさだよ。それより痛くない?歩けそう?」
スラムの少年はその場で元気に動いてみせると少女はほっとしたように息を吐いた。すると横に控えていた初老の男が少女に声をかけた。
「クローリア。そろそろ行きましょうか」
「そうですね、それじゃあね。怪我には気をつけるんだよ」
ルーシャは一連のやり取りを見ていて、今まで戦場で致命傷を負わせたはずの人間がすぐに戦線に復帰することに対して疑問に思っていたが、少女の唱えた魔法と淡い光が治療の魔法だとすぐに理解した。
「厄介ですね。ここで消すべきでしょうか……いえ、治療魔法を使う人間はまだいるはずです。この人間たちに接触してもっと治療魔法使いが集まるのを待ってから一気に殺したほうが警戒されずに殺せそうですね」
騎士達とのやり取りで人間は人間に優しいと知ったルーシャは落ちていたガラス片を自分の太腿に突き刺した。
月に1度スラム街に怪我した人を治しに行く。周りはそんなのやめとけって言う人もいれば、偽善者って罵る人もいるけど僕は辞めない。確かにボクが月に1度怪我を治したからってスラムの人達の暮らしが良くなったりはしてないかもしれないけれど……それでも無意味だとは思いたくない。
10回目の魔法を使うと軽い目眩がした。スラムの人には分からなかったみたいだけど、いつも一緒にいる神父様、ダンク様には気づかれちゃったみたいだ。
「クローリア。そろそろ行きましょうか」
スラムの少年に挨拶をして別れると不意に声を掛けられた。
「あの……すみません。私も怪我をしてしまって」
息を飲むほど美しく、可憐な少女がそこには居た。だがその細い太腿には大きなガラス片が刺さっていて、血が流れ出ている。
「なっ!?酷い怪我……大丈夫?痛いよね、すぐに治すからちょっと我慢してね」
「お嬢様申し訳ありませんが少し触れますね」
ダンクがガラス片を引き抜き、血が溢れ出すが、銀髪の女の子は泣いたりせずにクローリアを見ていた。とても痛いだろうに表情を歪めもしないことにクローリアは疑問に思ったが、今は考えずに目の前の傷を治すことに集中する。
詠唱を終えて傷に手をかざすと見慣れた淡い光が傷を塞いだ。
「これでよしっと。痛みとか残ってない?それにしてもあんなに酷い傷だったのに泣かないなんて偉いね」
「いえ、あのくらいの傷は慣れているので。それよりありがとうございます。すごい治療魔法ですね」
クローリアはルーシャの言った「慣れている」という言葉にゾッとした。
あんなに酷い傷に慣れている……まさか虐待を受けているの……?ボクよりも年下の女の子が。今までスラムでこんな綺麗な子みたこと無かったけど監禁されていたのかもしれない。そのうえ暴力を振るわれていたとでも言うの!?
「君……名前は?」
「ルーシャといいます」
「そっか。ボクはクローリア。ルーシャさえよければ教会に来ない?そこには君を傷つける人はいないから」
クローリアと神父と共に教会を目指して歩くルーシャは作戦が上手くいって安堵していた。
思いのほかスムーズに事が運んで本当に良かったです。教会とやらがこの人間たちの根城ならクローリアさんと同じ治療魔法使いがたくさんいる事でしょう。今すぐ殲滅しなくとも場所が分かれば色々とやりようはありそうですね。
ルーシャは教会につくとガッカリしていた。小さな教会にはクローリアと神父のダンク、その2人しか住んでいなかったのだ。
「クローリア、ルーシャさん。2人は座って休んでいて下さい。今お飲み物を準備します」
「ダンク様ありがとうございます」
ルーシャもダンクに頭を下げて、2人は椅子に座った。
「話したくなかったら話さなくていいんだけど、ルーシャは……その……監禁、誰かに見張られて外に出られなかったりしたの?」
クローリアに突然そんなことを聞かれてルーシャは騎士団で団長、副団長に見張られていたときの事を思い出した。
「はい。自由に外に出られませんでした。今日は2人とも居なかったのでバレないように逃げてきました」
クローリアは自分の憶測が当たっていたことに怒りを覚えた。力の無い少女を監禁し暴力を振るっているような外道がスラムにいた事実に対して。
スラムにいる人々も余裕がないから荒んでいるだけで本当に悪い人なんていないと信じて、少しでも助けになればいいなと思って月に1度怪我人を治して回っていたのに、もしかしたら治した人の中にルーシャを監禁していた人がいたかもしれない。
「そっか、辛かったよね……やっぱり周りの大人の言う通りだったよ。スラムはろくでもない場所だったんだね。この偽善活動も終わりにしようかな」
「偽善活動……?」
ルーシャがクローリアに問うと飲み物を持ってきたダンクが代わりに答えた。
「クローリアは月に1度スラム街に行って怪我人を治してあげていたんですよ、一日に使える魔力は限られていると言うのに、優しいこの子はスラムで見返りを求めずに人助けをしていたのです」
「いいえ……ダンク様。ボクがバカだった。スラムに見返りなんて求めてないようにして、ルーシャがこんな扱いを受けていると知って、スラムの人々に対して失望と怒りが湧いてくるんだ。結局、良くしてやったんだから良い行いで返してくれって心のどこかで思ってしまっていたんだ」
ルーシャは黙って話を聞いていたし、クローリアがスラムに行こうが行くまいがどっちでも良かったが一日に使える魔力が限られているという言葉を思い出した。
人の傷を癒すと言うのは簡単ではないはずです。つまり攻め込むタイミングでクローリアさんを含む治療出来る人間の魔力が少しでも削れていれば戦力の回復が遅れるかもしれません。そうと決まればクローリアさんには他の治療魔術使いも連れてスラムに治療しに行ってもらうように説得しなければ。
クローリアを殺せば確実に治療されずに済むが他の治療魔術を使える人間が警戒度を高めてしまうと踏んで、クローリアを無力化するべく、ルーシャはゴクリと喉を鳴らして口を開いた。
「スラムの人は悪い人ではないと思います。だから手を差し伸べるのをどうか、やめないでくれませんか……?」